14話
道中、イーリスは言葉少なだった。だが、不機嫌だったわけではない。むしろ頬の形から想像するに、ずっと笑みを浮かべていたに違いない。何故なら隣を歩くアイトリアが、絶えず何かしら話しかけていたからだ。
話題は、村のこと、仕事のこと、とにかく楽しい話や笑い話ばかりばかりだった。話は父なる太陽にも及び、アイトリアは照れくさそうな声で言った。
「うちの工房は武器鍛冶専門だからさ、アクセサリなんて作ってるって知れたら、親方に大目玉食らうんだ。でも、俺は人を傷つける道具より、ほんとは楽しい物を作りたいんだよね。だからアクセサリは隠れて作ってるんだ。親方には、投げて使う武器の練習だってことにしてるわけ。ほら、角が鋭いでしょ。それ、言い訳のため」
おどけて言うアイトリアに、イーリスはプッと吹き出したものだ。
そんなにアクセサリが作りたいなら別の工房に師事すればいいじゃないかと思うのだが、サルはあくまで採掘地であって、工房は偏屈なオヤジが営む武器鍛冶ただ一つらしい。流通の基本である地産地消の観点からいうと、もっと多種多様な工房で賑わっても良い気がするんだがな。
そんなこんなで、アイトリアの話のおかげでおいらも退屈せずに済んだ。
だからといって、イーリスの口の中が快適なスイートルームになるわけじゃない。いくら飴玉がおいらにべったり引っ付いてても、全然スイートじゃないんだからな!
だんだん体が火照ってきて、どうにも気怠くなってきた。アイトリアが引く手押し車の車輪の音が、いやに頭に鳴り響く。
だが、変化は突然やってきた。
イーリスがふいに足を止めたのだ。そして、口の中に指を突っ込んで、おいらを強引に引っ張り出す。言ってくれりゃ自分から飛び出すのに、と文句を言う暇もなく――。
「それっ!」
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
口の中で暖められて、おいらの意識は朦朧としていた。
ただただ、暗闇に慣れた目に太陽の光がまぶしい。
それに加えて猛烈に揺さぶられる三半規管。
そして、イーリスのさっきのかけ声。
遅ればせながら、おいらは宙に舞っていることを悟る。
イーリスに投擲されたのだ。
何故、と問うのが関の山。中空にあって、おいらは何一つ抵抗する術を持たなかった。
されるがまま、世界がぐるぐる回り、やがて落下の軌道を辿って――。
体が、冷たい何かに叩きつけられた。
しかし、そこで終わらない。そのままずぶずぶと沈んでいくではないか。
混濁する意識の中、かろうじて目を開く。
体の周りの至る所から、泡沫が上へ上へと昇っていく。
その光景に、おいらは目をぱちくりさせる。
これは、水。紛う事なき、清澄な水!
「水だっ!」
歓喜の叫びと共に、おいらは一直線に水面を突き破って飛び出した。
まず目に入ったのは、水辺にしゃがんでおいらを眺める二人の顔。
それから、投げ込まれたこの場所の正体を知る。
小川だ。川幅はイーリスの背丈ほどもないが、確かに水流のある、自然の川だ。
「ひゃっほーぃ!」
もういっちょ小川にダイヴと洒落込もうと宙を掻くが、おいらの自由はそこで奪われた。
あろうことか、小さな手がぐわしっとおいらを掴んだのだ。
「おいちょっと待て、まだ良いだろ川だぞ川! 少しでいいから泳がせて!」
手の隙間から必死に抜け出そうともがく。しかしおいらの流水への渇望などお構いなしに、イーリスは立ち上がり、あろうことか小川に背を向けちまう。
「きりがないから行くよ!」
「採掘所はもうすぐそこだ」
「おいらは採掘所より川がいいっ! 埃っぽいところなんて、やだやだっ!」
「もうっ、駄々こねないのっ!」
え、まさか。と思う間もあればこそ。
次の瞬間、ぱくり、と、問答無用のままイーリスの口の中に逆戻り。
この闇の中に閉じ込められると一気に気持ちが沈む。
ここはもはや、おいらにとっては立派な監獄だ。
なんか、おいらの体の良いあしらい方を身につけられてしまったような気がするが、思い過ごしであってくれと切実に願うばかりだ。