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片時雨のイーリス  作者: せき
第一章
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9話

 おいらたちは現在、パストゥス王国の王都シートスに拠点を構え、その周辺地域に雨を降らせる任務を与えられている。既にあらかたの地域に恵みの雨が降り、王都シートスを拠点とした任務は、残りわずかだと思われる。

 さて、ここいらでイーリスに与えられる任務のしくみを説明しようか。

 まず、任務を与えるのは、秘密結社オンブロス協会だ。雨女という存在自体が世界からひた隠しにされているのだから、当然のようにオンブロス協会の当然所在地は不明だし、構成員の顔だって誰一人として見たことがない。しかし確かに存在するオンブロス協会の何者かが、イーリスが滞在する拠点宛に指令書を送りつけてくる。そこにはいつも同じような内容が記されている。次なる任務の目的地、拠点に加えて、過去に達成した任務の報酬について、簡潔に書かれているだけだ。それが、毎週日曜日に拠点に届く。

 指令書の内容は移動にかかる日数なども配慮されているようで、次なる拠点への移動が翌日曜日までに不可能だとか、期日内に目的地にたどり着けないという問題は、今まで起きたことがない。また、確認手段は謎だが、目的地に雨を降らせれば、必ずひと月以内に報酬がイーリスの口座に振り込まれる。その額がイーリスのような子供に握らせるにはあまりにも莫大だと、金額を見るたびおいらは空恐ろしくなるのだが、それこそがこの雨女ビジネスがただの秘密結社の慈善事業でないことを雄弁に物語っていると言えよう。

 イーリス一人に対してさえこらだけの大金が動くということは、協会には何らかの大規模なスポンサーがついているはずだ。これはおいらの憶測だが、政界や財界の特権階級などは非常に怪しいし、ともすればある程度の富裕層まで協会と繋がりがあるかもしれない。場合によっては、そいつらは雨女の存在をも知っているかもしれない。

 もしそうなら、いっそ雨女の存在をおおっぴらにして、もっと世界各国連携して平和的に降雨量の調整をすればみんな幸せになれるのではないか、などと安易に考える事なかれ。天候を操るということは、単純に利害だけの問題として語れる話ではないのだ。

 天候を操ることなど人間には不可能だ。だが唯一の例外として、魔法ならばやってやれないことはない、というのが世間の認識だ。そしてそう認識している者は皆、一人の魔法使いが無理矢理天候を操ろうとしたがために起こった大規模な天変地異の逸話、雨殺し事件を知っている。その事件以降、魔法による天候への干渉は、直接的、間接的問わず禁忌として定められたのだ。

 しかし雨女の力は、精霊の力を借りて事象を操作する魔法とは根本的に異なるものらしく、自然界のバランスに悪影響を与えることはない。だからと言って、雨女が日の目を見る日はまだ来ない。一個人が得体の知れない力で天候を操作しているという事実だけで、人々が雨殺し事件を想起するには充分なのだろう。

 ならばソティルのような雨乞いの巫女はどうなのか、人間が天候を操作してるじゃないか、と問いたくなるところだ。だが、雨乞いは魔法が発明されるはるか以前から存在しており、魔法とは全く異なる起源を持つ神聖な行いとして既に確立していたため、やり玉に挙がることすらない。むしろ、雨乞いをしなければ神の怒りを買ってしまう、というような風潮なのだから、雨乞いの立場は盤石と言える。

 では雨女だって、雨乞いの巫女と同じように、神聖な者として祭り上げればすんなり受け入れられるんじゃないか、それどころか、いっそ雨女が雨乞いの巫女になればすべて丸く収まるのではないか、という解決策を、おいらは旅立ってすぐに思いついた。だが、旅をしているうちに思い知らされた。

 雨女は、ずっと雨を降らせ続ける。その力はあまりに強力で、とても一個人が所有していて良い力ではない。雨女は、どうあっても秘匿され続けなければならないのだ。そういう意味では、協会が定める三つの約定は合理的だ。


 ひとつ、同協会からの指示に絶対服従せよ。

 ひとつ、同協会及び雨女の存在をなんぴとにも隠匿せよ。

 ひとつ、馬車等の乗り物の使用を厳禁とする。


 結局のところ、協会と雨女の存在をひた隠しにするためだけに特化した約定なのだ。なんで馬車に乗ったらだめかって? 雨女が馬車に乗ったら空模様がどんなことになるか想像してくれればわかるだろう。

 だが、そうすると、おいらとしては腑に落ちないことがある。

 協会は、雨女をもっと厳重に管理すべきなんじゃないか、ということだ。

 それこそ、雨女が約定を破る寸前でそれを食い止めるような安全装置がないと、この仕組みを長く存続できるとは思えない。

 ついでに、わからないことなら他にもある。

 おいらは一体、何者なのか。

 一番古い記憶は、イーリスと出会ったあの日だ。その時おいらは既にカエルとして考え振る舞っていた。だが、それまでは何をしていた? それがさっぱり思い出せない。

 そう、おいらは何故人語を操るカエルをやっているのか、そのわけさえ知らないままイーリスと旅を続けているわけだ。

 おっと、話が脱線したな。おいらのことはどうでもいいや。

 とにかくおいらたちは、あやふやな存在として、うやむやのうちに訪れ去るしかない。

 だが、それでも、任務をこなして旅を続けるのが、目の前にある唯一の道なのだ。


 というわけで、おいらたちは三日前にシートスで受け取った、拠点は継続、目的地はアスカールとサル、という指令書の内容に従って、残りのサルへと向かっているのだった。



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