12話
空は快晴。雨の降る気配は相変わらず皆無だ。
そんな起伏のない穏やかな道中にあって、密かに絶体絶命のピンチに瀕していた。
単刀直入に言おう。
おいらは深刻な水分不足に陥っていたのだ。
しばらくは桶にへばりついて、木に染みこんだ水分で耐え凌いでいたのだが、いい加減我慢の限界だ。
おいらは恨めしげに空の太陽を仰ぎ見る。太陽とおいらの間に遮るものは何もなく、やつはおいらを干物にすべく、殺人的太陽光線を執拗に放ち続けている。イーリスが傘でも差してくれれば日除けになって多少はマシだったろうが、既に水分を奪い尽くされた今、手遅れ感は否めない。
なんでそんなにギリギリになるまで何もしなかったんだ、だって?
んなこと言っても、今まではずっと雨が降ってたんだ。日差し対策なんて考えたこともない。経験がない初めてのことなんだから、対応が後手に回ったって仕方ないってもんだろ。みんなおいらに同情すればいい。
いやいや、いかんいかん。卑屈になっても何も解決しない。おいらの粘膜という粘膜はカサカサになってひび割れ寸前。村は陽炎の先におぼろげに見え始めたような気もするが、さりとてすぐに到着できるような距離でもない。今すぐに打開策を見出さなければ、おいらの意識はすぐにでも奈落の底へ突き落とされそうだ。だが、なにも思いつかない。手持ちの水は一滴もない。辺り一面にあるのは、カラッカラの砂だけだ。
ああ……もう無理。
もはや、やせ我慢をしている場合ではない。
おいらはついに、喉をふるわせてイーリスに声を掛けた。
「な、なぁ、イーリス……」
イーリスが首をかしげた。よし、おいらのしわがれ声はちゃんと届いた。これは暁光だ。
「おいら、もう、からっからで、死にそうだ。助けてくれ……」
イーリスは桶に手を伸ばして、おいらをひょいと掴み上げた。顔の前に向き合わされても、おいらはもう瞬きを返す元気すらない。
そんなおいらの弱り果てた様子に、イーリスはみるみる顔を歪める。
「どうしてこんなにしわくちゃになるまでだまってたの!」
なんか、お母さんみたいで頼もしいな。などとうっかり思ってしまうのだから、相当に参っていることを認めざるを得ない。だってしょうがないじゃない、両生類なんだもの!
「でもどうしよう……あ、そうだ!」
イーリスが首をかしげて思案したのは一瞬だった。しかし、妙案を思いつくにしては早すぎやしないか。ぱっと明るくなった表情が逆に怖いぞ。
「ちょっとなまぬるいかもしれないけど、我慢してね!」
言うや、イーリスはその口をあーんと開けた。
そして、指でつまんだおいらを、その大口に近づけていく。
これは、まさか!
「ちょ、ちょっとたんまイーリス、何する気、一体、おいらを、って、ああんっ!」
おいらの声は問答無用のうちに外界から遮断された。
光のない世界。生温く脈打つ足下。
そこには確かに水分がある。あるにはあるが。
「おいっ! イーリス! おいらを食べる気か! 消化液って知ってるか! だいたい、ヌメヌメするし、なんか甘ったるいし、こりゃねぇだろ! おい、聞こえてるだろ返事しろいっ!」
信じられないことに、イーリスはこうすることが最善だと判断したようだ。そうなるとイーリスは、対案の提示以外の発言をすべて聞き流すという厄介な習性を持っている。それは百も承知なのだが、悔しいことにこうする以外に渇きから逃れる術をおいらは思いつけない。よって、おいらの苦情がイーリスの耳に響くことはない。
イーリスは満足げに頷くと、鼻歌を再開して歩を進める。
「鼻歌やめろっ! 風が、風が気持ち悪いっ! ああっ飴玉っ! 飴玉が襲ってくるぅ! やめてっ、やめてぇぇ!」
日光とは全く趣の異なる難敵との戦いを強いられる羽目となったおいらは、ただただサルへの到着を待ちわびつつ耐え凌ぐしかなかった。