24話
結局筋雲一つやって来ないまま、空は夕焼けに紅く染まってしまった。
そんな夕暮れ時の円形広場に、セナが長い影を伴って再び現れた。
「もしかして、ずっとここにいたの?」
目を大きく見開いて問われても、イーリスはうなずくしかない。
「うん、仕事だからね」
セナが胡散臭げな視線を向けてくるが、弁解できないのは雨女という立場の辛いところだ。下手なことを口にして、悟られたら大変なことになるからな。
「……じゃ、そろそろ行こっか」
仕事についてあれこれ追求されないのは助かるが、おいらたちのことをろくに働きもしない不真面目な人間だと判断したのだとしたらちょっと傷つくな。ま、そうやって見くびってもらったほうが、雨女稼業には有利なのだけれど。
セナがおいらたちについて追求しなかったからというわけではないが、おいらもセナが家に帰って何をしていたかなどを詮索するのはよそう。こうして日が暮れる前にやって来たのだから、家庭で深刻な事態が起きているわけではないのだろう。別れたときと同じセナの服が若干すすけて見えるのは、家に帰ったことと何か関係があるのかも知れないが、掃除でもしてたのかな、くらいの想像しか膨らまないしな。
イーリスはセナに手を差し伸べられて、ずっとベンチを暖めていたお尻を久方ぶりに持ち上げた。
二人はそのまま手を繋いで歩き出した。目的地は雨乞いの儀が執り行われる採掘所、かと思いきや、セナはその道すがらで足を止めた。
「じゃ、ここで待とっか」
そこは、工房の前だった。ばあさんによると休日とのことだったが、カンカンというリズミカルな音は途切れることを知らない。絶賛営業中だとしか思えないのだが、セナはここで、アイトリアが作業を切り上げて出てくるのを待つ気らしい。
さて、イーリスの反応やいかに。
「いいじゃん、先に行こうよ。向こうで待とう」
おいらの予想通りだった。アイトリアとの顔合わせをできる限り先延ばしにしたいのだろう。イーリスはセナの手を引っ張って、この場を離れようとする。
「だめだよ、三人で一緒に行こうよ!」
力勝負になったらイーリスに勝ち目がないことは昼に結果が出ていた。イーリスがいくらセナを引っ張たところで、一歩も進めずに足踏みを繰り返すことしかできない。
「でも、そんなこと言ってたら、始まっちゃうよぉ」
ぐずりながら訴えるイーリスに、セナも片眉をぴくりと動かす。
「うん、確かに。お兄ちゃんて、熱中したらいつまででも作業してるしね……」
セナが思案顔になったのを見て、イーリスはここぞとばかりに提案する。
「じゃ、待つのは一番星が出るまで。一番星みつけたら、行こ!」
セナはイーリスの提案に警戒しつつも、やがて仕方なしに頷いた。
「うん、そうだね。いつまでもは待てないしね」
「あ、一番星!」
「ええっ!」
イーリスの指さす先を追って、セナは振り返った。
そこには、夕焼けの中、確かに輝く星の姿があった。
「お姉ちゃんずるい! 先に見つけてたんだね!」
「いいじゃん約束通りでしょ。行くよ!」
言って、イーリスは嬉々として歩き始める。セナはほっぺたを膨らませて不服を顔全体で表現していたが、握るその手に力を込めるような抵抗はしなかった。
背中にハンマーの音を聞きながら、イーリスは夕暮れの中、逃げるように採掘所へと足を伸ばした。