第一章 『決闘は婚活のもと』D
「それでは、全力でかかってきてくださいね」
「お、おう……。そっちこそ、女だからって手加減は無用だぞ」
タケミと、金髪少年トムとの戦いが始まる。
戦いといってもこれは訓練。死ぬようなことはないし授業の一環。
(しかし、負ければ俺は男と結婚せにゃならん……)
タケミはぐっと剣の柄を握りしめた。
「それでは、こっちから行きますよ」
対するトムが駆けてくる。
トムはその小柄な体を活かして軽快な足取りで石床を駆ける。
(速いな)
子供にしては速すぎる。いや、子供だからこそ遅いものだと思い込んで逆に速く見えるのか。なんにせよそのトムの動きは相対的に速いものだった。
タケミが息を飲むまでにトムはすでにタケミの目の前へと着いていた。
トムは自身の細長い細剣を横薙ぎに鋭く振るう。構えていたタケミはその軌跡を目で追うことができたが――
(これも速いッ――)
一瞬動作が遅れていたら当たっていたかもしれない。
横凪に来た剣を、タケミは剣を垂直に立てて剣の腹に当てて防御した。
カチィイイインと金の音が鳴り響く。
トムはそのまま剣をこすらせてタケミの方へと鍔を押し付けてくる。つばぜり合いの状態になった瞬間、タケミはくるりと右に回り、そしてするりと相手の剣から離れ、後ろに下がり間合いを取る。
(なんて速いんだ……)
タケミは内心焦っていた。
油断してはならないと心に留めていたが、相手が子供のように小さかったためタケミも少しばかり油断をしてしまった。その僅かな油断を突くように、トムは素早い身のこなしで突撃してきたのだ。
(しかもこの身長差……。やりにくすぎる)
剣道では背が高いばかりが有利ではない。背が高いとそのぶん“胴”の部分ががら空きとなり、小さな背の相手にすぱーんと貫き胴を決められることもある。
だからタケミは、つねに胴を、下半身を守らなければならない。
しかし下半身ばかりに目が行ってしまってはスキができてしまう。そんなジレンマに陥りながらもタケミはまっすぐトムを見つめる。
トムは真剣な目をしていた。目はまっすぐで、顔の軸は少しもブレない。そこに子供らしさは微塵も浮かんでいなかった。
自分よりも強い相手。
タケミの人生の中で幾人かそんな相手はいた。全国大会にはごまんといたし、それに、小学校時代にも……
(俺が初めて試合で負けたときも、これくらいの背のころだったか……)
そう思いつつタケミは剣を――
「――――」
スッ、と。心の隙間に入るようにトムがタケミの一足一刀の間合いへと入ってきた。
タケミは神経を集中させる。間合いに入ったのなら、攻撃するか、引くかしないと――斬られてしまう。
ならば、
「てやぁあああああああああああああああああ!」
タケミは突撃した。
小さく振りかぶり、目の前のトムの肩に剣を叩き込もうと――
「はっ――」
気づけば目の前にトモの姿がなくなっていた。
風のように消え失せ。
タケミの振った剣は虚空を切り裂いていた。
そして、腹に鈍痛。
「あ、がっ……」
タケミは5秒間失神した。
そして5秒後。
「すまないね。女の子を痛めつけてしまうなんて」
目の前にあの金髪少年、トモがいた。
「俺は……負けたのか」タケミは小さく言った。
「うん、今回はボクの勝ちさ」
「俺はオトコと結婚せにゃならんのかぁああああああああ!」
タケミは絶叫の声を上げた。
「やったじゃねーかタケミちゃん、これでオヤジさんも孫の姿が見れて大喜びだ」
「た、タケミさん! あ、あんないけ好かないオトコと結婚しちゃうんですかぁ!」
ワイワイガヤガヤとタケミを取り囲むように騒ぎの声が広がっていく。
「まぁ、結婚……とは言っても、まだボクたちは学園生だからね」
「は……」
「ひとまず結婚の約束、ということで、いいかな、マイ、ハニー」
「なにがマイハイニーじゃ!」
タケミはすかさず突っ込んだ。
「もし、結婚の約束を破棄したいのなら、またボクと戦うがいい。ここは騎士学園だから、男も女も剣で事を決めるのが“礼儀”だろう?」
「破棄……も、できるのか?」
「その気があるならいますぐ婚姻という形も問題ないんだけど」
「それはいやだ!」
タケミはすかさず答えた。
「なんにせよ、とても楽しい決闘だったよ。この世界はどうも、君のような騎士がいなくて、退屈していたんだよ」
「世界って……お前は、世界を旅したことあるのか?」
「ああ、いや。いままでの人生で、君のような剣捌きは特別だなぁと思ってさ」
トムは笑顔を絶やさない。
「また今度、こういうふうに決闘をしようじゃないか」
「決闘……ねぇ」
タケミは感慨にふける。
久しぶりにタケミは負けた。この学園に来てからは、生徒間での戦いで負けなしだったタケミである。同学年の相手に負けるのは転生前以来である。
それゆえ、楽しかった。
戦いとは勝ってうれしいばかりではない。全力で戦って負けることも勉強である。
全力で戦って。
全力で負けて。
そして、全力で負けた相手と全力全開で戦って勝ったときこそ――最高に清々しいのだ。
「俺は、負けねぇぞ」
タケミは言った。女の姿で、男らしく返答した。
「男だろうと女だろうと、俺は負けない。俺も騎士の高みを目指す身だ。次の決闘ではお前を完膚なきまでに叩き伏せてやろう」
タケミがそう言うと、トムは大きな口を開け、目を見開き、まるでサンタクロースにプレゼントをもらったかのような無邪気な笑顔を浮かべた。
「はっはっは! その言葉をずっと聞きたかったよ! タケミさん、ボクもあなたに負けないよう精進するよ。だからまた戦おう」
「おう!」
タケミは手を伸ばす。トムもそれに倣うように手を伸ばす。
男と女の友情を体現するように――
「むぅううううううう!」
その間にエルクが割って入る。
エルクの顔はぷぅっと風船のように膨らんでいる。
「ど、どうしたエルク……」
「タケミさん! どうしてこんなキザやろうなんかと手を取っているんですか! コイツは、タケミさんの貞操を狙う卑しい男なんですよ!」
どういうわけかエルクはお冠の様子である。
「エルク、たしかに俺も“男”というやつに心底ウンザリしているが……」
「タケミさんは男より女の子が好きなんでしょう!」
「そ、そんな話いつしたんだ!」
「なら、そんな男放っておきましょうよ!」
エルクはぐいぐいタケミの肩を引っ張ろうとする。
「そ、そうは言ってもコイツに俺は勝たないと婚姻の契りを交わさないといけないわけで……」
「そんな口約束は破っちゃいましょうよ!」
「しかし男の約束だから……」
「先輩は女でしょう!」
「そういえばそうだった」
「ですから先輩は……私と結婚するんです!」
「ま、待て! エルクお前、混乱して言動がおかしくなっているぞ! 女同士で結婚なんてできないだろうが!」
「愛があればカンケイないんです!」
ぐいぐい、タケミは大岡捌きよろしく、エルクとトム、二人に引っ張られていた。
「君はホークアイ家のエルザ……いや、エルクちゃんだったね。君たち二人の関係はよくわからないけど、タケミさんのような美しい女子にはボクのような強い騎士がふさわしいのさ」
「タケミさんは私の大切な人なんです! 男の毒牙になんかかけさせません!」
「ボクは紳士だよ。女の子の繊細さも、身に染みて分かっているつもりさ」
そう言ったトムはタケミの顎に優しく手を添え、顔を近づけ輝かしいスマイルを浮かべる。
(女だったら胸キュンかもしれんが……。あいにく俺は男だぞ……)
「タケミさんは渡しません!」
「お、おいエルク! 顔が近いぞ……」
エルクはタケミの黒髪の頭を抱き留めていた。密着。こんな状態、赤ん坊のとき抱き留められて以来だろう。
「すげぇなぁ、タケミちゃん。トムちゃんだけでなくエルクちゃんも手籠めにするとは、将来が楽しみだなー」
「俺は……男と結婚しないぞ!」
こうしてタケミのこの世界での初黒星はてんやわんやの始末となった。
しかし、タケミの戦いは終わらない。