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B専上のマリア    作者: ももお
2/2

chapter2「再会・・・?」

駅前の商店街。その隅に位置する一軒のお弁当屋さん。それが私のバイト先だ。

従業員は店長と私、パートのおばちゃん二人の計四人。いわゆる少数精鋭主義だ。

店長は基本的に事務作業中心で、仕込みはおばちゃん二人が主に担当している。私はレジ担当でみんなからは「看板娘」と呼ばれている。自分のビジュアルを心得ている私からすれば、なんとなく気恥ずかしい呼び名だけど悪い気はしない。

女だけのアットホームな職場で、私はこの雰囲気が好きだった。


そんな店内の様子が、この日は少し違っていた。

おばちゃん達が何やらザワついていたのである。

「来た! マリアちゃん!」

出勤するなり、二人のおばちゃんが一斉に私に駆け寄ってきた。

ただならぬ様子に若干の恐怖を感じつつも、とりあえず平静を装う私。

「お、おはようございます……何か、あったんですか?」

髪を紫に染めた斉藤さんが、かけているメガネが曇るんじゃなかろうかと言うぐらい荒い息で話し出す。

「待ってたわ~! 聞きたいことがあるのよ!」

「聞きたいこと?」

「あのね、そのね、こう、スラーっとしてて、かわいくて、何て言うの? ホラ、今風のシャシャーって髪型してて! とにかく! とにかく可愛いのよ!」

身振り手振りを交えて必死に何かを伝えようとする斉藤さん。

でも、肝心の言葉がこんな感じなので全く伝わってきません。


…………私は助けを請うように、隣にいたふくよかタイプの新木さんの顔を見る。

察した新木さんがのんびりとした冷静な口調で通訳を始める。

「昼間ね、斉藤さん好みのイケメン君がお客さんで来たんだって。で、その制服がマリアちゃんの学校と同じだったから、何か知ってるかなぁって」

「あ、なるほど~」

と、ようやく理解した私に斉藤さん、

「だからさっきからそう言ってるじゃない!」

と、ご立腹。

いや、言ってませんから……。


いわゆるジャ○ーズ系をはじめ、若いイケメンに目がない斉藤さん。普段は温厚で物腰の柔らかい優しいおばちゃんなんだけど、会話の内容がイケメンに及ぶと我を忘れて別人のように熱く語りだす。多重人格なんじゃないかと疑ってしまうぐらいの変貌ぶりは時折店内を恐怖に包み込む。

それゆえ、イケメンを見る目には厳しく、斉藤さんがココまで取り乱していると言うことは、そのお客さんはかなりハイレベルなビジュアルだったに違いない。

ただ、はっきり言わせてもらうと、心の底から


「どうでもいいわ!」


と叫びたくて仕方なかった。


ま、あえて口には出しませんけど。

それにしても……うちの学校にそれ程までクオリティの高い男子がいただろうか?

そんな少女漫画に出てくる学校のヒーロー的な存在を私は存じ上げないし、まぁ、そもそもそういう類の話題に全く興味を持たない私ならともかく、夢見がちな周囲の女子たちが黙っていないだろう。



う~ん……って言うか、何で斉藤さん、ウチの「男子の制服」知ってたんだろう?

そっちの方が疑問だし、はるかに怖いよ。



アパートに帰ると、我が家の二件隣り、誰も住んでいないはずの部屋に明かりが付いているのが見えた。

あれ? 誰か引っ越してきたのかな?

このアパートは大家さんが半分趣味で経営しているので、私たち家族以外は入居していない。

これからも、そうだと思っていたんだけど……。

軋む階段を昇ると、例の部屋の前に大家のおじさんが立っていた。

「こんばんは……?」

私の声に気づいた大家さんは、振り返ると笑顔で挨拶を返してきた。

「お、マリアちゃん。おかえり」

「あの、この部屋……?」

私が質問を投げたけた瞬間、部屋の奥から聞き覚えのある声とともに見覚えのある顔が現れた。

「お、マリア! 帰ったか!」

それは、頭にタオルを巻きつけた作業着姿の父であった。

「ちょっ! 何してんの!」

「バイトだよ。バイト」

「はぁ! 意味分かんないんだけど!」

「悪いね、マリアちゃん。お父さんを借りちゃって」

大家さんが本当に申し訳なさそうな顔つきで私に頭を下げた。

いや、こんな父親でもお役に立てるなら、いくらコキ使っていただいて構わないのだけど、、問題はこの部屋で何をしてるのかという事だ。

「実はね……今度、この部屋に新しい人が越してくるんだ」

「え、でも……大家さん、もう新しい入居者は取らないって?」

「そのつもりだったんだけどねぇ……どうしてもって頭下げられちゃって」

何やらわけありなご様子ですねぇ……大丈夫なのかな?

「それにしても、今時こんな所に引っ越してくるなんて、モノ好きな奴もいたもんだよなぁ?」

「デリカシー」というスペックを持ち合わせていない父親が、己の立場もわきまえずサラリと失礼なことを抜かしてバカ笑いする。

「ばか! 大家さんいるんだよ!」

距離が近ければ蹴り飛ばしてたところだ。

幸い、大家さんが心の広い人だったので、その笑顔が崩れることはなかった。

「まぁ、ボロいのは仕方ないとして……」

あれ、やっぱちょっと怒ってない?

「新しい住人を迎えるんだからね、せめて掃除ぐらいはしっかりしておかないと……そう思ったのはいいけど、いかんせん私もこのアパート同様ガタガタでね」

うん、やっぱ怒ってるな。

「そこで、お父さんに片付けを手伝ってもらってたんだよ」

「あ、そういう事ですか」

「何でも、今日お仕事お休みだって言うからさ」

……ん? 今朝お弁当持って仕事に行ったよね?

私は父の顔を見る。

スッと視線を逸らす越前隆史(四十三歳)。

「偶然パチンコ屋でお会いしてね。いや、本当にタイミングが良かった」

「大家さん! 大家さん、もうその辺で」

流石に焦りを見せ始めた父。私は無言でその襟首を掴む、。

観念し、大人しくなった父を連れ、私は母への報告のため玄関へ向かった。


その後、我が家で何があったのか。それはみなさんのご想像にお任せすることにしよう。



今思えば、なぜこの時に気付けなかったんだろう?

まさかこの先、あんなにもベタな展開に巻き込まれるなんて……この時の私は微塵も考えてはいなかった。





週末。

日曜日。

我が家の二件隣り。

例の部屋に新しい入居者がやってきた。


その日、普段から表情の乏しい私の顔が、更に感情を失っていた。

引越しの挨拶に来たその隣人。

真面目で優しそうな笑みを浮かべた爽やかなオジサマの隣に、呆然と目を見開いて立ち尽くしているチャラい男。

私は、この顔に見覚えがあった。



『これが越前マリヤ、そして三橋ユウトの、運命の再会であった』


って、こら! なに勝手なナレーション入れてんだ!

大体、なんでコイツが急に引越して来たりする訳!


『……運命の、再会であった』


繰り返すな!

どうなってんの、コレ!


「本日から越してきました、玉木と申します。しばらくの間、よろしくお願いいたします」


ん? 玉木?

三橋じゃないの?

って事は……な~んだ、他人の空似?

あたしってば慌てんぼさん♪


「こちらは、息子のユウトです。ほら、挨拶は?」

しばし固まっていたユウトと呼ばれた息子さんは、お父さんに促されるとハッと我に返り、軽く会釈をした。

「よろしく、お願いします」


…………………あれ、今ユウトって言ったぞ。

おっかしいなぁ。空似じゃないの?

直後、そんな私のわずかな希望が微塵に打ち砕かれた。

「……久しぶり」

わずかに視線を逸らしながら、「彼」は私にそう言った。

「え? ……あの、えっと?」

突きつけられた現実を未だ受け入れられず、私はせめてもの抵抗のつもりで惚けてみせた。

「おい、忘れたのかよ?」

「彼」は若干イラついたような口調で私を問いただす。

「……あの、もしかして、その……あの時の?」

「何だよ、それ! お前が『忘れない』って言ったんじゃねぇか!」

その言葉に反応して、両親が私の顔を見た。

「ま、マリアちゃん!」

「おい、お前どういう関係だ!」

ほら、誤解されてる。

うん、確かに言いました。

でもニュアンス的には「負の感情」だから。お二人が期待してるような間柄じゃないから。

大体、アンタ三橋じゃないの?

「いや、だって……苗字、違うから」

「あぁ……うち、離婚したから」

「えっ!」

重い事をサラリと言っちゃったので一同驚き。

「お、おいユウト……!」

一番焦ったのはオジサマだった。ま、無理もないよね。

「いいだろ、どうせいつかバレるんだし」

ドライ……と言うより、諦めが付いてるみたいだった。

それなりに、コイツにも背負ってるものがあるんだな……。


そして、この一連の会話により、この「彼」が私が嫌悪してやまない「三橋ユウト」と同一人物であるという事実確認が取れた。

消えかけていた筈の怒りのボルテージが上昇し、遂に爆発した。


「冗談じゃない!」

いきなり怒りを顕にして大声を張り上げた私に誰もがキョトンとした。

「どした? マリヤどした?」

娘の豹変に狼狽する越前隆史(四十三歳)。

だが私は止まらない。

「何でアンタと同じアパートに住まなきゃいけない訳? どうなってんのよ、コレ?」

「しょうがねぇだろ! 偶然なんだから……大体、俺がどこに住もうと俺の勝手だろ!」

ご尤もだ。

でも、私は引き下がらない。

「だからって……なんでわざわざこんなボロアパートに!」

「安いからに決まってるんだろ! じゃなきゃ何で俺がこんなボロい所に……」

「あのぅ……」

二人の言い争いに割って入る声。

その場にいた全員の顔からサーっと血の気が引く音がした。

「取り込んでるところ悪いねぇ……玉木さんに設備の説明をしようと思って来たんだけど」

玄関には、笑顔の大家さんが立っていた。

あ、コレ聞かれたな、さっきの。

「あ、じゃあ我々はこれで! ほらユウト、行くぞ」

玉木さんとユウトはひきつった笑顔のまま大家さんの元へ急いだ。

「いや、色々と注意事項も多くてねぇ。何しろ老朽化がひどいから」

表から聞こえてきた大家さんの声は穏やかだった。

うん、あれきっと怒ってるね♪



「それよりマリア、あいつとどういう関係だよ?」

父が、興味深々と言った分かりやすい表情で寄ってきた。

「別に。同じ学校ってだけだよ」

「な訳ねーだろ? 『忘れない』って何だよ? 意味深じゃねぇか」

「アイツにトラウマを植え付けるために用いただけ。それ以上でもそれ以下でもないよ」

「トラウマって……穏やかじゃねえな」

「でも、良さそうな子じゃない? お母さん、ああ言う子嫌いじゃないわよ」

母親まで参加してきた。

「だからそんなんじゃないってば……私は、恋なんて興味ないんだから」

「またそんな事言って……」

ため息をつく母親に多少の罪悪感を感じながらも、私はそれ以上何も言わなかった。

二人も何も聞いてこなかった。


私が小学生の頃、酷いフラレ方をしたのを両親は知らない。

あの日、私は泣いた。

教室で涙が枯れるまで泣き尽くした。

やがて……悲しみよりも怒りの感情が満ち溢れ、私は一つの決意をした。


もう、二度と恋なんかしない、と。


ただ、その話は両親にはしなかった。してはいけないと、子供ながらに分かっていたから。

自分の娘が、残酷な仕打ちを受けて失恋したと知ったら、どんなに哀しいだろう。

だから……

私が我慢すればいい。

私が堪えればいい。

辛い思い出を心に仕舞い込み、新しい目標を持って生きればいい。

それで、みんなが幸せになれる。


でも……本当にそうなの?


自分自身が傷つきたくないだけじゃないの?

だから、色々な理由をつけて逃げ回ってるだけなんじゃないの?


かもしれない。

それでも……私はそれでいいと思っている。




翌朝、私は一人学校への道を歩いていた。

いつもと同じ、いつもの道。

でも、何故か感じる妙な違和感。

私は、たまらず足を止めた。

そしてゆっくりと振り返ると、そこに「違和感の正体」がいた。

私を目が合い、思わず立ち止まる三橋……もとい玉木ユウト。

「……な、何だよ!」

私は、そんなユウトに睨みを効かせる。

「ちょっと、何でついてくるの?」

「いや、行き先一緒だし!」

「アンタ、時間通りに登校なんてするの?」

「俺のイメージどんだけ悪いの! 言っとくけど、無遅刻・無欠席の皆勤賞だよ!」

「何でそんなマジメな訳!」

「ダメなの! 俺が真面目じゃダメなの!」

我ながら理不尽な事を言ったかな、とちょっと反省しつつ、謝るのも癪なのでそのまま歩き続ける。

でも、ユウトの方は納得できなかったらしく、足早に私を追いかけてきた。

「おい、スルーすんなよ!」

「別にスルーしたわけじゃないよ。これ以上特に話すこともないと思ったから」

「いや、おかしいだろ! お前が話しかけてきたんだろ」

「お前とか言わないでくれる? アンタ何様なの?」

「じゃ、言わせてもらいますけど、そのアンタってのやめてくれる? 俺の名前知ってるだろ?」

「あ、そうだったね。ごめんなさい、三橋くん」

「やめろよ、それ! 地味に傷つくんだよ!」

「アラごめんなさい。そんな繊細だとは思わなかったから」

「お前な!」

「お前って言うな!」

「じゃ……マリア!」

「それはもっと言うな! 二度と言うな!」

「じゃ、何て呼べばいいんだよ! おい!」

そんな平行線の会話を繰り返しながら、いつしか私は不覚にもユウトと一緒に登校してしまっていた。

何だ、この安っぽいラブコメみたいな展開は!

これと言うのもこの男のせいで……

ムカつく!

何かムカつくぞ!


そんなやり場のない怒りにストレスMAXの私の元に、まるで面白いおもちゃを見つけたかのような悪い笑顔でマキが寄ってきた。

「見たよ~、マリア。三橋とラブラブ登校の一部始終!」

案の定イジってきた。しかも最悪なことにマキに見られてたとは……。

「何だよ、やる事ちゃんとやってんじゃん。で、いつから付き合ってんの?」

「付き合ってません!」

「いや、あれだけ人前でいちゃついておいてトボける訳?」

「トボけてません。事実を述べているだけです」

「意味わかんないんだけど……」

「あれは、たまたま家が同じ方角だから……」

「あれー? 三橋くんの家って確か逆方向だよねー? だよねだよねー?」

アカネが割り込んできて余計ややこしくなった。

「だから、その……色々あって、ウチのアパートに引っ越してきたの!」

その一言がまずかった。

「あんた同棲してんの!」

マキの声が教室に響き、途端にザワつく室内!

「違っ! そういう意味じゃなくて!」

「マジでマジでーっ!」

予想外に食いついてくるアカネ!

「だから、なんて言えばいいのか……」

だって、アイツの親が離婚したからとか……言える訳ないし。

でも、このままじゃ変な誤解されたままになっちゃうよ~。

私は頭を抱えた。

そんな私をあざ笑うかのように声が聞こえた。

「おい、マリア」

顔を上げると、なに食わぬ顔で教室の入口に突っ立っているユウトの姿があった。

またもザワつく教室。

「おい、ちょっといいか?」

ふ・ざ・け・ん・なぁ~っ!

私は怒りを顕にしてユウトのもとに駆け寄った。

「だから、名前で呼ぶなって言ったでしょ!」

「いいじゃん、別に。だって、お前マリアなんだし」

「お前って言うな!」

「結構めんどくさいな……」

「余計なお世話です! 大体、何の用なの!」

「あ、数学の教科書貸してくれない?」

「はぁ!」

「忘れちゃって」

「なんで私が……!」

「いいじゃん、ご近所のよしみで」

「それが今物議を醸してるのよ!」

「どゆこと?」

「だから!」

ふと我に返ると、クラス中の視線が私とユウトに向けられていることに気づいた。

ちょっと、マジで勘弁して~……

出来れば、このまま消えてしまいたい。それぐらい恥ずかしい。

「ね? どしたの?」

雰囲気を察しない無神経なユウトが質問を続ける。

身内にもいたな、こう言う人種……。

私は足早に机に戻ると、ご所望の数学の教科書を取り出してユウトに手渡した。

「いいの?」

「無きゃ困るんでしょ!」

すると、ユウトはニコリと微笑み、

「サンキュ」

と言って自分の教室へと帰っていった。

不意に見せたユウトのその笑顔に……動揺している自分に気が付く。

何だ、コレ……?

そしてまた、悪い笑みを浮かべたマキとアカネ(お前もか!)が近寄ってきた。

「教科書貸してくれなんて……口実だよね?」

「だよね、だよねー」

「はぁ!」

再び我に返る私。

「何だかんだと理由をつけて会おうとするんだよねぇ。付き合い始めた頃のカップルあるあるだよ」

「だから付き合ってなんか……!」

「いいかいいから。みなまで言うな。私たち、そっと見守っていてあげるから」

勝手に達観したマキが、まるで私を説き伏せるように上から言ってきた。

ムカついたけど、これ以上弁解しても受け入れてもらえそうもない。めんどくさいので否定するのをやめた。いつか誤解も解けるだろうし……。



授業が終わり、教科書を返しに来て以降、ユウトが私の前に現れることはなかった。

あいつ、本当に真面目に授業受けてるのかな……?

見た目で偏見を持つのはよろしくないと思ってはいるけど、あの男はイマイチ信用ができない。最初の出会いからして最悪だったから余計にそう思うのかもしれない。

こうやって、いつしかユウトの事を考えてしまっている自分に気付く度、例えようのない嫌悪感に苛まれた。

そして、私は改めて自分自身に言い聞かせる。


「もう、恋なんかしない」


と言うか……アイツに対して何故か恋心が芽生えない。

それなりにイケメンだし、医者の息子だし、性格もそこまで悪いとは思えない。


でも……何故か恋愛対象として受け入れられない。

興味がない? いや、それはちょっと言い過ぎか?

でも、実際心が惹かれないのだから仕方ない。

だから、アイツと今後どれだけ長い期間近所に住んでいようと、一緒に登校しようと、会話を交わそうと、これ以上二人の距離が進展することはない。

断言できる。


その答えにたどり着いた時、まるで憑き物が取れたかのように清々しい気持ちになれた。

そうだ。何を意識する必要がある? 言ってみればアイツは道端に転がっている小石だ。気にする要素なんかどこにもないじゃないか。


こうして、長らく私を悩ませていた「ユウト問題」は無事解決した。

これで明日から平穏な学園生活を送ることができそうだ。


「ねぇ、マリア」

マキの呼ぶ声に、私は笑顔で振り向いた。

「どう? 帰りにスイーツ三昧なんて」

マキが、手にしたスイーツフェアのチラシを見せながら近寄ってきた。

「え、今日? 今日はゴメン」

「何だよ、付き合い悪いぞ~……あ、そうか、彼氏とデートだ!」

またも悪い笑顔で冷やかしてきやがった。

「バイトです!」

「あ、そう」

「それに、はっきり言っておくけど……私とアイツは単なるご近所さんだから。それ以上でもそれ以下でもない、よろしくて?」

「ふーん……ま、そういう事にしておいてあげよう」

相変わらず上からなのがムカツクが、まぁいい。

今の私には、そんなくだらない色恋沙汰よりも、我が家の家計の一端を担うバイトの方が何倍も重要なのだ。遅刻や早退は絶対に許されない。なぜなら、時給から引かれてしまうから……。



弁当屋さんでレジを担当していた私は、接客業の命「笑顔」を忘れ……いや、正確には「感情」の全てを失ったかのような表情で立ち尽くしていた。

「お前、目が死んでるよ。その顔で良く接客業が務まるな?」

私の前には、夕飯の弁当を買いに来た玉木ユウトの姿があった。

私は口元の筋肉だけをかろうじて動かし、

「ご注文は?」

「何だよソレ! せめてもう少し感情を表に出すよう努力しろよ!」

それは無理な相談だ。何が悲しくて道端の小石に愛想笑いを振りまかなきゃならない?

人語で接してやってるだけありがたいと思いなさいよ。

「いらっしゃいませーっ!」

裏返りそうな金切り声を上げながら、奥の厨房から斉藤さんが飛び出してきた!

「今日は何にする? 唐揚げ? カツ丼? それとも、ア・タ・シ?」

あぁ……思った通りだ。

先日、斉藤さんが狂喜したイケメン。大体予想していたけど、案の定コイツの事だったか。

でも、ここまで騒ぐほどのイケメンかな?

私の美的感覚がおかしいのか?

その騒ぎを聞きつけてか、奥から店長も顔興味津々といった様子で現れた。

「お、この子? 例のイケメンって?」

「え? イケメン? 俺が?」

予想打にしなかった己への評価の高さに困惑した顔つきで私を凝視するユウト。

「私が言ったんじゃないよ!」

店長が私たちのやり取りを見ながらニヤニヤと顔を覗き込んできた。

「何、アンタ達付き合ってんの?」

「付き合ってません!」

ったく、どいつもこいつも!

思わずため息をついた瞬間、後ろから聞こえた

「だめ! 早まっちゃダメよ、斉藤さん!」

と叫ぶ新木さんの必死な声。

振り返ると、錯乱した斉藤さんが包丁を手に振りかざしているのを必死で止めている新木さんの姿が目に入ってきた。

ったく、どいつもこいつも……。

私は、再び深いため息をついて自分の意識を仕事モードに切り替えた。

「それで、ご注文は?」

「え、この状態で普通に業務に戻るの⁉」

困惑してるユウトをスルーして私は仕事を続ける。

今尚、背後では斉藤さんと新木さんの攻防が繰り広げられていたが、体系的に新木さんが圧倒的有利なので間もなく勝負はつくだろう。

そんな私と対照的に、、時折その様子を恐る恐る見ながらユウトもようやくメニューに目を向ける。

「えーっと……シャケ弁と、からあげ弁当。あと、味噌汁も二つ」

「以上でよろしいですか?」

「はい、よろしいです」

私は、伝票に書き込むと奥の厨房にそれを渡す。

スタミナを切らした斉藤さんは屈服しその場に座り込んでいた。

その斉藤さんから奪い取った包丁を手に、汗だくになった新木さんが伝票を受け取る。

「ほら、斉藤さん。注文だよ!」

「りょ、了解です」

ヨロヨロと立ち上がり、斉藤さんが手を洗い始めた。

よし、解決した。

それはさておき……、

「アンタ、毎晩お弁当なの?」

「しょうがねぇだろ、俺もオヤジも料理なんか作ったことねぇんだから」

「だからって、こんなモノばっか食べてたら栄養偏っちゃうよ!」

「あらら、ひょっとしてこのお店、ディスられてる?」

店長が渋い顔でつぶやいた。

「あ、いや別にそういう意味じゃ!」

「そんなに彼の事が心配なら、マリアちゃんがお弁当作ってあげたら?」

満面の笑顔で仕返しをしてくる店長。大人げない。

「なんで私が!」

こういうネタでからかわれる事に慣れてない私は、顔を紅潮させながら奥の厨房へと逃げるように消え去った。

顔が赤くなったのは、怒りだったのか、それとも……?

とにかく、私はアイツの前にいるのが耐えられなかった。

何より、そんな私の様子を見て大笑いしてる店長がとてつもなくムカついた。

私は、からあげを調理し終えた新木さんの元へ行くと、そのからあげを容器に詰め始めた。

「ちょっとマリアちゃん? からあげ、多すぎない?」

新木さんの指摘にハッと我に返ると、私は無意識でからあげを規定のメモリを遥かに上回るほど詰め込んでいた。

私は、思わず平静を装いながら、

「そ、そうですか? こんなモンですよ」

と、無理矢理フタを閉め、輪ゴムで強引に締め上げる。

「ったく、しょうがないねぇ……」

そうつぶやいた斉藤さんは、ソっと白米を大盛り並に容器に盛り付けていた。


ユウトは、弁当を受け取ると支払いを済ませて店を後にした。

アイツを見送った店長が厨房に入ってくる。

「かなり、サービスしてあげたみたいね? ずっしりと重かったわよ」

私と斉藤さんは同時に店長と視線をずらした。

「そ、そうですか?」

「計りが壊れてたんじゃない?」

「かもしれませんねぇ?」

わざとらしくトボける二人。

それをジッと見ていた店長がクスッと笑って口を開く。

「ま、いいでしょ。若い二人の愛に免じて、今回は大目に見ましょう」

と、ここで話を終わらせておけば良かったのに、どうも私は自分に嘘の付けない損な性格

のようだ。

「だから違います! 敢えて言うなら……同情です!」

収まりかけていた話を自らの手でほじくり返してしまった。

「照れなくてもいいじゃない」

「照れてる訳じゃなくて、私とアイツは、そもそもそういう関係じゃないし、そういう関係になる予定もないし!」

店長の表情が次第につまらなそうに変化してゆく。

私は、それに気づかずアイツとの関係を必死で否定する。

「ただ、家庭内でいろいろあって、落ち込んでる部分もあるだろうし、ご近所のよしみで、せめて満腹感ぐらいは味あわせてあげたいという、親心のような……いや、親っていうか、姉というか、あくまで同情の範疇を超えることのない感情しか持ち合わせていないわけで……」

「ふ~ん……じゃ、あくまでもあのコとの間に恋愛感情は無いって言いきるのね?」

言い切るも何も、事実なんだからしょうがない。

店長は、より一層つまらなそうな顔をして、

「アラそう? じゃ話は別ね。さっきのサービス分、お給料から引いておくから」

と言う、信じられない一言を言い放った。

「えっ……!」

マジ! ちょっと待って!

軽く「時給分」ぐらいはサービスしちゃったよ!

一時間タダ働きとかありえないんですけど!

私の心にユウトに対する怒りの炎が燃え上がる。

元はと言えば自分の蒔いた種なのだけど、今はもうそんな事はどうでもよかった。

貴重な一時間分の労働の成果を奪われたこの恨み、どうやって晴らしてくれようか!

この時、私は気づいていなかった。

私の気の迷いに加担したがために、同じようにサービス分の白米の料金を給料より差し引かれることになった斉藤さんのショックに。



次の日の朝、私は一人学校への道を急いでいた。

周囲に広まっている悪い噂を一蹴するためだ。

でも、そう上手くことは運ばなかった。

「おーい!」

の声と共に、アイツは私を追いかけてきた。あろうことか、私の移動手段である「早歩き」より数段速い「駆け足」を用い、アイツはあっという間に私に追いついてしまった。

「何で追いかけてくるの!」

私は、昨日の弁当屋での一件と、追いつかれてしまった悔しさに怒りを顕にした。

「何怒ってんだよ? てか、昨日の弁当なに? 多すぎじゃね? お前さ、ハカリとか読めない人?」

はぁっ!

コイツ……感謝どころか、人のこと小馬鹿にしてきやがった!

「俺、食べ物残すのとかダメな人でさ。無理して食ったんだけど、朝起きたら胸焼けスゴいのよ! ありえなくね、あのバカみたいな量! 普通気づくだろ?」

思わぬリアクションと暴言の数々に私は呆然と佇んだ。

伝わってない……時給一時間分を無駄にしてまで、良かれと思って施したサービスがこの男には微塵も伝わってない。

ありえない!

「ま、それはどうでもいいんだけどさ」

あっけらかんと言い放ったユウトに、遂に私の怒りが爆発した。

「どうでもいいって何だ! アンタねぇ!」

突然の爆発に、思わず目を見開いて固まるユウト。

「ど、どした?」

どうやら、何も理解できていないようだ。

私が一体どんな気持ちであのからあげ弁当を大盛りにしあげたのか。

コイツは全くわかってない……!


………………え?

どんな気持ちで?

私、一体どんな気持ちだったんだろう?

確かに、コイツに対する同情の気持ちはあった。でも、本当にそれだけ?

優しくして、気を引きたいとか思った?

まさか! そんなのありえない。絶対にない!

私は、何故か急にユウトの顔を見られなくなった。

怪訝そうに、ユウトが私の顔を覗き込む。

「おい、どうした?」

「何でもない……」

「何怒ってんだよ?」

「怒ってない!」

私は、そう言い捨てると、まるで逃げるようにその場を走り去った。


私、何をやってるんだ?

いつもいつも、逃げてばかりじゃない……。

ホント……何をやってるんだろう?



そんな事があったからだろう。

その日は朝から授業に身が入らなかった。覚えているはずの公式も文法もアチコチに散らばって、簡単な問題の答えも、全く導くことができずに半日を過ごした。

集中力の欠如。こんな事じゃ、アメリカへの留学なんて夢のまた夢だよ……。

私は意を決し、自身の心を惑わせている「一番の問題」と向き合う決心をした。

未だに正解の分からない、、あの問題と……。


「おい!」

屋上へ続く階段で、ユウトは一人購買で買ったメロンパンを頬張っていた。

私は、コイツのクラスメイトを捕まえて昼休みの居場所を聞き出し、ここに来た。

ユウトは、キョトンとしながらも、右手に持っていたコーヒー牛乳を一口飲んで、口の中のパンを一緒に飲み込んだ。

「……何?」

そう問われても、私はなんと答えればいいか分からなかった。

とりあえず、コイツと話をして、朝のモヤモヤを払拭したかったのだ。

私は、脳細胞をフル回転させて言葉を絞り出す。

「……昼は、いつもパンなの?」

「え? ああ、大体は」

「栄養偏り過ぎ……」

「またソレか……」

ユウトは、気にする様子もなく再びコーヒー牛乳を飲む。

「……てか、メロンパンとか……女子かよ」

「しょうがねぇだろ、胸焼けで……コレ食うのも結構辛いんだぞ」

あ、本当に胸焼けしてたんだ……。

沈黙が続く。

「……ごめん」

私は、思わず謝った。

頼まれもしないのに、恩着せがましくからあげを大盛りにしたばっかりに、逆にコイツの健康を害してしまった。これは素直に謝罪すべきだと本能的に脳が働いたようだ。

「なんで謝るの?」

「だって……一応、私のからあげが原因みたいだから……」

「へぇ? 人並みに反省するんだね?」

「私のイメージ、どうなってるの?」

「本当に反省してる?」

「それなりに、ね」

「じゃさ、明日俺に、弁当作ってきてよ」

「はぁ! 何で私が!」

「久しぶりにさ、栄養バランスが整った食事ってのを食ってみたくなった。これでも医者の息子だからね。そろそろ健康には気を使ったほうがいいと思って」

「でも……!」

「いいじゃん、いつも自分の弁当作ってるんでしょ? 一人分も二人分も同じでしょ?」

「そういうのは、作る側が言うセリフでしょ!」

「固いこと言うなって。それじゃ明日、楽しみにしてるから」

そう言うとユウトは、残りのメロンパンを口に頬張り、笑顔で手を振りながらその場を去っていった。

残された私は、何となく弱みにつけ込まれてうまく利用されたような気がして再び怒りがこみ上げてきた。

こっちが授業に影響を及ぼすぐらい動揺しているというのに、知ってか知らずか常に飄々としているあの態度が、私はどうしても好きになれない。

やはり、私はあいつが嫌いだ。



放課後、私は進路指導室にいた。

別に、職員室だろうが教室だろうが、こちらは問題無いんだけど、学校側の決まりというか体裁というか、とにかく進路関係の話はこの部屋でなくてはならないらしい。

目の前に座ったのは、毎日見慣れた担任の女教師だった。

「じゃ、これ。頼まれてた資料ね」

「はい、ありがとうございます」

私は、封筒を受け取るなり、お礼の言葉もそこそこに中の書類を取り出す。

私の夢。アメリカへの留学。

様々な国の人種が(おそらくアメリカであろうと思われる)草原で肩を組み、飛び切りの笑顔で写真に写っているパンフレットを始め、ホームステイや奨学金制度など、これから必要になるであろう情報を記した分厚い書類の束だ。

少しだけ、夢に向かっての前進。少しだけ、ワクワクしていた。

「それで? ご両親には相談したの?」

若干ふくよかな担任は、初夏だというのに既に暑さに耐えられないらしく、ハンカチを取り出して流れるような汗を吹きながら私に尋ねた。

「いえ、まだ……」

「こう言うのは早い方がいいわよ。国内ならともかく、海外留学なんだから」

「はい……今度ゆっくり、話そうと思っています」

「一応、必要だと思うものは揃えておいたけど、わからないことがあったらまた聞いてね」

「はい、ありがとうございます」

担任は、人の良さそうな満面の笑顔を浮かべて、また汗を拭いた。

「応援してるからね、越前さん!」


私は迷っていた。

いや、留学はほぼ……と言うか百パーセント自分の中では確定なんだけど、問題はこの話をどうやって両親に伝えればいいのか? 私はそれを悩んでいた。


私は、未だかつて親に「自分の夢」を語ったことがない。

母とは、貧乏ながらも大学へ進学した方が良いのではないかと、何かの会話のついでに軽く話した記憶がある。

もちろん、本心としては高校卒業後に就職して欲しいと願っているに違いない。少しでも家庭にお金を入れることが出来れば、それだけ我が家の経済状況も緩和されるのだから。

父は、私の進路そのものに果たして興味があるのだろうか?

あの人を見ていると、今と言う時間がまるで永遠に続いていくとでも思っているんじゃないかとさえ思えてくる。今、この時が楽しければそれでいい。そういう生き方を否定はしないけど、時間は絶えず流れている。世の中は変わってゆく。人だって年を取る。いつまでも、同じままじゃいられない。だから、自分の力で道を切り開く必要がある。貧乏な今の暮らしもそれなりに楽しいけど、私はやっぱり成功したい! 日々の食費に頭を悩ませるような暮らしとはオサラバしたい。

その為には……慣れ親しんだ今の暮らしを、心地良いこの部屋での暮らしを、私は捨てるのだと、自分の口から両親に伝える必要がある。それが、今まで育ててもらった娘の礼儀というものだろう。





とは言え……今日すぐに言う必要もないよね。

折を見て、また今度ってことで。


こうして私は、タイムセールの始まる駅前のスーパー「松本屋」へと急いだ。

あ、そうだ……アイツの弁当のおかず、何にしよう?



昼休み。

私は昨日と同じ、屋上へと続く階段にやってきた。

そこには、やはり昨日と同じく、ユウトが座っていた。

ただ違うのは、その手には彼の昼ご飯らしきモノは見当たらなかった。

私は、コホンと軽く咳払いすると、バッグの中から少し大きめの弁当箱を取り出した。

「はい、お弁当」

ユウトは、少し驚いたような顔でこちらを見ていたが、やがてニコリと微笑んで立ち上がった。

「何、マジで作ってくれたんだ?」

「ちょっと何それ? まさか冗談で言ったの!」

「違う違う! 俺はいつだって本気だよ」

「あ、そういうのいいから」

ちょっとウザかったので、スルーする。

「食べ終わったら、ちゃんと洗って返すこと。わかった?」

「了解っす!」

「それじゃ」

用件を終えて立ち去ろうとした私をユウトが呼び止めた。

「え、ちょっと待てよ! 一緒に食おうよ」

「何で?」

私は、本気で訳がわからなかったので、渾身の力でユウトを睨みつけた。

「何でって……俺、ここで一人でメシ食うの?」

「いつもそうしてんでしょ?」

「いや、せっかく手作りの弁当なのにさ、一人じゃ味気ないじゃない」

「友達呼びなよ」

「だから、そうじゃなくて!」

ユウトが心なしかイラついてきているように思えた。

何なの、コイツ?

「いいから、座って! ここ座って!」

私はしばらく迷ったけど、めんどくさいので渋々ユウトの横に座った。

ユウトは、彼なりにしばらく我慢している様子だったが遂に限界を迎え、

「座るだけじゃなくて! 今までの会話覚えてるよね? 座ったら、弁当出す。そして一緒に食う! どぅゆぅあんだすたん?」

「分かったよ……」

私は、またも渋々とバッグから自分の弁当箱を取り出す。

「何でそんなイヤイヤなの?」

「だって意味わからないもん。そもそも、何でアンタに弁当作らなきゃならない訳? で、何でそれを一緒に食べなきゃいけない訳?」

「お前ね、深く考えすぎなんだよ。友達と一緒に弁当食うのに理由が必要か?」

「アンタ、友達じゃないし」

「じゃ、何?」

「えっ!」

不覚にも、ドキッとした。

「それは、その……」

思わず俯き、ドギマギしてしまう。

そんな私を横目にも見ずに、ユウトは鼻歌交じりに弁当の包を広げてやがった。

「ちょっと、放置しないでよ!」

「え、何? 早くしないと昼休み終わっちゃうよ」

ムカつく!

お前……! 自分の言動に申し越し責任持てよ!

私は、怒りのあまり拳を握り締めずにはいられなかった。

「さ、おかずは何かな~」

子供のようにワクワクと期待に胸をふくらませ、弁当のふたを開けるユウト。

瞬間、さっきまでキラキラと輝いていた彼の瞳は一転、感情を失いドス黒く濁っていた。

「どしたの? 早く食べなよ」

少しの沈黙のあと、ユウトがようやく口を開いた。

「マリアさん、これは……?」

「何か入ってた?」

髪の毛?

それともムシ?

「いや、その……入ってたというか、入ってないというか……」

「だから何なの!」

私も流石にイラついて、思わず声を荒らげた。

「いや、おかずゾーンにですね、野菜炒……いや、もやし炒め以外のアイテムが見当たらないんですが……? これは一体?」

「は?」

私は、コイツが何を言ってるのか本気で理解できなかった。

弁当箱の中には、先日スーパーで購入したお徳用白米を炊き上げ、スペースの許す限り詰め込み、そんなご飯と相性バッチリな我が家の定番アイテムもやし炒めを、これまたたっぷりと詰め込んである。何が不服だというのだこの男は?

「いやいやいや……俺この前言ったじゃん。栄養バランスの整った食事をしたいって。覚えてるよね?」

「だからもやし炒め……」

私の言葉を遮るようにユウトの声が続く。

「栄養無いよね! 、食物繊維は豊富かもしれないけど、栄養は無いよね?」

「え、何それ? アンタ、人に弁当頼んでおいて文句言うとかおかしくない?」

「いや、感謝してるよ! 感謝してるけど、コレジャナイ感ハンパ無いんだよ。察してくれよ!

てか、横にして持ってきただろ? 汁が漏れてる! 絶対弁当向けじゃないよね、このもやし炒め!」

私は、慌てて自分のバッグの中を確認する。

「あ、ビっチョビチョ!」

じゃなくて、

「もういい! そんな言うなら食べてもらわなくて結構!」

「いや……」

突然、ユウトが冷静な口調に戻った。

「食べるよ。せっかく……お前が作ってくれたんだから」

「え、えっ!」

ドキドキッ!

またも不覚!

私は、赤面したのを悟られぬよう、思わずユウトから顔を背けた。

「いっただきまーす!」

またも何事もなかったかのように普通に弁当を食べ始めるユウト。

天然か!

コイツ天然なのか!

「あ、うめー! このもやしうめー!」

え、そう? まぁ、褒められたら、悪い気はしないけどね。

「でさー?」

「ん?」

「さっきから、何で時々顔を赤くして照れてるの?」

気づいてんのかーーーーーーーーーい!

「俺のこと、好きになっちゃった?」

「だ、誰が!」

ムカつく!

私になんか興味もないくせに、意味深な態度で弄びやがって……!

奴の弁当に何かしらの「薬」を盛らなかったことを、私は心の底から後悔していた。

「アンタ、そう言うのやめたほうがいいよ」

「え?」

「私は、バカじゃないから引っかからないけど……その気もない相手に、気のある素振り見せるのやめたほうがいい。本気になられたら、どうするつもり?」

私の言葉に、ユウトは眉をしかめて何かを考え込んでいた。

そして、

「俺、結構一途なんだけどね」

「だから、そういうのはホントに好きな相手だけにしとけって言ってるの」

「うーん……何か、噛み合わないね、俺たち」

「は?」

「お前さ……ひょっとして俺のこと嫌い?」

「え?……」

「どうなの?」

「……誤解の無いように言っておくね」

「うん」

「……嫌いじゃない。ただ、興味もない」

「え……それ、マジでショックなんだけど。まだ大嫌いって言われた方が何倍もスッキリする」

「ゴメン……でも、本当だからしょうがない」

「マジか……! うわ、それマジか!」

ユウトは、食べかけの弁当を手にしたまま俯いてしまった。

え……まさかコイツ、泣いてる?

「ちょっと……ねえ?」

思わず、声をかける

その問い掛けに、俯いたまま返事もしないユウト。

さすがに、私もいたたまれない気持ちになってきた。

そして、あろう事か同情してしまい、馬鹿なことを口走ってしまう私。

「じゃぁさ、お詫びって訳じゃないけど……また、明日もお弁当作ってくるからさ。今度はちゃんと、肉とか入れて」

精一杯の謝罪のつもりだった。

それでも顔を上げないユウトに私の苛立ちは頂点に達した。

「ちょっと! 返事ぐらいしなよ!」

思わず出した私の大声に驚いた様子で、ようやくユウトが顔を上げた。

「え、何? 何か言った?」

はぁ!

「いや、もやしがさ……歯に挟まって。取れないんだけど」

コイツ……! 人がわずかながらも心を痛めて謝罪をしている間、歯に挟まったもやしを気にしてただと!

ありえない、コイツありえない!

私はあまりの怒りに言葉を失い、その場を立ち去ろうとした。

「あ、期待してるよ。明日の弁当」

聞こえてんじゃねーか!

泣かしたと思ってオロオロしてる私を腹の中で笑ってやがったに違いない!

ムカつく!

コイツ、ムカつく!

決めた! 明日こそ弁当の中に良からぬ薬を入れてやる!

私は足早にその場を後にした。



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