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片時雨のイーリス  作者: せき
第一章
16/46

15話

 しかし、さっき川で桶に水を汲んでさえいれば、おいらがイーリスの口の中に強制収容される必要性は皆無だったんじゃないか。

 そう気づいたのは、川の上流部でイーリスが水を汲み、ようやくおいらを定位置に戻した時だった。

 おいらがそんな疑問を口にすると、イーリスはあっけらかんと言ってのけた。


「え、水ならさっき、すいとうにはくんだよ。ピュイのことは、うるさかったからね」


 あまりにも酷くないか、と嘆くのはまだ早かった。

 続く言葉に、おいらは慄然とすることになる。


「ピュイ、結構なめごたえあるよ」


 カエル様を飴と同列に扱うなっ!

 そんなやりとりを経て、おいらたちは小川のほとりにある採掘所を見下ろしている。

 いやむしろ、採掘所のそばを小川が流れている、と言った方が正しいだろう。

 すり鉢状に掘り下げられた採掘所の面積はサルの村よりもでかい。向こう側はかろうじて霞んで見える程度だ。所々に鉱石運搬用の斜面を設えつつ、下へ下へと掘り下げられた深さは相当のものだ。仮にシートスの時計台を最底辺から建てたとしても、地上までは届かないだろう。

 そこかしこで作業をしている人々の数も、目に入るだけで二〇人は下らない。サルが物静かだったのは、多くの働き手が昼間はこちらに出張ってきているせいもあったのだ。こちらには小川があり、飲み水には困らない。むしろ雨が降らないことで採掘作業は捗っているかもしれない。

 さて、ここでおさらいしよう。おいらたちは、アイトリアが鉱石を取りに行くと言うから同伴しただけだ。特にすることもないからな。だから、アイトリアが鉱石を受け取って、手押し車に乗せさえすれば、そのまんまサルの村にとんぼ返りという予定だ。

 それなのにアイトリアは、先ほどから歩みを止めて突っ立っている。

 それはなぜか。

 彼の目線の先には、採掘所入り口脇に駐められた黒い馬車があった。

 おいらも、すぐ横の小川で休憩する二頭の馬には見覚えがある。


「あれ、さっきの馬車だな」


「うん」


 イーリスが眉をひそめる。セナが轢かれかけたことを思い出しているのだろう。


「貴族の馬車だ。こんなところに、一体何の用だろう」


 身分の違いが邪魔するのか、馬車を気にしつつもアイトリアは立ち止まったままだ。

 そうして二人はただ突っ立って眺めていると、ふいに馬車の戸が開いた。

 中から降りてきたのは、全身をすっぽり覆い隠す濃紺のガウンを羽織り、同じく濃紺のヴェールと同色のマスクで全身を闇色で覆い隠した少女だった。口元が隠れているのに少女だとわかるのは、何を隠そう、おいらは彼女のことを知っているからだ。背中まで流れる艶やかな黒髪も特徴的だが、それ以上においらを射竦めた目元は忘れようもない。


「ソティル! こんにちはっ!」


 見るなり大声で挨拶するイーリスに、少女はガウンを揺らしながら小走りにやって来る。


「ちょっと! 馴れ馴れしく名前を呼ばないでくださる? 従者が控えておりますの!」


 声を押し殺して叫ぶ少女は、間違いなくソティルだった。馬車の方を気にしているが、今のところ誰かが出てくるような気配はない。


「どうしてここにいるの?」


「それはこっちの台詞です。あ、旅をなさっておいででしたね、そこの猥褻ガエルと!」


 射るような視線から逃れるべく、おいらは桶に這いつくばって頭を抱える。勘弁してくれよぅ。制裁なら充分受けたじゃないかよぅ。


「それで、ソティルはなにしにここに?」


「当然、仕事ですわ。こんな埃っぽいところに、それ以外の用事がありまして?」


「ソティルも石、取りに来たんだ」


「そんなわけありますか! 私の仕事と言えば、雨乞い以外にありませんでしょ!」


「やっぱり、雨乞いの巫女様か!」


 イーリスの背後から声を上げたアイトリアに、ソティルは今その存在に気づいたかのように視線を投げる。


「すごいな! イーリス、巫女様と友達なのか?」


「友達などではありません。ただの、そう、裸のお付き合いの仲ですわ」


 なんだか友達より親密な間柄のように聞こえる気もするが、事実友達とは言い難いし、裸の付き合いならば確かにしたのだから、案外的を射ているかも知れない。


「お風呂友達なの!」


「ですから、たまたま一度ご一緒しただけで、軽々しく友達にしないでくださらない? それに、私は忙しいのです。邪魔しないでくださいまし」


「忙しいって、なにしてるの?」


「雨乞いの儀の準備に決まってますわ」


「え、もしかして、ここでやるんですか?」


 ソティルは腕を組んで、アイトリアの方をキッと睨む。


「庶民の分際で気安いですわね。他の者の目がありませんから、特別に大目に見て差し上げますが……明日の夜、あちらの底で致します。篤とご覧なさいな、私の雨乞いの舞いを」


「はい、楽しみにしてます! 絶対雨、降らせてくださいね!」


 アイトリアの気持ち悪い敬語は聞き流してつつ、おいらは自信たっぷりなソティルの目元を眺めながら考える。

 儀式は明日の夜。ってことは、イーリスがさっさと雨を降らせれば雨天中止。ソティル一行の下準備も無駄になるってわけだ。だが、空は相変わらずの快晴だ。雨が降る気配は一切ない。


「あなたに言われるまでもないですわ。では、私、忙しいので」


「ソティルはどんなお仕事してるの?」


 立ち去ろうとしたところをなおも呼び止められて、ソティルはヴェールを揺らして振り返る。


「何度も同じことを言わせないでくださいまし。私の仕事は、雨乞いの儀で、巫女として雨を降らすことですわ」


「じゃ、今は暇なんじゃない? どこに行くの?」


 桶から頭を出して様子を伺ってみれば、ソティルはそれと分かるほど動揺し言葉を詰まらせた。


「ちょ、ちょっと下の様子でも見に行こうかと。私にも準備というものがありまして――」


「様子って、別にみなくてもいいよね! 準備って、なにするの?」


「せ、精神統一とか、ほら、色々とありますでしょ?」


「あとでもできるよね!」


「勝手に決めないでくださいまし! 結局何が言いたいのです?」


 問われたイーリスは、満面の笑みと共に提案する。


「遊ぼう!」



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