1 幼き約束
『虐げられた男爵令嬢はお隣さんと幸せになる』に登場しました、ランレーリオとロゼリンダのお話です。
一応、こちらだけでも、わかるようには書いております。
「なんと!ロゼリンダを他国に売り、自分の地位を確実のものとしようとしているですとっ!むむむむ!あやつ!信用できぬ!
孫娘ロゼリンダと、デラセーガのところの坊主との婚約はこちらから、破棄してやります!」
こうして、ロゼリンダとランレーリオの幼い婚約は、解消されることとなった。
国王は、口角を片方だけ上げて、ひゃげた笑いをしていた。
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ランレーリオ・デラセーガは、デラセーガ公爵家の長男だ。家族は、祖父母、父母、弟妹だ。祖父はスピラリニ王国の宰相、父は宰相補佐官未来の宰相だ。
スピラリニ王国には、公爵家2家、侯爵家5家、伯爵家13家が統べる20州と、王家直轄領がある。
高位貴族が少ないことと、ランレーリオが生まれた時の王太子がまだ学生であったためランレーリオと同い年のご令嬢との縁談がありえないことなどが理由で、ランレーリオは生まれた時から婚約者がいた。
幼いランレーリオに、もちろん、記憶などあるわけはなく、母親同士が学生時代の友人であり、とても交流があったため、ランレーリオにとって婚約者というのは、気がついたら隣にいるかわいい女の子であった。
それがロゼリンダ・アイマーロ公爵令嬢だ。月に2回ほどお茶会をしていた母親達のおかげで、ランレーリオとロゼリンダはあっという間に仲良くなった。
ロゼリンダは、ランレーリオのことを『レオ』と呼び、ランレーリオはロゼリンダを『ロゼ』と呼んだ。ロゼリンダは公爵令嬢にもかかわらず、かなりお転婆さんで、芝生に寝転んで本を読んだりすることも平気で、池でも遊べる。
時には大きな木まで競争したりすることが大好きな二人だった。
ランレーリオはロゼリンダを後ろから追いかけていって、フワフワと跳ねる髪を見るのが好きだった。ランレーリオを心配して後ろを振り返り、ランレーリオがいることを確認すると花がほころぶように笑う。ランレーリオは、その笑顔に笑顔で返す。そして、また前を向くロゼリンダ姿が、ランレーリオは好きだった。
競争だと言いながら、ランレーリオはロゼリンダを抜かない。
競争だと言いながら、ロゼリンダは木にタッチをしない。
二人は並んで手を繋ぐ。それから一緒にタッチをするのだ。
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ロゼリンダが芝生に寝転んで読む本は、必ず同じ本だった。悪い魔法使いに攫われたお姫様を助ける王子様のお話。
「レオはわたくしの王子様なのだから、わたくしを助けに来なければいけませんのよ」
ロゼリンダはペタンと芝生に座ったまま、鼻を上げて手を腰に当てている。どうやらそれが、当然だと思っているようだ。
「もちろんいくさ!だからロゼは無理しないで待っていてね」
ランレーリオももちろんそのつもりだ。だが、ランレーリオは、自分のお姫様がお転婆さんなことを知っていた。
「無理するってどうやって?」
つぶらな瞳を大きく広げてランレーリオをジッと見つめる。
「そうだなぁ。悪い魔法使いとロゼが戦ってしまったり、ロゼが逃げ道を探して迷子になってしまったりすることかな」
ランレーリオは、ロゼリンダを本のお姫様のようにしてくれるように一生懸命に考えた。
「んー?わたくしは、待っていればいいのね?」
ロゼリンダは、ランレーリオを王子様だとは思っているが、自分はお姫様だと思っていないので、イマイチおとなしく待っていることが思いつかない。
「そうだよ。だって僕のお姫様なんだから」
ランレーリオは、ロゼリンダの手をとった。
「え!わたくしをお姫様にしてくださるの?」
ロゼリンダはランレーリオに繋がれた手を見て頬を染めた。ランレーリオは自分のために赤くなってくれたロゼリンダがもっともっと好きになった。
「わかったわ。でも、絶対に迎えに来てね」
上目遣いでお願いするお姫様を見た王子様は、手をつないで、一緒にクルクルとまわり、自分も赤くなってしまったことを秘密にした。
ランレーリオとロゼリンダは、間違いなく幸せだった。
8歳までは。
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その頃の国王陛下は、迷王と名高いお方だった。その国王陛下は、すぐに考えを口走ってしまう方であった。ランレーリオの祖父ナルディーニョは、そんな国王陛下を支えていた。
この日もそんな軽い思いつきの言葉だったのかもしれない。
「そうだ!北の隣国とさらに親睦を深めるために、婚姻を結ぶことにしよう!」
いい事を思いついたと、国王陛下は笑顔で宣言した。それを聞いた文官たちは大変慌てた。だが、ナルディーニョだけは、冷静に対応していく。
「ですが、あちらもこちらも王子殿下だけであらせられますゆえ、それは無理なお話かと。
それに、我が国の王太子殿下は、東方の国の王女殿下と婚約されております」
スピラリニ王国の王太子は、まだ学生であるが、隣国ピッツォーネ王国のさらに東の国の王女と婚約をしており、学園を卒業したら、早々に婚姻をする予定であった。
「なぁに、大丈夫だ。公爵の娘がおったであろう?」
国王陛下は、ご令嬢名簿の一番上の名前を羽ペンの羽で、パサパサと指した。その目は自画自賛で愉悦に浸っていた。
「それは、無理でございましょう。かのご令嬢は、あちらの王子殿下とは年も離れております。それに、私の孫とすでに婚約しております」
ナルディーニョは、ピクリとも表情筋を動かさずに、端的に国王陛下の計画のずさんさを指摘した。
ナルディーニョの譲らなそうな態度に、国王陛下は、渋顔ながらも、その場は一旦納得した。文官たちもホッとして肩を落とした。
しかし、後日、国王陛下は、宰相ナルディーニョを差し置いて、外交大臣であったロゼリンダの祖父に直接話をした。
そして、何をどうして説得したのかは不明だが、いつの間にか、ランレーリオとロゼリンダの婚約は解消されていた。ナルディーニョがそれを知った時にはすでに手遅れだった。
ナルディーニョは、さすがに家族に内緒にはしておけない。急遽家族会議が開かれた。
それを知ったデラセーガ公爵家では、大惨事となった。ナルディーニョは、妻に大変怒られ、妻は2日も客室へ籠もった。嫁は泣き5日も部屋から出て来なかった。息子はそんな嫁を慰めながら、ナルディーニョにお小言を言っては部屋に戻り、また嫁の涙を見てはお小言を言いに来た。
デラセーガ公爵家内はとても荒れまくっていた。
さらに、嫁がやっと落ち着いた頃、孫ランレーリオに事の次第を伝えた。すると、ロゼリンダに全く会えなくなってしまったと、とてもショックだったらしく、ランレーリオは1週間も寝込んだ。
ランレーリオは、ロゼリンダの9歳の誕生日にあげるつもりだったリボンを握りしめたまま、ベッドに寝込んでいた。そのリボンは、ランレーリオ自ら雑貨屋に行き、たくさん悩んでやっと決めたリボンだった。
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ナルディーニョの家庭は荒れて、ナルディーニョも随分とやせ細った。
それでも、ナルディーニョは、苦渋の決断で国王陛下を支えることを選んだ。なぜなら、賢王であった前王との約束であったからだ。前王は、病に倒れ、死するまで、現王の心配をしていた。
しかし、ナルディーニョは、知らなかったのだ。
現王が、前王からの臣下であるナルディーニョに劣等感を感じていたことを。
ナルディーニョに一泡吹かせることをずっと心待ちにしていたことを。
「私の孫とすでに婚約しております」その言葉をナルディーニョから聞いたとき、チャンスだと思ったということを。
国民の幸せより、自分の劣等感の解消を優先させる愚王だということを。
王族は国民を我が子と思えという賢王の教えを理解せず、ロゼリンダもランレーリオも国民の一人だとも理解しない愚王だということを。
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『そして、公爵令嬢は、隣国の王妃となり、幸せになりました』
物語の絵本なら、きっとそうなったし、そうなればよかったのだ。
ロゼリンダさえ幸せになっていれば、大人になったランレーリオなら、納得したであろう。
迷王は、北の隣国の第一王子殿下の成人の祝いと王太子任命式に招待された。もちろん、ナルディーニョも付き添っている。
そして、パーティーの席で、その第一王子とロゼリンダとの婚約婚姻についての話を、任命祝だと北の国王陛下に打診した。
北の国王陛下は、訝しみながらも、「それはそれは……」と、喜んだフリをして保留に努めた。
しかし、それを聞いた王太子本人が、公の場にも関わらず、その場で切れた。
「10も離れたガキを娶れるかっ!」
北の国王陛下は、自国の貴族たちがいたにも関わらず、迷王に平謝りであった。
その時、迷王は、大笑いしてこう言った。
「それは、その通りだ!ハーハッハ」
北の国では、なんと心の大きな王だともてはやされた。
しかし、ナルディーニョは、声も出せずに立ち尽くしていた。
すべての成り行きを知る文官たちは、ナルディーニョに声をかけることもできず、国王陛下に苦言もできず、これからの国を憂いた。そして、なんて勝手な国王陛下なのだと、心の中で貶んだ。
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