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【円 〜en〜】

作者: 佐藤つかさ

「ねえ、さとる


「どした?」

 俺は、彼女の質問に顔を上げる。

 コタツからは出ない。あんま出たくない。



みどりって、ほかにどう読むんだっけ?」

 ノートとにらめっこしている彼女は、ペンを回しながら頭を抱えている。

 がんばってんな、高校生。



「えん」



「ありがと。さすが国語の教師」


「家庭科だよ」

 ナニ人の経歴捏造ねつぞうしてんの君は。

 おお、ナニ人と書くと地球人じゃないみたいだ。


「……そういえばさ」

 俺は思い出したように、彼女にたずねる。

「こないだGが出たっつってたけど、アレどうしたの?」

 Gと言えばアレだ。触覚ネバネバ、人類の宿敵。


「…………」

 彼女は黙って手近な新聞紙を丸め、それを机の上で鳴らして見せた。



「ノしたの……」



 タフな子だねえ、と思っていると、パソコンの近くにあるプリンタに目がいく。

 FAX機能やスキャナ機能のある、わりと高性能なタイプだ。


「それ使ってんの?」

「ううん。もうレポートプリントアウトしたから、あとはかたづけるだけ」

「どこに?」

「そこのたんすの上」

「俺、やっといてやるよ」


 彼女は別にいいと言うけれど、俺はいいからいいからと押さえてひょいと担ぐ。

 そのまま背を伸ばして、大きな機械を天井との隙間に滑りこませる。


「やるじゃん」  

 少し感心したように、彼女はつぶやく。


 俺は少し笑って、自分の腕をぽんぽんと叩いてみせた。



「ち・か・ら」



 すると彼女は横を指差して、


「じゃ、そこのスピーカーもかたずけてね」

「人使い荒いなお前」



 俺はぼやきながら、新聞紙を広げておいた。

 プリンタにかけとかないとほこりをかぶってしまう。


 スピーカーも片して、俺は時計に目をやる。


「もう夜だな……」


「6時だもん」


「ガストかどっか行くか?」


「おごってくれるの?」



「モチ」



 一人暮らしの高校生に出費はきびしい。

 ここは大人が払うのが責務だろう。


 それにしても嬉しそうだな。

 このところのテスト期間で、三日三食サプリばっかりだったもんなぁ……。



 あ、と気づいたように、彼女から笑顔が消える。

「出前じゃ、ダメ?」

「? ……どうした?」

「外、寒いから……」

 歯切れの悪い口調で、彼女はつぶやく。

 自己主張が激しい彼女にしては珍しい。


「お前、冷え性だっけ?」


「まあ、ちょっとね……」

 どうしてか、彼女は目をそらす。



「エアコンつけたし、やっと温風回ってきたし……」

「電気代かかるぞ」


さとる来てくれたの、三週間ぶりだし……」

「忙しかったからな。テスト期間で」


 テスト期間は何かと大変だ。


 教えた項目からのテスト作成。 

 百人単位の採点。

 そこから割り出される、この先の教育カリキュラムの再編集。


 教師に休みなんてないのだ。夏休みもないし。


 できれば今日も採点したいのだが、彼女に休日なんだからとせがまれて、彼女の家にさらわれたようなものだ。




 一緒にいるからって、何かするわけでもない。

 お茶を飲んだり、なんてことのない話をしたり、ごくごく普通の一日の流れ。 


 まあ、でも……。





 彼女は少しコタツにもぐって丸まって、俺から目をそらしたまま小さな声で、だけど俺に届くようにつぶやいた。





「あったかいの……逃がしたくない」





 

 彼女がしたいことは、そういうものなのだろうなと、俺は思うのだ。




































 7時間前。



「えんおう、って漢字でどう書くか知ってる?」

 それは彼女の質問。 


 昼ごはんを作っている最中の俺は、背中に届いた質問に、うーんと考えてみる。


「それはきっと福沢諭吉だ」


「は?」


エンおうだろ? 小銭よりも偉くて、千円札よりも強い、エンぐんの王。だから一万円札。つまり諭吉」

さとる?」

「ん?」

「わからないんでしょ?」

「まったくもって」


 すいません、と背を向けたままあやまった。答えをあやまった。




「ねえ、なんか観る?」

 DVDデッキの前で、彼女がつぶやく。映画鑑賞は彼女の趣味だ。


「じゃあ、【サークルハウス】ってあるか?」

「何それ?」

「戦争中の話でさ。援軍エンぐん呼んで敵の軍とかボコボコにしたりして活躍して、勲章とかもらって円満エンまんな人生過ごしてたんだけど、冤罪エンざいきせられて逃亡して、そのうち自分の人生見出して遠路エンろはるばる故郷に帰ってくんだよ。で、応援歌おうエンか演歌エンかうたうんだよ」

「……それ映画?」

「いや、演劇エンげき

「じゃあ無い!」

「だよな」


 家族向けとかで頼む、と俺は言っておいた。

【適当でいい】だと、選択権を預けてきた彼女に失礼だし、ホラーものや内容が重いものは二人で観るものではない。 


「ねえさとる。何作ってるの?」 

「カレイの縁側エンがわ


「別に、来るたびにご飯作ってくれなくていいのに」

「お前は主食がサプリメントとファーストフードだろ? たまにはちゃんとしたの食え。いつもエンゲル係数が高すぎるんだよ。天文学的だぞ」



 俺は、塩化エンかビニールの袋を切って、食材をいくつか投下。

 それからできたやつを味見し、嚥下エンかしていく。

 よし、いい具合に辛い。エンだ。


 野菜をいためていると、コンロの炎が竜巻の中のワカメみたく思い切り揺れている。――おお、火炎かエンだ。


 








 完成したので、カレイの縁側と野菜炒めとご飯で昼食タイム。



 よくある恋愛映画を見ながら、俺たちは箸を片手に談話し始めていた。



「お、あの女優可愛いな」

 俺は思ったことを思ったままにつぶやいてみる。


「ふーん。さとるってああいうのが好きなんだ……」

 なぜかジト目で冷ややかに見てくる彼女。

 ――口には出さないけどな。そういう反応が許されるのは10代までだぞ。

 歳食って同じこと言ってみろ? 意外と引くぞ?


「まあ、いい演技エンぎとはいえないけどな」

 とりあえずフォローくらいはしておくか。



 すると、


(ふーん、まあいいけどさ)


 と、口に出さずに顔であらわすと、彼女はテレビに視線を移す。


「じゃあ悪いの?」

「悪い演技エンぎとは言わないだろ。普通」


 唐突に、うしろからガタンという音が響く。


 家主である彼女のほうが、事実を知るのは早かった。


「あ、神棚が落ちた」

縁起エンぎ悪いな」


 てゆーか……。神棚飾ってんの?

 シブいなオイ。


「島根の田舎から仕送りで来たの」

 俺の思考を読まれたのか、彼女はテレパシーのようにさっと答えた。


 こりゃ食ってるどころじゃないな。

 いったんDVDを止めて、俺たちは神棚を片付け始めた。

 あーあー、木屑散ってるよ、あとで掃除機かけないと。


 彼女は、手に木屑を拾い集めながらつぶやいた。

「テストのときとか、よくお祈りしてたかな」

「神頼みだな」

「あと、イモリの生き血と豚の首を捧げものに」

「どこの邪信教!?」

「ウソだけど」


 タチ悪いよ。怖いんだよ。




「ほかにも送ってもらったかな」

「ああ、野菜とかカップめんとか?」

「ううん、サプリメント」

「さぷりめんと!?」

「田舎で作ったんだって」

「ケミカルな村だなオイ!?」


「あと、お水。東京の水は不味いでしょって。島根の名産なんだって」

「へえ、そりゃ興味あるな。六甲とか四万十川みたいなヤツか?」

「【ボルヴィック】って書いてた」

「島根関係なくね?」

 てゆうか、日本ですらなくね?


 もうホントごめんなさい島根の皆さん。












 それから俺たちは神棚(だったもの)を片付け、ご飯を食べて映画を観終える。

 

 ――のどが渇いてきたな。



「なあ、コーヒー無いか?」


「…………」

 なぜか彼女は黙って、手の平を上にすると、【ずい】と伸ばす。


「何? その手」

「120円」

「自販機かよ!」


「すぐ下にあるから」

「コーヒーくらい自分でれろよ。場所言ってくれたら、俺やるからさ」


「コーヒーのフィルターが無いの」

「ウソだろ?」

「……あ。トイレットペーパーで代用すればいっか」

「ウソだろ!?」

 さっきとは違うアクセントで俺は叫ぶ。


 脱臭剤を吸った紙でコーヒーをろ過しないでください頼むから。



「ごめんなさいBOSSカフェオレにさせてください」

 深々とお辞儀じぎをして、俺は彼女に懇願こんがんした。

 きっちり90度一礼。

 日本作法の教科書にせたくなるようなお辞儀じぎっぷりで。


 

「……子供」

 うっわぁ、めっちゃ上から目線で見下ろしてるよ。

 こいつの将来は王女さま確定だな。


 それじゃ、この家来めが買いに行きますか。


「じゃあ、俺買いに行くけど……お前何にする?」



「……なっちゃん」




















「……やっぱBOSSはあったかいな」

 カフェオレを味わいながら、俺はコタツの中でまったりととろけていく。


「まだ2時だし、どこか行くか?」

「いいよ。外寒いし」

出不精でぶしょうか?」

「冷え症なの。わたし」

「冷え性がなっちゃんを飲むな」

「うるさいなあ、手とか冷たくって結構つらいんだよ? カイロんでも、ちっともあったまんないしさ」

「毛布とか用意して欲しいよな」

「スカートって足冷えるから大変なのよね」

「なんか買ってやろうか?」

「えっ、ホントに?」


「テストがんばってたしな。なんかブランドもの買ってやるよ」


 笑っていいのか、なんと言っていいのかわからないといった風に彼女は指をからめている。



 これは、けっこう本気で喜んでる反応だ。

 力入れたほうがよさそうだな。


「アディダス買ってやろうか?」

「……は?」

「じゃ、プーマ」

スポーツ関連そっちのブランド!?」


 なーんだ、と彼女は落胆がっかりしたようにあごをコタツに乗せる。

 あれ? 何か失言したか、俺?





「……さとるってさ」


「ん?」


「そんな風にカノジョに簡単に、もの買ってあげるの?」


「……?」


「カノジョのうちでご飯作ったり掃除したりしてくれるの?」


 俺の目をまっすぐ見て、彼女はたずねてくる。

 唇をつぐんでいるのは、震えているのを隠すためだろう。



 少し黙って、俺はつぶやく。

「……えんがない」


「……何て?」


エンが無いんだよ」


「ウソ」


「なんだよウソって」


「この間、吉野先生と話してたじゃん」


「……社会の先生の?」


「そうよ、ホラー映画ですぐ死にそうな、若さしかとりえがなさそうな女の人」


「なんでそんなに敵意むき出してるの? ……まあ、俺もそう思ったけど」




 どうしたのだろう。なぜ彼女は怒っているのだろう。

 何でそんなに泣きそうな顔をしているのだろう。


 ……違うな。




「先生ってやっぱり、大人のほうがいいの?」








 ――どうしてそんなに怖がっているのだろう。













「…………」

 俺は飲みかけの缶をコタツのすみに置いて、コタツから立ち上がる。

 逃げるの? と非難するように彼女がにらむが、俺が近づいてくると分かって、それは困惑に変わる。



「ちょ、何……」

「そこどけ」

「何でよ?」

「カラダ横にずらせ」

「何それワケわかんない!」

「いいから、ほら」


 わめきながらも律儀にカラダをずらしてくれる彼女。

 俺はコタツにできた隙間に脚をねじこませ、そのまま彼女の隣に座る。

 それから深呼吸で時間を吸いこんで――





「……円香まどか












 恋人の名前を呼んだ。







 彼女は少し驚いて一瞬だけ目をそらし、だけどこれじゃダメだと俺のほうを見返す。

 自分から迫っておいて、逃げるわけにはいかないと思っているのだろう。

 そこに彼女なりの懸命さが見て取れる。――若さだな。



「俺は先生だ。担任もしてるから30人くらい生徒がいる。来年になったらまた新しい名前を覚えなきゃならないし、毎年大変だ」


 けどな……、と俺はことをつなぐ。






「名前で呼ぶのはお前だけだよ」











「…………」



 彼女の返事はなかった。

 かわりに、俺の肩の上に髪がかかる。



 こっちにもたれかかり、重心を預けているのが分かる。

 俺は何も聞かずに、ひざの上に転がっている彼女の白い手に、自分のそれを乗せる。


「…………」

 俺は空いた手を伸ばして、自分の缶に手を伸ばす。

 ぬるくなったカフェオレを味わい、彼女の手に触れたまま、俺は感想をつぶやいた。


「……熱いな」





 肩に頭突きされた。




























 それから、時間は経過して――時間は7時。

 




「それじゃ、お寿司でいいな」 


「うん」


「めでたい日は、やっぱりお寿司だよな」


 出前のメニューが決定して、俺はケータイ電話をプッシュする。



「……しかし、不思議なもんだよなぁ」


「何?」


 俺はふと思って、それを円香まどかに投げかけてみた。

 

「お前、半年前まで俺のこと先生って呼んでたんだぞ」


「そうだっけ……? なんか気持ち悪い」


「気持ち悪いはないだろ」


「何よ今さら」


「お前、昔はちゃんと敬語だっただろ」


「わたしが今、敬語でさとるに話しかけたらどう思う?」


「気持ち悪いな」


「でしょ?」


「うん。俺が悪かった」


「うん。さとるが悪い」


「ごめん」


「許す」


「…………」


 なんか釈然としないものがあったが、どうしても特に釈然としたいわけでも無いので、まあいいかと受け流す。






 しかし、こうやって名前呼び合う関係って……。




 まるで――









「あ!」


 思い出した。



「何? いきなり大っきな声出して」


「えんおうだ」


「は?」


鴛鴦えんおうだよ。さっきの国語の答え。鳥の名前だよ」


「……何の鳥?」








「オシドリ」




















 まるで夫婦のようじゃないか。


























































 少し前のこと。






 コタツの中で、俺たちは熱と時間を分け合う。

 それが当たり前。 


 テストの問題を彼女がたずねる。

 俺は答えた。



「えん」



 俺は指でツノ――というか触角を作って、あの生き物はとたずねる。

 彼女が新聞紙で机を叩くので、俺は察した。 



「のしたの」



 俺はプリンタをタンスの上に運ぶ。

 彼女が驚いているので、俺は答えた。



「ちから」



 不摂生ふせっせいがちな彼女に、俺はおごってやろうかと言ってみる。

 喜ぶ彼女に俺は笑った。



「もち」




 たぶん、彼女の生活リズムは俺が保っているようなところがあって、

 まあ、つまり俺の立場は――








「えん」「のしたの」「ちから」「もち」




どうも。佐藤つかさです。

島根県民のみなさん。どうもすいませんでしたm(_ _)m


いかがでしたでしょうか?

自分のスタイルが少しずつ分かってきた気がします。


ご感想などがありましたら、ぜひ下記より送ってみてくださいませ。

作者が泣いて喜びます。


それでは。

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