4話
おいらの予想は、片方は良い方に外れた。
天気の方の雲行きが、ようやく陰りを見せ始めたのだ。
いつの間にやら発生した薄雲が日の傾くにつれて発達し、見慣れた雨雲と相成った。
アスカール上空の分厚い乱層雲が夕日に照らされて、燃えるように赤く黒く色づいている。
そんな美しい空の彩りも、そう長くは続くまい。
東から押し寄せる夜と雨の気配が、空を闇で覆い尽くそうとしていた。
暗くなるにつれてテントの数が減り始めるが、代わりに目抜き通りに並ぶ店舗の明かりが街行く人々を惹きつける。それはイーリスだって例外ではない。
暖かな光が漏れる雑貨屋を見つけたイーリスは、そっとドアを押した。
ドアに設えられていた鈴の音が鳴り、店主だか店番だかの若い女性が反射的に顔をこちらに向ける。挨拶のつもりだろうか、店員は首を竦めるように頷くと、すぐに手元の編み物に注意を戻した。
イーリスはというと、店内を埋め尽くす雑貨の数々に目を輝かせている。
通路はごくわずかの幅しか確保されておらず、天井からはなんやかんやと物がぶら下がっているので、お年寄りには優しくない店だと言える。どこかジャングルを思わせるね。
品揃えはアクセサリー類を筆頭に、バッグや香水、観葉植物という物品から、用途不明のがらくたのような物まで、とりあえず面白そうな物を詰め込んでみました、とでも言わんばかりの節操のなさだ。だが、それでいて不思議と統一感があり、この店内においてはそれぞれの物品が主役の顔をして仲良く並んでいた。
イーリスは一歩踏み込んだ瞬間から、この不思議な店の虜となっていた。ぬっとりとした独特の匂いも嫌ではないらしい。
入り口付近に展開されるスカーフやらショールといった日差し対策コーナーから進むと、足を踏み入れた先はアクセサリーコーナーだった。
「わっ!」
思わず飛び出したのは声だけじゃなかった。同時に伸ばした手で、イーリスは壁際の布に止められた鋳造のバッジを掴んでいた。
「かっわいい~」
イーリスの手元の品を見たおいらは顔をしかめた。角度を変えると色が七変化するのはなかなか面白い。だが、このデザインはいただけない。どう見たって雨女のお前さんが持つ代物じゃないだろ。
「それ、今日入ったばっかだよ。タイトルは、父なる太陽、だってさ」
いつの間にか真後ろに立っていた女性店員が言うとおり、そのバッジはあからさまに太陽を象っていた。しかし、アクセサリーにタイトルを付けるとは芸術家気取りをこじらせすぎじゃないか? しかも、見たまんまのタイトルを。だいぶ蛇足だろう。
おいらがそんなことを思っている間に、イーリスは布から父なる太陽を外して店員に渡していた。
「これ、くださいっ!」
「まいどあり。二百カンね」
イーリスがポシェットの財布から小銭を取り出す最中、店員はふと思いついたように口を開く。
「あんた、太陽のアクセサリーなんて買ってないで、雨乞いの儀を見に行かないと」
二百カンちょうどを取り出したイーリスは、店員の手のひらに乗せながら、上目遣いに聞き返す。
「え、今日あるの?」
「うん今夜。中央広場でやるんだよ。知らなかった?」
「さっき来たばかりだから」
「そっか、旅してるんだ。父さん母さん連れて、一緒に見て行きな」
店員には悪気はなかろう。だが、その一言で、イーリスの表情は一瞬にして固まった。
イーリスは引ったくるように父なる太陽を受け取って、すぐさまきびすを返した。
店員がイーリスの頭上から見つめるおいらに気づいて「あ、カエル……」と零すが、今更かいと突っ込む暇さえなかった。イーリスは勢いよくドアを開いて、脱兎のごとく店を飛び出した。
店員は、イーリスに対して言ってはいけない禁句を口にした。
イーリスは両親、特に母親について、深いトラウマを抱えているのだ。