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ss #015 『妄想悪魔審判』

作者: 柳田喜八郎

 その日、マルコは探し物をしていた。

「どうした? なんか落としたのか?」

 ロドニーが声をかけると、マルコは首を横に振る。

「いえ、少々気になることがありまして」

「床になんかあるのか?」

「何かあるのが、普通だと思うのですが……」

「?」

 マルコはロドニーのほうを見ていない。その視線の先には、今はセキセイインコの姿のサハリエルがいる。

 十七年前の歴史を一部改変したおかげで、サハリエルは『生まれたばかりの弱小天使』から『大天使級の力を持つ天使』へとグレードアップしていた。今はかつてのザラキエル同様、マルコの事務仕事を手伝っているのだが――。

「ほら、また抜いた」

「あ、本当だ」

 暇を見つけては羽繕いするサハリエル。しかしその足元に、抜け落ちたはずの羽根は見当たらない。

「どうなってんだ??」

「消えていますよね??」

 二人の視線に気づいたサハリエルは、インコ特有の仕草で「ん?」と首をかしげて見せる。

 抜け落ちた羽根はどこに消えてしまうのか。

 そんな疑問をストレートにぶつけると、サハリエルはまん丸な目をパチパチさせて答えた。

「気にしたことがなかった。きっと主のお計らいで、ゴミが出ないようになっているのだと思う」

 ということは、『天使の抜け毛』はその辺に落ちないのが創造主の基本設計なのだろうか。

 マルコとロドニーは、任務から戻ったゴヤにも同じことを尋ねた。

「え? 抜け毛? クワファーさん、そこんとこどうなんスか?」

 名前を呼ばれ、ふわりと風を揺らして顕現したルシファー。彼は指先に長い髪を絡め、ツンツンと引っ張ってみせる。

「そういえば、髪の毛が抜けたことは無いかな? 翼のほうは、私の場合は鳥の羽根ではないから、抜けるということは無さそうだけれども……?」

「ルシファーは抜けないの? じゃあ、僕だけ?」

「いや、それはどうかな? 私とサマエルは、ミカエルより下の世代の天使とは規格が違うから……」

「ん~……ミカエル様もウリエル様も、『抜け毛ってありますかぁ~?』なんて気軽に聞けるタイプじゃないしなぁ~……」

「私も弟たちには嫌われているからねぇ……あ、そうだ。他の神族の神々に訊いてみてはどうだろう? 地上世界に『物質』として顕現する際の条件は、我々とほぼ同じだったと思うよ?」

「そっか! それじゃ、ええと……」

 サハリエルが目をキラキラさせて振り向いたのは、マルコのほうだった。

「白虎! 君、人の姿にも獣の姿にもなるよね!? 抜け毛ある??」

 好奇心旺盛な道案内の天使に問われ、マルコに憑いていた白虎は人間の姿で顕現し、答える。

「我も気にしたことは無かったが、今引っ張ってみたところ、どうやら抜けない構造になっているようだ」

「へー。白虎もそうなんだー……」

「しかしサハリエル、我は創世神のひとりだ。ルシファー、サマエルらと同じく『古の神』に分類されている。新しい神々とは体の構造が異なる」

「そうなの? それなら、もっといろんな神様に話を聞かないとね! 新しい時代の神様は、ええと……」

 サハリエルはインコの姿でデスクの上を走り回り、本部内にいる別の神の気配を探る。

「見つけた! この人だ!」

 そう言うとサハリエルは能力を発動させ、空中に出現した光のマップの一点に飛び込んだ。これは道案内の天使サハリエルの能力の一つ、時空間跳躍である。いつでもどこでも任意の時代、任意の場所へと瞬間移動できる便利な能力だが――。

「え~と……あいつ、どこに行っちまったんだ?」

 ロドニーはルシファーに問うが、ルシファーは軽く首をかしげ、それからクワガタの姿に変化してしまう。

「クワファーさんには分からないクワ!!」

「そうかよ。つーかお前、面倒臭くなるといつもそれだよな……」

 大天使だからといって何もかも知っているわけでも、他の天使の上に立っているわけでもない。ルシファーは勝手気ままに、好きなように動く天使なのだ。

 そしてそんなルシファー以上に無制限に動き回る黄緑色のインコを、この場の誰も探しに行くことはできなかった。

 彼らはデスクワークをこなしつつ、放し飼いインコの帰りを待つことにした。




 それから数十分後、何の前触れも無くマルコの頭上にサハリエルのマップが出現し、黄緑色のインコがぴょこんと飛び出してきた。

「ただいまー! 皆にお話聞いてきたよー!」

 マルコの頭、肩、腕をトテテテテと走り抜け、サハリエルはデスクの上でぐっと胸を張る。

「あのね! 羽根や髪の毛が抜けるのは、自分の体の一部をゴーレムや式神の核として使うタイプの神様だけなんだって! それ以外の神様は抜けないか、抜けたように見えてもその場で消えちゃうらしいよ!」

「ということは、天使は『消えてしまうほう』ですか?」

「うん! でね、ツクヨミが言うには、大和の神々は全員『式神呪法』と『藁人形』っていうのが使えるように、抜けるように出来てるんだって! みんなの髪の毛引っ張ってみたら、ホントに抜けたよ!」

「え……あの、それは、ご本人の許可は……」

「取ってない!」

「……えぇと……」

 マルコとロドニーは無言で顔を見合わせた。

 離れた席で届いた書類の分類作業をしていたゴヤも、今は姿を消しているルシファーに向かって話しかける。

「いきなり髪の毛引っこ抜いたら、おタケぽんさん、キレますよね?」

「だろうね。ツクヨミ以外は全員キレていそうだけれど……」

 オフィス内の全員が嫌な予感に表情を曇らせた、まさにその時。問題のソレはやってきた。

「サァァァ~ハァァァ~リィィィ~エェェェ~ルゥゥゥ~ッ!」

「うわ!? おタケぽんさん!?」

「なんだっつーの、その格好!」

「ミカハヤヒさんとヒハヤヒさんまで!?」

 タケミカヅチ、ミカハヤヒ、ヒハヤヒは着物の袷を逆に着て、頭に五徳とろうそくを乗せた『丑の刻参りスタイル』になっていた。両手には五寸釘の刺さった藁人形と、鉄錆と血の染みで赤黒く変色した金槌を持っている。

 三柱は明らかに尋常でない様子で、サハリエルに向かって宣言する。

「其方の手によって『呪怨特装』が解放された。さあ、誰を殺す」

「軍神の髪を贄として敵対者を呪殺するのであれば、其方の魂は我らが『式』として未来永劫使役されることになるであろう。覚悟はあるのだろうな?」

「血判状に名を記し、その魂を以って誓うがいい! 其方の首が落とされたとき、我らの呪法は始まらん!」

 ロドニーとマルコはまたも顔を見合わせた。

 三つ子の軍神の髪を立て続けに引き抜いたことで、『戦時特装』とは別の特殊装備が解放されてしまったようだ。

「よ、よく分かんねえけど、ストップ! タケミカヅチ! サハリエルはそういうつもりで髪の毛引っこ抜いたわけじゃなくて……」

「そうですよ! ミカハヤヒさんも! どうか落ち着いてくださ……うっ!?」

「ギャッ!?」

 マルコとロドニーが吹っ飛び、壁に叩きつけられた。

 咄嗟に顕現した白虎が二人のダメージを軽減してくれたが、それにしても軍神の攻撃だ。腹を蹴られたのは確実なのだが、攻撃された瞬間のことがまるで知覚できていない。

「は……速え……っ!」

「く……白虎さんっ!」

「ああ、体を借りるぞ! サハリエル! 我ら全員を亜空間へ!」

「あっ! う、うん!」

 恐怖で羽根を膨らませていたセキセイインコも、ようやく天使の姿に変化した。道案内の天使の能力を使い、マルコ、ロドニー、ゴヤと彼らを守護する神、天使、三柱の軍神たちを亜空間へと瞬間移動させる。




 サハリエルが用意した空間は、この世界から削除された『可能性の集積所』だった。

 出鱈目に接ぎ合されたあらゆる時代の建造物。それは重力を完全に無視するように立体的に組み合わされ、天を衝くように上へ上へと連なっている。

 まるでバベルの塔のような、禍々しくも神々しい廃棄物の集合体。

 『呪怨特装』の軍神たちはそんな亜空間への瞬間移動など気にも留めず、脇目も振らずにサハリエルの命を狙う。

「タケ! ミカ! ヒハヤ! よさんか! なにをしておる!」

「いったいこれは何用の特殊装備なんだい!? 呪殺が大和の神の標準仕様だとでも!?」

 白虎とルシファーが呼びかけるが、軍神たちは答えない。というより、その形相は理性が残っているかも疑わしい有様だ。

 五寸釘、金槌、蝋燭による攻撃を防壁で凌ぎつつ、ルシファーが叫ぶ。

「やむを得まい! ガルボナード! 君の身体を借り受ける!」

「えっ、ちょ、うひゃあぁっ!?」

 ゴヤの身体の制御権をジャックし、ルシファーは近接攻撃に長けたタケミカヅチとミカハヤヒの対応に回る。

 『戦時特装』と異なり、今の三柱に攻撃力の増幅や禁則解除は見られない。この状態であれば、ルシファーのほうが有利に戦いを進められる。なぜなら神々は、正当な理由も無く『人間を害すること』ができないからだ。

「はあああぁぁぁーっ!!」

 ほぼ一方的に攻撃を仕掛けるルシファー。ゴヤの体を傷付けるわけにもいかず、物理攻撃から光の矢、光の手裏剣による攻撃に切り替えるタケミカヅチとミカハヤヒ。

 マルコの身体を使う白虎は、ヒハヤヒに向けて氷の矢を連射する。

「何をどうすればこの状態を解除キャンセルできるのだ!? ルシファー! 天使にはこのような状態はないのか!?」

「無いね! 少なくとも、私の知る限りでは!」

「ならば、氷漬けにして黙らせてくれよう!」

 白虎は両手を広げて最大威力で冷気を放出する。だが――。

「っ! 強制解除だと!?」

 白虎の冷気がタケミカヅチに到達した時点で、白虎の技が完全に解除されてしまった。

 ルシファーも白虎も、この時はじめて『タケミカヅチだけは実体がある』ということに気が付いた。

「タケミカヅチ! それはサイト・ベイカーの身体か!?」

「チッ! 攻撃できんのはこちらも同じというわけか!」

 二人は人間を傷付けない攻撃法、神の光を使ったレーザー照射に切り替えた。だが、それも人体を傷付けない程度のごく弱い照射である。これでは全く埒が明かない。

「オオカミナオシの器! 其方ならなんとかできるやもしれん! タケミカヅチを殴れ!」

「はぁっ!? 無茶言うなよ白虎! 速すぎて動きが全然見えてねえよ!」

「我らが機を作る! しばし待て!」

「私か白虎が合図したら、とにかく殴ってくれ! 『世直しパンチ』で!」

「えっ!? 俺のパンチ、カミサマ業界ではそんな技名になっちゃってんのかよ!?」

「細かいことは気にするな! ハゲるぞ!」

「毛根は労わりたまえよ!」

「創世神と大天使に心配される俺の毛根って何!?」

 そう返しながらも、ロドニーは魔弾のチャージを開始し、戦闘用ゴーレムの呪符を起動させている。

「サハリエル! お前、この空間に俺たちだけおいて外に出られるか!?」

「う、うん。できるけど……」

「ツクヨミに解除法聞いて来い! あれが大和の神の基本設計の一部だとしたら、俺が殴っても何も起こらねえ! 俺のパンチで元に戻せるのはシステムの不具合だけだ!」

「でも、あの、その……」

「なんだよ!?」

「ツクヨミの髪の毛も引っこ抜いちゃったんだけど……?」

「……マジかよ……」

 ツクヨミもこの状態になっているとしたら、タケミカヅチ同様、自身の『器』であるグレナシンを使用している可能性が高い。ベイカーとグレナシンが揃って狂戦士モードになっていたら、ロドニーにはもう打つ手がないのだが――。

「……いや、ちょっと待てよ? 大和の神なら基本的に全員、そういう設計なんだな? だったらオオカミナオシも、それ系のシステム搭載してんじゃねえのか? 一応、同じ神族だったはずだし……?」

「分からないよ。僕、天使だもん。大和のカミサマたちのことは詳しくないし……」

「まあいいや! おい、オオカミナオシ! どうせまたどっかにいるんだろ!? 教えてくれ、あれは何だ!?」

 どこへともなく呼びかけると、ロドニーの傍らに純白の狼が姿を現す。

 世界の不具合を修正・削除する役割を持つ神、オオカミナオシである。

「やっぱり近くにいやがったか。ありゃあなんだ?」

「標準搭載機能の一つ、『呪怨特装』だ。氏子らの手に負えぬ者、例えば主君や代官のように、直接言葉を交わすこともままならぬ相手が人道を外れた場合、氏子らは神に『その者の死』を願う。その訴えが正当であると認められれば、神は氏子らに代わり、その者を呪殺する。ただし、人が人を殺したいと願うのだから、そこには相応の『闇』がある。『呪怨特装』とは、その『闇』から神の身を守る鎧だ」

「その発動スイッチが『髪の毛を抜くこと』なのか?」

「ネーディルランド公用語では意味が通じぬだろうが、大和の言葉では『髪の毛』と『神の気』で言霊が掛かっている。人の力では為せぬことを、『神の気』を以って願掛けするということだ」

「へー……って、いや、待てよ? あいつら軍神なんだから、そもそも敵を殺すために力使ってないか?」

「それは『戦時特装』と呼ばれる。『人を殺してはならない』という禁則が外される点は同じだが、対象者の選定と使用可能な武器に違いがある」

「でも、やっぱりどっちも殺すんだろ? 何がどう違うのか俺にはよく分かんねえけど……結局のところ、どうやったら解除されるんだ?」

「光を当てろ」

「え?」

「『呪怨特装』は自ら闇と狂気を纏い、氏子らから流れ込む膨大な『闇』から身を守る。神の光を当てて闇を祓い、正気に戻してやればよい」

「おいルシファー! 白虎! 今の聞こえてたか!?」

「ああ! もちろんだ!」

「為すべきことは分かったが……しかし!」

「ロドニー君、援護を頼む! タケミカヅチだけは実体がある! 君の魔法で足止めできるはずだ!」

「おうよ! 任せとけ!」

 と、言い終わるころには一発目を撃っているのがロドニーである。風の魔法で空気を圧縮し、今はタケミカヅチに制御されているベイカーの足元にランダムに転がしていく。

 目には見えない空気の塊に足を取られ、ほんの数秒、タケミカヅチの動きが鈍った。

「っしゃあ! 撃てえええぇぇぇーっ!」

 ロドニーは起動していた戦闘用ゴーレムとチャージ済みの魔導式短銃で、二方向からの同時射撃を開始する。

 タケミカヅチに通用する魔弾は無いが、ベイカーには通常兵器が有効である。ロドニーが撃っているのは暴徒鎮圧用の催涙弾だ。風の魔法でベイカーの周囲を取り囲み、催涙ガスからの逃げ場を奪う。

 激しく咳き込み、蹲るベイカー。最大戦力のタケミカヅチが無力化すれば、残る二柱に光を当てることはたやすい。

「その目に焼き付けよ! 暁の閃光を!」

「正気に戻れ! 小童ども!!」

 ルシファーの放った光を白虎が氷で乱反射させ、空間全体に聖なる光芒を奔らせる。

 タケ、ミカ、ヒハヤの三柱はその光を浴び、『呪怨特装』から解放されたのだが――。

「……ルシファー、其方の光は、いったいなんだ?」

「なんだと問われても……祝福の光だが?」

「祝福……しすぎではあるまいか?」

「ああ、うん、そう言われると……なんだろう? 元の装束と何かが違う気も……?」

 光を浴びた三柱は、今はまだ呆けた様子でへたり込んでいる。だが、その服装は何かがおかしい。

 ねじり鉢巻き、そろいの袢纏、晒の腹巻、半股引と地下足袋。そして彼らの後ろには『鹿島神宮』『香取神社』『八幡神社』と書かれた大漁旗がたなびき、大団扇や錦の幟、おかめとひょっとこの面、紅白幕をはじめとする、ありとあらゆる『おめでたいアイテム』が出現していた。

「これは大和の国の祭装束ではなかろうか?」

「私は大和の国の文化には疎いのだけれど……大和の祭りとは、何をするのかな?」

「オオカミナオシ、何か知っておるか?」

 白虎に問われたオオカミナオシは、なぜか後ろに下がりながら答えを述べる。

「地域によって様々だが、たいていが水にまつわる祭りだ」

「水?」

「身を清めるため、神への感謝を示すため、覚悟や度胸を神に認めてもらうため……他にも理由はいろいろあるが、とにかく冷水を浴びる祭が多い。頑張れ」

「……は? いや、おい、なぜ消える!?」

「オオカミナオシ!? ぬわあっ!?」

「ギャッ!?」

 悲鳴を上げる白虎とルシファー。

 いつの間にか立ち上がっていた軍神たちは、先ほどまでとは別の意味で正気を失っていた。

「祭じゃ祭じゃあああぁぁぁーっ!」

「お清めじゃあああぁぁぁーいっ!!」

「ぶっかけろおおおぉぉぉーいっ!!」

「ギャアアアアアァァァァァーッ!」

「よさんか小童どもォォォーッ!!」

 素早く逃げ回る創世神と、ミカハヤヒに捕まり、ヒハヤヒに冷水をぶっかけられる大天使。

 その様子を呆然と見つめていたロドニーとサハリエルは無言で視線を交わし合い、同時に頷いた。


 逃げよう。


 二人は大騒ぎしている神々とその憑代を放置して、通常空間へと舞い戻る。

 しかし二人は忘れていた。髪の毛を引き抜かれた大和の神はもう一柱いることを。

「サァァァハァァァ~リィィィ~エェェェ~ルゥゥゥ~……」

「わあっ!?」

「ふ、副隊長っ! 落ち着いて! ちょ、ま……来ないでえええぇぇぇーっ!」

「キイイイィィィエエエェェェーッ!! 呪い殺してくれるわァァァーッ!!」

「やめてくださあああぁぁぁーいっ!!」

 その後ロドニーとサハリエルは数十分にわたってツクヨミの五寸釘攻撃を防ぎ続ける破目になったのだが、ツクヨミを鎮静化させるために必要なものは神の光ではなかった。

 彼らの救世主は、何の前触れも無く現れた。

「あ? なんだセレン、その格好。っていうより、どうした、その不細工なツラ……」

 たまたま特務部隊オフィスにやってきたアル=マハ。その彼が発したたった一言にショックを受け、グレナシンが正気に戻る。

「ぶ……不細工! アンタ今、アタシのこと不細工って言った!?」

 器が正気に戻ったことで、ツクヨミも呪怨特装から解放されたらしい。グレナシンの身体からスポンと抜け出し、動揺も露わに呟きだす。

「わ、わわ、私は今まで何を……? 呪怨特装なんて、江戸時代以降一度も……??」

「ねえアーク!? アタシ、そんなに不細工だった!? 不細工だったのっ!? ヘファイストス! お願い! アークの記憶を消しちゃってぇぇぇ~っ!」

「あの姿を人に見られたのか!? ヘファイストス! 私からも頼む! アーク君とロドニー君の記憶を消してくれ……っ!」

「いやあああぁぁぁ~んっ! もぉ~っ! なんでよりにもよってアークに見られちゃうのよぉぉぉ~っ!」

「は、恥ずかしい……あんな格好を、人に……っ!」

 両手で顔を覆って蹲ってしまったツクヨミ。その頬に鼻先を寄せながら、オオカミナオシが解説する。

「丑の刻参りは人に見られてはならない。その理由は様々に語り継がれているが、正確な理由はこれだ。闇と狂気を纏った姿は醜い。最愛の人間には到底見せられまい」

「あぁ~ん! ちょっとオオカミィ~! アンタさらっと『最愛の人間』とかぶっちゃけたこと言うのやめなさいよね、この馬鹿モフモフぅ~! それトップシークレットなんだからぁ~んっ!」

「え~? いまさら何言ってんですか副隊長、そんなんとっくにバレバレですよ。ね、アル=マハ隊長?」

「セレン……まさか俺のこと、本気で……!?」

「うぇいっ!?」

「なぁ~んて言うと思ったか、ボケ。男のケツに興味はねえよ。ほれ、この間頼まれてた資料だ。コピーにつき返却は不要。廃棄時は焼却すること」

「はぁ~い、あんがと~♡ 今度お礼になんか奢るわね~♡」

「シュークリームとかチーズケーキとか、そういうの以外にしてくれよ。じゃあな」

 持っていた書類だけおいて、さっさと出て行ってしまうアル=マハ。

 息の合った夫婦漫才に巻き込まれ、もやもやした顔のまま何も言えずにいるロドニー。

 説教するツクヨミと、愛らしいインコの姿で小言の延長回避を試みるサハリエル。

 嵐が過ぎ去ったオフィスの中で、オオカミナオシだけが気付いていた。

 ツクヨミの説教が長々と続けられる限り、サハリエルはゴヤとマルコを迎えにいけない。つまり、二人が謎の水かけ祭りから解放されることはないのだと。


 後日、大天使ルシファーはこう語った。

「無尽蔵に真水が湧く柄杓が災害救助用装備ではないあたりが大和の神らしいと思う。なんで『祭事特装』でしか使えない設定なのか不思議でならない。ワッショイでもソイヤでもない時にこそ必要なのでは?」

 このコメントに対するツクヨミの反応は、ポンと手を打つのみだったという。


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