10 絵本の主人公
ロゼリンダがまさかヤキモチを焼かせようとしてくれていたなんて、ランレーリオは天にも登る気持ちだった。
「ロゼはそんなに僕を見ていたんだね。嬉しいな」
ランレーリオは、自分の頬に当てていたロゼリンダの手の甲を自分の唇の前に持ってきた。ロゼリンダの手の甘い香りをいっぱいに吸い込んで目を瞑る。子供の頃とは違う甘美な香りにグラグラとした。そして、これは僕のものだと、手の甲にするには長い長い口づけを落とした。
ロゼリンダはそんなランレーリオをジッと見つめていた。目を閉じて手の甲にキスをするランレーリオの長いまつげは少し濡れていた。しかし、それがまた艶かしく見せる。
ロゼリンダのことをまるで宝物のように、優しく艶かしくゆっくりと壊れないよう扱ってくれるランレーリオに、心がくすぐったくて熱くてとろけてしまいそうだった。
ロゼリンダの手の甲から唇を離し、もう一度自分の頬にその手のひらを添えた。そして、その艶かしい視線をそのままロゼリンダにぶつける。
「ねぇ、ロゼ、なぜ僕が教室であの席なのか、わかるかい?」
ランレーリオの席は1番廊下側の1番前だ。その席は、ロゼリンダが席を決めてから、クラスメイトに変わってもらってまで選んだ席だった。
ロゼリンダの席は窓際の1番後ろの席だ。
「わたくしから1番離れたお席ですわ」
ロゼリンダは、とろけそうな思考でただ真実だけを口にした。今はそれがどうなのかなど考えられなかった。
しかし、ランレーリオから紡がれた言葉はもっともっと甘いものだった。
「あの席なら、教室を見渡すふりをして君の顔を盗み見れるのさ」
『いつも見つめていた』そう言われて、ロゼリンダは、あまりの甘さによろめいた。
ランレーリオの頬に当てられていたロゼリンダの右手を覆っていたランレーリオの左手が、その手を離しロゼリンダの腰を抑えて支えた。
ランレーリオは、予期せずロゼリンダの腰を抱けたことに歓喜して、自分の腰もさらにロゼリンダに近づけた。
軽く目眩を起こしているロゼリンダは、それには気が付かなかった。今までランレーリオの頬に当てられていた手で自分の口を覆い、軽く深呼吸を繰り返していた。
しかし、ランレーリオの攻撃は終わらなかった。
「ロゼ、君は?」
ロゼリンダは赤くなる。教室のその席でランレーリオと目が合ったことはない。でも、この質問はつまり、ロゼリンダの秘密の愉しみをわかってしまったのだろう。
「あ、あ、あの、わ、わたくしも、あのお席でしたら…………誰にも疑われずに、あなたの横顔を見れますのよ……」
ロゼリンダは両手で顔を隠したが、すでに耳も首も真っ赤になっていた。
二人とも誰にも秘密にしていた授業中の楽しみをお互いに持っていた。
「僕達、もったいない学園生活を送ってしまったね」
ランレーリオがコツンと自分の頭をうつむいているロゼリンダの頭にぶつけて添えていた。
「そ、そうかもしれませんわね」
ロゼリンダは機械的に答えただけで、頭は茹だりすぎて今のベッタリな状態も正確に判断できていなかった。
二人はしばらくそうしていた。
〰️
どれくらいそうしていただろうか。時間にするとたった数分だろう。だが、濃密でお互いに離れて難く思ってしまうほどの時間だった。
しかしふと、ランレーリオはこれで終われないことを思い出した。
ランレーリオは、ロゼリンダに添わせていた頭を上げてロゼリンダの手を右手でとり、ロゼリンダの腰に回していた手に力をいれた。
ロゼリンダがこれから何を言っても、何をしても逃さないつもりだ。
「ロゼ、どうか僕を信じて待っていてほしい。もう、クレメンティ君のことは、いや、どんな男のことも目に入れないでほしい」
ランレーリオは雰囲気だけではなく言質をとりたいとばかりに、そう言った。
ロゼリンダは目をキョトキョトさせた。
そんな可愛らしいロゼリンダを見たランレーリオは、頭の中である光景が浮かび「プッ」と吹き出した。
ロゼリンダはランレーリオの良からぬ考えがあったと確信してちょっと睨む。
「なんですの? レオ、白状なさい」
ランレーリオはその『ある光景』がロゼリンダの拗ねた顔でさらに鮮明になり、笑いが止まらなくなった。ロゼリンダは口を尖らせてしばらく待った。
「僕のイメージの話だよ。手のひらサイズのかわいいロゼ妖精姫が、お花畑で迷子になっている姿が浮かんだんだ。アハハ」
ロゼリンダは考え込んだ。そして、さらに眉間に皺を寄せた。そのイメージ話は、ランレーリオと昔読んだ絵本の絵をロゼリンダにも思い出させた。
「それは、魔王城にあるお花畑ではなくて?」
ロゼリンダにとって自分を魔王城に連れ去った前国王陛下、逃げようとして道を塞ぐ隣国の王子やじじぃ侯爵、そしてお花畑では、妖艶に笑うクレメンティ。
ランレーリオに言われて思い出した絵本と重ねてムッとしてた。
ランレーリオはまだ笑っていた。
「わたくしが好きだったご本は、そちらではありませんわよ。王子様が助けに来てくださる方のご本ですわっ!」
ロゼリンダは頬をプッと膨らませた。
「わかってる、わかってる、アハハ」
「もう! レオがあまりにもお寝坊さんだから悪いのですっ!」
ロゼリンダはプイッと横を向いた。
ロゼリンダが好きだった方の絵本では、悪い魔法使いが眠りの魔法を王子様にかけて、その間にお姫様は攫われる。王子様はすぐに目覚めて追いかけてくるはずなのだ。
ランレーリオが左手でロゼリンダの頬をプニッと刺して、クスクス笑った。
「嬉しいな。僕をロゼの王子様にしてくれて。お姫様、お待たせしました」
ロゼリンダは自分の発言に気が付かされて、びっくりしてまた手で顔を覆って俯いてしまった。
「寝坊をしても、お姫様の居場所は逃さないさ」
ランレーリオの余裕には、ロゼリンダは少しムッとした。待たされていた間、楽しかったわけではないのだ。
「まあ! 昼食のたびにお隣の女性が変わる方ですのに! お花畑で迷子なのは、わたくしではなくて、レオなのではなくって?」
ロゼリンダとしては、今度は本気で睨んだつもりだが、今日の今日では、すべてがランレーリオを喜ばすだけだった。
「アハハ、君は僕をよく見ているね。これからは、君が僕の隣にいてくれればいいだけだよ。ずっと、僕の隣にいてくれる?」
ロゼリンダの腰に回されたランレーリオの手に力が込められた。ロゼリンダはピクリとした。
ロゼリンダは少し目を泳がせて紅くなり、それから小さく頷いた。
ランレーリオは目を細めて、そっとロゼリンダの頭に自分の頭を預けた。
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二人は軽く昼食をとり、その後、ランレーリオの母親メリベールと応接室でお茶をすることになった。
二人が応接室に並んで入ると、メリベールはすでにソファーの二人がけに座っていた。二人がけといっても、余裕で3人が座れるほど大きいのだが。
「まあ! ロゼちゃん! こんなにキレイになって、もう! ステキだわぁ」
メリベールは立ち上がってロゼリンダのそばまできて、ロゼリンダの背中を押そうとした。メリベールは大はしゃぎだった。メリベールにとっては、10年ぶりになる待ち焦がれた再会なのだ。
しかし、ランレーリオがその手を払った。
「母上、僕がエスコートしますので、大丈夫ですよ」
メリベールに向かったランレーリオの視線は
冷たいものだった。
「そっ!」
メリベールは、先程の席に戻った。ランレーリオがロゼリンダの背中に触れて、メリベールの反対側のソファーへと誘った。
ランレーリオとロゼリンダは、ランレーリオの部屋でのように隣に座った。ランレーリオの部屋のソファーより、ずっと大きなソファーなのに、ランレーリオはピッタリとロゼリンダにくっつき、部屋でのように腰に手をまわした。
ロゼリンダは、さすがにメリベールの前なので、顔を赤くしてランレーリオの腕を離させようとする。しかし、ランレーリオは腕には力を込め、顔には笑顔を貼り付けてロゼリンダを見ていた。
ロゼリンダはしばらくの格闘のうえ――あきらめた。
そんなやりとりをメリベールは呆れて見ていた。もちろん、呆れているのは、ロゼリンダに対してではなく、我が子ランレーリオに対してだ。
「まぁ、そこまで独占したいのなら、よくここまでのんびりしていたものねぇ。こんなに可愛らしい女の子を放っておけたなんて信じられないわ。自意識過剰ではなくて?」
メリベールは自分がロゼリンダに触れられない怒りをそのままランレーリオにぶつけた。
「母上、いじめないでよ。反省してますよ」
ランレーリオはメリベールを見ず、まるでロゼリンダに謝るようにそう言った。ロゼリンダは、メリベールとランレーリオをいつまでも交互に見てアタフタしていた。
「それで、どうなったのかしら?」
二人はメリベールに、学園での話、そして、自分たちの気持ちを話した。
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