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第二章 『乙女たちの騎士団結成』B

「も、もうタケミさん……。騎士団の課題の話ならそう言ってくださいよぉ」

「いやぁすまないな。俺も急いていたもんで」

 タケミたちは学園の渡り廊下を歩いていた。

 学園はいつもに比べて騒がしくなっている。騎士団演習の課題が始まり皆が人員集めに奔走している状態である。卒業間近の3年生はすでに卒業後の騎士団を決めており、遠征をおこなっているのだとか。

「タケミさんがあんな剣幕で来ましたから、わ、私勘違いしちゃいましたよ……」

「勘違い? いったい、なんの勘違いだ?」

「ひゃ、ひゃあ! それは言えませんよぉ!」

 いつもの5割増しで赤くなっているエルクに対し、朴念仁なタケミは首を傾げるばかりである。

「で、でもいいんですかタケミさん。私なんか、タケミさんのお眼鏡にかなうような剣の腕はありませんよ……」

「いやな、エルク。俺には切実な問題があってだな」

「もんだい?」

「実は同学年の友人がお前以外いなくてな」

「…………」

 エルクは返答できず茫然としていた。

「というわけでお前を招いたわけだ」

「これは喜んでいいことなんでしょうか……」

「まぁ、お前もいろいろ事情があるだろうから、イヤなら別に離れてもらっていいんだがな。適当に男剣士科のヤツらと組むという手も残ってるし」

 タケミは何気なくそう言った。すると、エルクはまたあたふたと震える。

「タケミさん! 私タケミさんの騎士団に入りたいです!」

「お、おお。そうか」

「できれば一生タケミさんと添い遂げたいです!」

「い、いや。一生と言われても、俺も責任が取れんぞ?」

「そ、そのぅ、私はタケミさんに助けられましたし……」

 エルクは両手に目を落とし、恥ずかしそうにうつむいていた。

 そんなエルクに対し、タケミは――

「そんな義理を感じるなよ。俺だってお前に助けられたしな」

「タケミさん……」

「お前がいなきゃ、俺は途方に暮れていただろうからな。とにかくエルク、ひとまず今は騎士団を立ち上げなきゃな」

「そう……ですね」

 タケミたちは歩みを進める。

 エルクという頼もしい仲間を手にしたタケミであるが、騎士団の団員の人数は最低4人である。

 あと二人が必要である。

 エルクは女剣士科でタケミも女剣士科。騎士団の遠征においては、『火力』がある魔導士が必須となる。また、『治癒』を行うことができる聖術士がいればなおよろしい。

 というわけでタケミたちは、ケルベロス魔導騎士学園の西校舎、魔導士科へと足を運んでいた。


「たのもう」

「たのもう……ってタケミさん……」

 タケミたちは魔導士科の教室の扉を開ける。

 現在は放課後。普段なら教室に人は少ないが、いまは騎士団編成のためか授業中以上に人がいる。剣士科の2年が人材発掘のため、タケミたちと同じくやってきているのだ。

「あ、あの人は……」

「剣士科の2年のタケミ・ファルコナーさんじゃ」

「あの『鬼殺し』のカイ・ファルコナーの娘だって……」

「たしか『素手でドラゴンを倒した』ことがあるとか聞いたような」

「あと魔物を捌いて生で食べて魔導の力を付けているだとか……」

「男に興味がなくて、女と結婚したいだとか……」

 タケミのうわさは魔導士科にも波及しているようで、根も葉もない……こともない噂が飛び交っているようだ。

「なぜだ……。俺は極めて普通の学園生活を送っているはずなのにトンデモな噂が絶えないんだ!」

「タケミさんは……普通とは違いますからねぇ……」

 エルクさえもこの件に関してはフォローできないようだ。

「まぁ、気を取り直して人材発掘と行こうか」

「そう、ですね。でもどうやって探せば……」

「俺より強いやつはいないかぁあああああああああ!」

「た、タケミさん!?」

 元剣道部のタケミの、コブシの利いた声が響く。女性となってもその声の大きさは変わらない、どころかボリュームが上がっている。

 一同、耳をふさいでいる。

(ま、また先走ったコトをしてしまった……)

 今度は『暴音で魔導士科の生徒を昏倒させた』などという噂が流れるのでは……とタケミが危惧を抱いたとき、

「「「タケミさぁーん」」」

 魔導士科の生徒が滝のように押し寄せてきた。

「お、俺より強いヤツがたくさん……」

「すごいですね……。なにはともあれ、こんなに押し寄せてくれるなら何とかなりそうですよ」

 確かに団員は大いに越したことはない。もっともそうなればそれを指揮する人間が大変になるというデメリットもあるのだが。

「タケミ・ファルコナー、ワッチと戦え!」「マドーなめんなよ!」「火力が欲しいなら私を頼れ!」

 魔導士科のほとんどは女子なのだが、その子たちはタケミ以上に溌剌とした声を上げていた。

(そういえば魔導士科は魔導が使える特殊な人間しか入れないから“変わり者”が多いと言っていたなぁ)

 魔導士科と剣術科は教室がはっきりと分かれており、騎士団演習の課題以前はほとんど交流がない。それゆえ、魔導士科との接触はタケミたちにとって新鮮であった。

 ほとんどが騎士貴族出身、騎士団の家系出身の封建的な剣術科に対し、魔導士科は“才能”で選出される特殊な科。そのため、科の雰囲気はがらりと変わるのだ。

「でも、どうしましょう先輩。魔導なんて私たち知りませんから、どういう人を呼べばいいんでしょうか」

「俺も座学で魔導のさわりは聞いているが、詳しいところは専門外だな」

 騎士の戦力として必要となるのが『剣』と『魔法』である。

 科学兵器の類が開発されていないこの世界において、『魔法』を発現させる『魔導』の術は貴重な火力兵器となっているそうな。言うなれば魔導士は中世の戦争における『大砲』のような存在であるのだ。

 しかし、『大砲』ゆえに、威力は強くとも扱いは難しい。扱える人間が少なく(魔導士科の生徒は女剣士科の半数となっている)、魔法を発現するための『詠唱』に時間がかかり、エネルギーとして『魔晶』という媒体が必要となる。魔法は万能というわけではないのだ。

「騎士団に魔導士を入れる場合、俺たち剣士が前衛となって積極的に攻撃を仕掛けて、後衛に魔導士を少数配置して、剣士が戦っている間に魔導を唱えてもらって、魔法を放ってもらう。傷ついたら治癒系の魔導で回復してもらう……という流れになるから、やっぱり攻撃の魔導士と回復の聖術士が必要か」

「攻撃って、先輩がいれば百人力じゃないんですか?」

「俺も人の子だ。さすがに魔法には勝てんからな」

 そういうわけでタケミたちは最低一人の魔導士をスカウトしなければならないのだが。

 タケミたちのもとにやってきた魔導士見習いの皆は烏合の集まりである。この中から無作為に選び抜くのも問題ないだろうが……。しかし、騎士団編成は卒業後の騎士団編成にもかかってくるもの。

 これから一生、仲間としてやっていく相手を決めなければならない。

(エルクは……一生と言わないまでも、この学園にいる間はともにいてもいいだろう。あとは……魔導士なんて知らない相手だしな)

 出身が同じだったり、趣味が同じだったりなどの共通項があれば仲良くしやすいかもしれないが、あいにくタケミは住む世界も性別も、周りの人間と違っていたのである。共通項は限られている。

(どうしたものかな……)

 そうタケミが考えあぐねていると――

 教室の奥、カーテンで暗くなった場所に、黒いローブを纏った人影を見つけた。

(あいつも、魔導士か)

 魔導士科は“変わり者”が多いと聞くが教室奥で座り込み、分厚い本を読んでいるその生徒は輪をかけて変わっていた。

 なにせ。

(ネコミミ……)

 あたまにネコミミが生えていたのだから。

「ん? どうしたんですか先輩?」

「エルク、猫がいるぞ」

「猫、ですか?」

 タケミの指さす先をエルクは見つめる。ひゃっと驚く。

「な、なんなんでしょーかあの人。ああいう、ファッションなんでしょうか」

「俺のもと居た世界でもああいうファッションはあるにはあったが……」

 タケミはおそるおそるそのネコミミの生徒へと近づいていく。

 それは紺の短髪のネコ人間だった。

 黄色い目に、丸い顔。エルク以上に小さな背。ちょうどトムとおなじほどの背丈である。

 魔導士科の制服である、黒いバスローブ風の服を着こんでいる。なにかのマスコットキャラみたいなその生徒は、無表情で本を読みふけっていた。

「おおい、お前」

 タケミは声をかける。

「…………」

 しかし返事はない。ネコミミの生徒はうつむいたままだ。

(聞こえないのか?)

 と思ったタケミは――

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

 窓硝子を割らんばかりの、大音声で叫んだ。

 ネコミミの少女は耳、の乗った頭を押さえ机に臥せっていた。

「な、なんじゃ……オヌシは」

 ようやく顔を上げた彼女は、年寄りじみた口調で答える。声はまるっきり高い子供のものなので違和感がありまくりである。

「俺はタケミ・ファルコナーだ!」

「あのドラゴンを生で食ったという……」

「俺はそんなビックリ人間などではないわ!」

 タケミのうわさはもはや鉄板ジョークとなってしまっている。

「お前もここにいるということは、魔導士なのか?」

「そうじゃ」即答する少女。

「それでは、その頭の耳はなんだ? まさか、“生えてきた”とか言うんじゃないだろうな」

「何じゃオヌシ……童のコトを知らんのか?」

 少女は眠たそうな顔でタケミに顔を向けている。

「た、タケミさん、あれって……」

「ん? なにか知っているのかエルク」

「あの『魔法遣い』の『猫頭族エルフキャット』だと、思います……」

「えるふきゃっと……」

 タケミは頭を整理する。

 たしか……歴史の授業で耳にした、『魔法』という奇跡を起こすことができる種族のことを……。

「思い出したぞ。たしか『猫頭族』というのは100年前までそれなりに数がいた種族で、魔法遣いの末裔……だったとかな」

 聞きかじった知識をタケミはつぶやく。

 すると、そのエルフキャットの少女の耳がピクリと動いた。

「そうじゃ。わらわは猫頭族の末裔、フェネ・メーヴェじゃ。童の先祖は魔法を使えたそうでな。魔晶も使わず、詠唱も口ずさまずに、ただ念じるだけで奇跡を起こせたというそうじゃ」

「そんな超能力者な種族の末裔なのか……」

「さすがに童は魔法なぞできんが、魔導ならほかのだれよりもうまく発動できる。なにせ、『魔法遣い』の末裔じゃからのぉ」

 『魔法』と『魔導』は似た術だそうだ。

 魔法という、人知を超えた『超能力』を、『魔晶』という触媒と詠唱という命令文プログラムを使って“再現”したのが『魔導』というそうだ。

 それゆえ『魔法遣い』の末裔である猫頭族の少女フェネはたやすく魔導ができるそうだ。

 もっともその魔法使いは絶滅したそうで、伝説の存在となっている。

「なんだよ……。じゃあ、お前はすごい種族の人間なのか」

「童を人間などという、安い枠組みに入れるでない」

 フェネの口調はどうも高圧的だ。

 どうも、人を寄せ付けないような話し口調である。

「そ、その、タケミさん……」

「ん? なんだ?」

 タケミはエルクのほうを振り返る。

 エルク、および剣術科、魔導科の生徒が、どうも逃げ腰となって、タケミに怯えているようだ。顔が引き攣って、目が泳いでいる。

 いや、タケミでなく。

 猫頭族の少女、フェネに畏怖の念を感じている。

「猫頭族は……50年ほど前、国家転覆を図ろうとした種族、なんですよ」

「国家転覆……」

「魔法遣いの末裔として、誰よりも自由に“魔導”を扱えた猫頭族は、その力で、魔導でアテナ王国に刃向かったんです……」

「なんだ……そりゃ」

 タケミは教室の皆の、異様に冷めた視線にいたたまれなくなる。

「つまり、コイツは……国家転覆を図った、犯罪者だって言いたいのか?」

「童ではない、童の……祖先たちじゃ」

 フェネは静かに答えた。

「たしかに童の祖先たちは愚かなことをしてしまった。反乱を起こし、猫頭族のそのほとんどが王国の兵に捕まり、そして処刑されたのじゃ」

「そんな……」

「童は、そんな一族の末裔じゃ」

 フェネはそう静かに言った。

「どうじゃ。オヌシもこれで童の恐ろしさがわかったじゃろう。童はこの魔導士科で最強の魔導士となる者じゃ。ゆえに仲間なぞいらん」

 と突っぱねた。

「なるほどな。お前はそういう一族の末裔で、ヤバイから近づくな! と言いたいんだな」

「…………」

 フェネは黙りこくっている。

「でも、お前はただの子供だろう」

 そう言って、

 タケミはなにを思ったのか、デリカシーのかけらもなく、フェネの“耳”を鷲づかんだ。

「ひにゃぁああああ――!」

 フェネはまさしく、尻尾を踏まれた猫みたいな鳴き声を上げたのだった。

「う、うるさいなぁ。耳を触られたくらいでやかましい」

「お、お主はっ! 童の高貴なる耳に触れるなど、不敬だぞ!」

「お? 怒るか? ならお前、俺にその自慢の『魔導』とやらを見せてくれよ。今すぐ、この場で。その『黒塗りの杖』で、魔導術は発現するんだろう?」

「くっ……! このぉ!」

 フェネは黒檀の杖を手にする。それは漆を塗ったようにつややかに黒い。

 魔導とは“魔晶”を消費して行うもの。杖の先端に魔晶を装填するポケットがあり、そこに魔晶を付けた状態で詠唱を行えば――素質のある魔導士なら、魔法が発現する。

 猫頭族の少女、フェネにとってそれはペンで文字を書くことほど手慣れたことだった。

 しかし――

「ぐっ……」

「どうした? 俺が怖いのか? はやく魔法を発現しないのか」

 挑発するタケミに対し、フェネは動かない。

「た、タケミさん! 危ないですよ! このままじゃタケミさん、というよりこの教室丸ごとあの子の魔導で消し飛んじゃいますよ!」

「安心しろエルク、こいつは、手を出せないはずだ」

 タケミは教室中のだれよりも冷静に、目の前のフェネを見つめていた。

「こんなところで魔導を発現すれば、俺だけでなく教室に、俺の傍にいるエルクに、そして俺の後ろにいる、大勢の生徒に被害が及ぶ。聡明なお前なら、それくらい分かるだろう」

「…………」

「そして、お前はきっと誰も傷つけない。傷つけられないんだ。たぶんお前は、人が言うほど、自分が思うほど“ヤバイ”やつじゃない、ただの“弱い”コドモだ」

「オヌシ……はっ」

「杖を下ろせ。そして……俺たちの騎士団に入れ」

「た、タケミさん!」

 タケミの言葉にエルクは素早く反応した。

「ど、どういうことですか! こ、こんな危なそうなヤツを、仲間にする気なんですか!」

「さっき見た通り、コイツは最低限の常識はある。教室内で無暗に魔導を発現することはしなかったしな。コイツの過去になにがあるか知らないが、そんなの俺たちには関係ない」

「でも――」

「なによりもコイツは“猫頭族”とかいう、強い魔導が使える魔導士じゃないか。だれも手を付けていないなら、俺たちが先に手を付けておいた方がいいだろう?」

「まさかタケミさん……“強さ”だけで騎士団のメンバーを決める気ですか……。とってもタケミさんらしいですけど……」

 タケミたちが言い合う中――

「オヌシたち、童を愚弄しおって、ただでは済まさんぞ。オヌシたちの仲間なぞ、死んでも願い下げじゃぞ!」

 と拒絶の声を上げる。取り付く島もない、牙を剥いた表情である。

 しかしそれに対しタケミは、ただ不敵の笑みを浮かべていた。

「“死んでも願い下げ”というなら仕方ない……」

「ようやくあきらめるのか?」

「いや、最後の手段だ。お前が一人で十分というなら、それを証明してみろ」

「証明とな……」

「この剣、もしくはその杖でな」

 タケミは笑みをうかべた。

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