プロローグ
あらかじめ断っておくと、おいらは秘密結社オンブロス協会の理念を知らない。
やっていることの正当性だって、おいらは敢えて説こうとはしない。
おいらもイーリスも、生きていくための日銭稼ぎのためだけにオンブロス協会に従っているだけなのだから。身も蓋もない言い方をすれば、これはビジネスなのだ。
だが、それでも。
この光景を見れば、役に立てて良かったと、口元がほころんでしまう。
パストゥス王国随一の高さを誇る時計塔が、真昼を告げる鐘を鳴らす。
だが、首都シートスの人々が見上げるのは時計塔ではない。もっと上、空だ。
そこから降ってくる恵みの雨に、皆歓声を上げている。
長い日照りの終焉に、どの顔も歓びに満ちあふれている。
その笑顔をもたらしたのは自分だという自負が、傘に隠れるイーリスの唇を、上機嫌な上向きにさせる。
だが、イーリスのことなど誰も知らない。誰に知られるわけにもいかない。
おいらたちに残された仕事は、誰にも悟られずに去ることだけだ。
おいらたちは、とんでもないことをしでかしているのだから。
どういうことかって?
そもそも天候は豊穣の神ナーガが決めるものであって、人間が操作しようなどと考えるだけでも神への冒涜。あってはならない禁忌なのだ。
だからこそオンブロス協会は秘密結社なのだし、その存在を知っているのは構成員だけ。勿論おいらたちも協会と一蓮托生。秘密は墓まで持って行く所存だ。
そう、イーリスは雨を呼び寄せる。
オンブロス教会は、そんなイーリスのことを雨女と呼ぶ。
これからおいらが語るのは、雨女イーリスが恵みの雨を各地に届けて回る、極めて湿気の多い旅の物語だ。
そう、今回も、そうなるはずだったのに。
オンブロス協会と雨女に取り交わされる約定
ひとつ、同協会からの指示に絶対服従せよ。
ひとつ、同協会及び雨女の存在をなんぴとにも隠匿せよ。
ひとつ、馬車等の乗り物の使用を厳禁とする。