第五章 『以心伝心の黒ウサギ隊』D
「エルクぅ――! エルクはどこだぁ――!」
村の広場にたどり着いたタケミは、村の端まで届きそうな大音声で叫んだ。
「フェネも、セレナも――いったいどこに行ったぁ!」
宿へ戻るとエルクだけでなくフェネたちもいなくなっていた。
タケミ一人だけとなっていたのだ。
まさしく黒ウサギ隊は分裂状態となっていた。つい先日まで、問題がありながらも、それなりに和気藹々と過ごしていた隊が、たった一夜にして、バラバラに離れてしまった。
(どうしてだ! どうしてこうなったんだ! だれがこんなふざけたことを!)
それでもタケミは叫ぶしかない。
「エルクぅ! エルクどこだぁ!」
その怒声はタケミの肩にも響いていく。しかしそれでも叫び、あたりを駆けまわる。
「タケミさん、宿にもエルクさんたちはいなかったんですか?」
トムが尋ねてくる。
「ああ、もぬけの殻だ! あいつらが出てったか、それとも……」
「攫われた……のかもしれませんね。タケミさんのように……」
「ちくしょう、どうしてただの演習で人が攫われたり、いなくなったりするんだよ!」
「きっとこれが、演習であって“本番”でもあるからでしょうね。本番なら、“戦い”によって仲間がいなくなることもあるでしょうけど……」
「くそっ……」
タケミは顔をうつむけ、石畳に目を落とす。
タケミの育て親であるカイも、かつての騎士団で仲間を失くしたと聞いたことがある。
それほどまでに理不尽な世界。
敵は魔物だけじゃなく、人間側にもいる。
「あの……」
タケミのそばにフェネほどの小さな背の女の子がやってくる。白い修道服風の服装より聖術士科の生徒と思われる。
「なんだっ!」
「ひ、ひぅ、あ、あのぉ……」
その子はタケミの声に震えていた。タケミは自重し、口元を手で押さえた。
「あの、エルクさんって、ホークアイの家の人ですよね」
「そうだが、まさか君、エルクを見たのか?」
その問いに、聖術士科の生徒はうなづく。
「たぶんですけど……。朝に偶然二階の窓から路地を見下ろしたら、あの、『牛飼い隊』の人たちが凪の丘のほうへ向かっているのが見えて……そのなかに、どうも雰囲気の違う、銀髪の女の子がいて、ホークアイのお嬢様かなーって思ったんですけど……」
タケミは生徒の言った言葉をかみ砕き、そして理解する。
「つまり君はエルクを見たんだな」
「え、ええ……」
「朝に……といったが、具体的に、いつなんだ……」
「ちょうど日が昇ったころですけど……」
「なん……だって」
空を見上げる。
すでに太陽は頭の真上に来ていた。エルクを連れた牛飼い隊は6時間近くも移動をしている。
「6時間もあれば凪の丘にたどり着けるぞ……。でも、なんでエルクを……」
「……囮に使うんじゃないでしょうか」
「囮だって……」
「だれかを囮にして戦えば、それなりに楽にドラゴンを退治できます」
「そんな……」
囮作戦はタケミも考えた作だ。
しかしタケミの考える囮作戦と牛飼い隊の考える囮作戦は、ずいぶん毛色が違ってくるだろう。
何のサポートもなく、ただ供物のように仲間を“囮”とする。
そんな所業をやるだろうことは、想像に難くない。
「いまは推測しかできませんが、とにかくエルクさんが危険な状態にあることは変わりありませんね……」
「なら、いまから凪の丘に向かわないと――!」
「でも、すでにエルクさんは……凪の丘についてるかもしれません」
「――――……」
タケミの脳裏に浮かんだのは、エルクの悲痛の声。
囮となったエルクが、何の装備も与えられず、拘束され、囮となって、ハリボテドラゴンの炎を浴びる情景――
「あああああっ……! 俺は……俺はエルクを……」
はやく行かなければエルクが危険な目に遭う。
しかしタケミは足が動かなかった。もはやすでにエルクは囮となってズタボロとなっているのではないのか。そんな姿が頭に浮かんで、体がガチガチと震える。
怖い。
自分が傷つくよりも。
他人が。
大切な人が傷つくのが。
何よりも怖い。
「俺は団長失格だ! エルクのためとか言って勝手に行動して、ヘマやらかして、エルクに危害が及んだら世話ねぇじゃねぇか! ロクな状況判断もできない、こんなんじゃ、俺は――」
自分は弱いままだ。学園一の強さなんて、ただのお飾りだった。
「タケミさん、あなたはエルクさんをあきらめるんですか?」
トムは冷たくそう言った。
「あきらめたく……ない、だが……もう、おしまいじゃないか。フェネもセレナもいなくなったんだ。もう俺には……」
「なら――」
しゅん、と冴えた風切り音。
タケミののどぼとけに向けて、細剣の切っ先が伸びていた。
「あなたが黒ウサギ隊をあきらめるというのなら、あなたを力づくでもボクらの隊に編入させます」
「はっ……」
トムの突然の行動にタケミは動けない。
「タケミさん、あなたはボクとともに、騎士の高みを目指すべきだ。ボクなら、あなたをきっちりと導くことができます。だから、どうかボクのもとへ来てください」
「お前……どうしてそこまでして俺を――」
タケミが言葉を言い終える前にトムは剣を真っすぐついた。
(っ――!)
タケミは反射的に首を傾けトムの突きを避けた。ほんの一瞬迷いがあれば首を突かれていただろう。
「さすがだ。やはりタケミさん、あなたは腕の立つ剣士となる。ともに歩むべき相手だ」
「だからお前は……どうしてそこまで俺にこだわるんだ! そこまでして俺の戦力がほしいのか!」
「タケミさん、ボクは知っているんですよ。あなたが、特別な存在だということを」
「特別……」
はたしてトムの言う特別とは、タケミの何を指しているのだろうか。
「タケミさん、おそらく、いまのあなたの状態じゃ、エルクさんは助けられないでしょう」
「なにを……」
「どう考えても無理難題です。あなた一人じゃ、牛飼い隊からエルクさんを救い出すのは困難でしょうし、凪の丘にたどり着くまでに、エルクさんがどうなっていることやら……」
「だ、だが……俺が助けないと、エルクは……」
「ならタケミさん、あなたの力を証明してください」
ばっ、とトムはタケミの前に立ち、両手を広げて門番のように立ちふさがる。
背丈は小さいが、その立ち姿はなにものをも通さない絶対の気迫があった。
「これは試練です。あなたという、特別な存在が越えるべき試練です。あなたに勇気があるのなら、ボクを越えて突き進みなさい」
「このぉ――っ!」
その挑発にタケミは剣をぐっと握り突撃する。
なんの仕掛けもない、ただの愚直な突撃である。それでもタケミは馬鹿正直に突き進んだ。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
タケミはトムの剣の鍔へ体重をかける。もはやそれは剣術ではない。そのままトムに覆いかぶさるような状態となる。タケミはトムの足を柔道の大外刈りの要領で払い、バランスを崩したところにさらに体重を駆け、石畳の道路へと叩きつけた。
「はははっ……さすがじゃないですか、タケミさん」
「おまえは……」
「それこそタケミさんらしい、タケミさんはそのまま突き進むべきです」
タケミはその言葉を受け、冷静となる。
自分がやるべきことは決まっている。いまはそれを愚直にこなさなければならない。
「そうだ……。あきらめるなんて俺らしくない。必死こいて、もがいて、突き進むのが俺だ――」
トムとの戦いが、偶然にもタケミの起爆剤となった。
タケミは北に見える、凪の丘へと目を向けた。
「トム、お前との勝負はおあずけだ。俺はどうやら、血反吐吐いてでもやらなきゃならない使命があるようだ」
「そのようですね。なら、幸運を祈っております、タケミさん」
「ああ、俺はかならずエルクを救いだしてやるさ」
タケミは立ち上がり、そして――
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
いつものように雄たけびを上げてモーントの村を駆けた。




