第五章 『以心伝心の黒ウサギ隊』C
いっぽうそのころ、タケミはというと。
「は、はなせぇ! この、ゲス野郎ども!」
例の下卑た男たちに囲まれ、身動きが取れなくなっていた。
「くっくっく、いいねぇ、いいねぇ。学園一のタケミちゃんを襲うのは、なかなかいいもんじゃないかぁ」
「団長! 次は俺たちにやらせてくださいよ!」
「まぁ待てよ。まずはじっくり、この子のハダカを観察しようじゃないか」
「おお!」
これじゃあまるで……
(転生前の世界にあった、エッチなビデオのようではないか……)
タケミは転生前、部活の先輩よりそんな類のビデオを見せてもらったことがあったのだが。まさか自分が視聴する側から視聴される側になってしまうとは……夢にも思わなかった出来事だ。
「お前たち! こんなことして教員に見つかったらどうするつもりだ!」
「安心しなよ。ここには教員たちの目がないんだ。なにをしようが問題ない」
「問題あるだろう! この俺がお前たちの狼藉を黙っていると思うか!」
「なら、タケミちゃん、俺たちがアンタを、オレたち火鼠隊なしじゃいけない身体にしてやるぜ!」
そう言うと、団長らしき禿頭の生徒が両手をコネコネしながらタケミに襲い掛かろうとしている。
「くっ……いっそ、俺を殺せぇ――!」
タケミの正面にはオークのような貌。
ごわごわとした、無精ひげのはえた、脂っぽい顔。行軍のせいで風呂にも入っていないのか汗のにおいがひどい。タケミは元男だが、せめて襲われるならもっと清潔感のある男がよかったと思うばかりである。
しかし、逃げられない。
(両手が拘束されて……動けない。なんとか、あいつらから逃げる方法は……)
タケミはたしかに学園一の剣の腕を持つが、それは個人での話である。いかにタケミでも集団の相手を対処できない。
(無理矢理拘束を解いたところで、この5人に抑えられるだけだ。だれか、助けがなければ……)
おそらく、昨晩同様、火鼠隊は人払いを行っているだろう。
村の外れの廃墟のためか、人の気配は感じられない。誰も助けが来ない。
絶体絶命……だ。
「さぁ、オレがやさしく遊んでやるよ」
「このっ……」
男の手がタケミの肩に乱暴に当たる。
ぐっ、とタケミが目を閉じ絶望的な状況に一瞬目を背けたとき――
パァアアアン。
閃光が廃墟じゅうに瞬き、視界が白に染まる。
「な、なんだぁ!」
「なにが起きやがったぁ!」
火鼠隊の男たちは顔を合わせて驚きの声をあげていた。
その声のあと、
「ぐはっ」
「げはっ」
火鼠隊の男たちはマヌケな声をあげた。
タケミは目を開き、状況を把握する。閃光の光は一瞬にして消え、ただ、頭と肩に攻撃を受け昏倒した団員二人が倒れていた。
「お、おい、お前たち――」
そう声をかける団員のもとにも。
しゅん、と剣が。
「なにがおきて――」
ごん、と鈍い拳の当たる音が響いた。
「なにっ――」
騒がしい周りに不安を覚え、タケミを襲おうとした生徒は首を回そうとする。
しかし、その首元にしゅん、と針のような細剣が横切った。
「ボクの婚約者をなぐさめ者にしようなんて、とんだゲス野郎だね、キミたちは」
「はっ――」
生徒の全身に大量の汗が滴る。
「騎士の風上にもおけない。どころか、男の風上にも置けないよ。いっそのこと、股の間にある立派なモノを切り落としてあげようか」
「わわわわぁああああああああああああああああ!」
細剣使いは鉄のように冷たくそう言い放った。
「命、もしくは股間が惜しければ、いますぐ仲間を連れてこの場から失せるがいい。安心しなよ、言うことを聞いてくれたなら身の安全は保障しよう。もっとも、キミたちのさきほどまでの活躍は、克明に演習のレポートに書いておくからね。レポートをしっかり書くのも、演習の一環だろうからさ」
「そ、その声は……やっぱりあんた!」
タケミもその声に聞き覚えがあった。
暗い廃墟で、細剣使いもフードをかぶっており分かりにくいが、そのフードの奥から尖った金髪と青い瞳が見えた。
「おまえは……トムか」
「待たせたね、タケミさん」
どういうわけかトムが現れ、自分を助けてくれていた。
「さて、せっかくの再会だけど、いささか厄介な状況だね」
「どうして、俺を……」
「そんなの決まっているじゃないか。キミはボクの婚姻者さ。だから助けたのさ」
「お前ひとりでか……」
「いいや、僕の蛇鶏隊のメンバーと一緒にね」
見ると、トムの後ろに3人のフードをかぶった男がうかがえた。トムたちの仲間のようだ。
「さぁ、団長さん。さっさとボクたちの言いなりになるのが賢明だと思うよ」
「こ、このぉ……。トム・デザートイーグル! オマエばかり恵まれやがって!」
そう言うと生徒は自身の懐へとすばやく手を入れた。そこから短いナイフを取り出した。
(ダガーかっ!)
タケミはその動きにとっさに反応した。
両手両足を拘束されているが、それでもタケミはタケミである。
鍛え上げた足と膂力を駆使し、バネのように飛び上がると――
「この変態野郎がぁ――!」
下卑た生徒に向けて頭突きをくらわせた。
「はぁ……まったく、とんだ災難だったぜ……」
タケミはぐったりとした表情で廃墟の中を見回していた。
結局、火鼠隊の男たちは、団長も含めて全員が倒れ込んでしまった。
火鼠隊の団員たちは、トムの団員たちによって縄で縛り付けられ、廃墟の隅に固められていた。女性を襲った罪は重い。当然の顛末だろうとタケミは思う。
「なんにせよタケミさん、お怪我はございませんか」
トムは澄んだ声でタケミに問いかける。
トムはローブのフードを下ろしており、いつものトゲトゲとした金髪が見えていた。相変わらずその言動は鼻に付くものだったが、じっさいピンチを救われたタケミは、今回ばかりはトムに頭が上がらない。
「……まさに間一髪というところでお前に助けられたからな。まぁ、昨日の矢の攻撃で肩が痛いが……」
タケミはそう言って肩の服をぬぐい、右肩の肌を見る。
その肌には赤い傷ができていた。
が、それほど大きな傷でなく、腫れのようなものだった。
(ギリギリで体を反らしたから、矢が刺さりはしなかったが……矢じりが当たって痺れ薬の効果は利いていたのか……)
タケミの肩はひりひりと痺れていた。
「タケミさん、すいませんがじっとしておいてもらえますか?」
「ん? なんだ急に……」
タケミがぽかんとしている間に、トムは腰の袋から小瓶を取り出し、それを指ですくう。そしてタケミの肩へと、ぴとっと振れた。
「ひゃっ――! な、なにをする!」
「安心してください、治療行為です。解毒用の軟膏を塗っているんです。時間がたってますから、気休めにしかならないでしょうが」
「そ、そうだったのか……」
タケミはトムにされるがまま肩に軟膏を塗られる。元男のタケミは逆立ちしてもトムに欲情することはないのだが、軟膏を塗るトムの顔が近い。
そして、自分の肩が不本意ながらさらけ出されている。そのことにさすがのタケミもわずかな羞恥を感じ、頬を赤く染めていた。
しかし対するトムは、まったく表情を変えず軟膏を塗っている。
(どうも初めて会った時から、真面目腐った感じだが……。こいつはどうしてこう、真摯なヤツなんだ……)
自分を負かした、剣の使い手。
タケミの、転生前に培っていた多彩な剣術を唯一凌駕した相手である。
それがどうして、こうも真摯に自分を助けようとしているのか……。
「なぁ、トム」
「なんですか、タケミさん」
トムは軟膏を塗り終えタケミより離れる。タケミは上着を着なおした。
「どうしてお前は、そこまでして俺を助けてくれたんだ?」
「それは決まってるじゃないですか。ボクはあなたに恋をし、そして求婚し、見事婚姻の契りを交わした。夫が妻を助けるのは当然の行為で……」
「お前は……俺みたいな粗暴なヤツが好みなのかよ」
「粗暴、ですか。そんなの、男剣士科のヤツらに比べれば全然ですよ」
「そりゃ、あんなやつらと比べられちゃあなぁ……」
タケミも元男なので、男が欲情に駆られるのもわからなくもない。
それを現実の行為として実行してしまえば、犯罪となるのだが。
「『火鼠隊』の生徒に関しては、ボクおよびほかの生徒も手を焼いていたんですよ。騎士学園にはときおり、合法的に“人殺し”や“強奪”を行いたいがために暗殺騎士団を目指す輩が現れるそうで、毎年問題になっていたそうです」
「暗殺騎士団ねぇ……」
「魔王が倒されて100年、魔物の数も減ってきて騎士団の仕事も減って、騎士団の使命感が減っている……なんて、よく言われていますからね」
「まぁ、どこの集団にも一定数のならず者が現れるってコトだろうな。女剣士科だって、いろいろあるもんだし……」
ふと、タケミはエルクのことを思い出した。
エルクにフェネ、セレナ。黒ウサギ隊の団員たちをタケミは置いてきてしまっている。はたしてあいつらはどうしているのかと、タケミは不安感に駆られる。
「……トム、とにかくありがとうな。この恩はいつか返そう」
「恩なんてそんな、ボクとタケミさんの仲じゃないですか」
タケミはそんな他愛のない返答を受け流す。
「すまないが、俺の団員が心配だ。おいとまさせてもらう」
タケミはそう言い捨てて廃墟を後にしようとした。
「待ってください、タケミさん」
すかさずトムが声をかける。
「ボクがここにきたのは、タケミさん、あなたに尋ねたいことがあったからです」
「なに……」
タケミはくるりと後ろへ身体を向け、視線を下に、背の低いトムの顔へと向けた。
「……どうも今回の行軍、タケミさんの一件のみならず、あちこちで問題が起きているみたいなんです」
「問題って……。団どうしのつぶし合いでも起きてるのか」
「すべての団でというわけでなく、あくまで一部の団で、でしょうけど。ついさきほど、ボクの仲間が不穏な噂話を耳にしまして」
「噂話……」
トムはじっとタケミの目を見据えていた。
「『タケミ・ファルコナーの騎士団、黒ウサギ隊が解散して、団長のタケミ・ファルコナーは蛇鶏隊に急きょ移った……』なんてウワサを耳にしましてね」
「なんだって……」
タケミはその根も葉もない噂に茫然としていた。
「タケミさんがボクらの隊に移ってないことは、団長のボクが誰よりも分かっていることです。なにが原因でそんな噂が独り歩きしたか知りませんが……。あの、火鼠隊のヤツらが演習前からコソコソと準備をしていたことを思い返しまして、もしかしてと思って探してみたら、案の定タケミさんが襲われていたんですよ」
「そう……だったのか」
「火鼠隊のヤツらは暗殺騎士団を目指すだけあって用意周到でしたけどね。おかげで、あいつらの居る場所を特定するのに時間がかかりましたが、どうもあいつらは失念していたようでね」
「失念……とは」
「タケミさん、あなたの声が聞こえたんですよ。『くっ……いっそ、俺を殺せぇ――!
』という、大きな声が聞こえたもんですから」
「はっ……………………」
タケミは思わず口元を押さえた。乙女みたいに。
「というわけで、ボクはあなたを救う勇者として馳せ参じたまでです」
「……とにかく俺は、お前の真摯さに救われたというわけか」
タケミはふぅとため息を吐いた。
「それでですね、タケミさん」
「まだ……なにかあったのか?」
どうもトムの話はまだ続きがあるようだ。
「タケミさん、いなくなったのはあなただけではないんです」
「な、なんだと!?」
「エルクさんが……どうも、『牛飼い隊』の団員と歩いているところを見かけた……という情報がありましてね」
「牛飼い隊……」
タケミは思い返す。団の人間について詳しくは知らないが、女剣士科のだれがどこに入っているかはそれなりに解っている。
「牛飼い隊って……ホーンとか、エルクを虐めていたヤツの隊じゃ……」
「たしか、そんな話を耳にしたことがありますね。ボクは、よくわからないですが……あまり、エルクさんが“いい雰囲気じゃなかった”と、ほかの隊から聞いています」
「いい雰囲気じゃなかった……」
エルクを虐めていた女生徒、ホーンたちと一緒なら“いい雰囲気じゃない”のは当然だろう。
だがなぜ、そのいい雰囲気じゃないホーンたちとエルクが一緒だったのか……。
「まさかエルクは……俺を探すために外に出て……。ホーンたちに捕まったのか……」
「……それも、ありえるかもしれませんね」
げんにタケミ自身も火鼠隊に捕まっていたのだ。
この演習という、教員による縛りがない状況下。問題を抱えたエルクが“一人”となったらどうなるか……想像に難くない。
「クソッタレっ! 俺がヘマしている間にエルクが――!」
タケミはトムに背を向け廃墟を出ようとする。
「タケミさん、そんな怪我の状態で走ったら……」
「ぐっ……」
タケミは腕にびりびりと衝撃を受ける。いまだ、痺れ薬の効果は健在のようで歩くだけで響く状態である。
「こんな怪我……大したことねェ! なにも殺されたわけじゃねぇんだ! ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
タケミは声を荒げ、乱暴に走り出す。
こんな痛み、生ぬるい。
“死んだ”ときの痛みの、千分の一にも満たない。
走れ、走れ。
とどけ、とどけ。




