第五章 『以心伝心の黒ウサギ隊』B
「タケミさぁ――ん! タケミさぁん!」
エルクは村の中を必死で駆けまわっていた。
宿屋の主人、お店の店主、酒場、教会、騎士団集会の支部といろんなところをあたりタケミのことを訪ねていった。
しかしタケミの姿を見たという声はなく、エルクは途方に暮れていた。
(タケミさん、どうして……)
とてつもない不安に駆られるエルク。
今のエルクには支えとなるものがまるでなかった。頼れるタケミも、フェネもセレナも。エルクはまた、独りぼっちとなってしまった。
(ひとりでも、タケミさんを探さないと、でも……)
エルクには力がない。路地を駆けるのもやっとで、ただ額に汗が零れ落ちる。
自分にはなにもない。
それでも、エルクはタケミを探し出そうとした。
自分を救ってくれた、“姉”のようなタケミを。
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娼婦の娘。
エルクはケルベロス騎士学園の高等部に入ったさい、高飛車な同級生にそんな嫌味を突きつけられた。
エルクはもともと、ホークアイ家の本当の“娘”として生まれた。
父と母。そして、自分の姉である「エルザ」を慕い、明るく健気に過ごしていた。
しかし、エルクが齢15となったとき――
『お前は私たちのほんとうの娘ではない』
と、事実を告げられた。
エルクは実は、父が拵えた隠し子であった。そのことを隠すため両親はエルクと、姉のエルザに事実を伏して生きてきたのだ。
しかし事実を隠し続けることに限界が来た。
年を経たエルクはいずれ誰かと婚姻することとなる。そのさい、自分の出自を偽ったままだと厄介なこととなる。
そういうわけで両親は苦肉の策でエルクに事実を告げたのだ。
しかしそんな事情、まだ若いエルクには理解できなかった。
ただ自分が両親から偽りの愛を受けていた。みんなから、そして慕っていた姉からも騙されていた……。
そして騎士学園へと編入され。
厄介払いされたのだ。
そんな憔悴しきったエルクに、追い打ちをかけるように、学園の同級生はエルクを罵ったのだ。
「あんたは穢れている」「はしたない」「生きていて恥ずかしくないのか」
ホークアイ家という、侯爵家の生まれであったがゆえ、いっそうエルクの風当たりは厳しかった。ホークアイ家は起源をたどれば王族のひとりで、その末裔の娘は“姫”として崇められるものだが、姫でないエルクは、その姫を貶めた存在――なんて思われていた。
自分はただ、なにも知らず、なにも分からず生まれ出ただけなのに。
どうして、理不尽にののしられるのか。
そんなとき、
『目障りで耳障りだ。なんの遊びか知らんが、授業の邪魔をするならいまからここから失せろ』
座学の時間、エルクへと嘲笑をかけていた生徒たちに対し、毅然とした態度で怒声を放つ生徒がいた。
それは自分と同じ、高等部より編入してきた、タケミという生徒であった。
タケミはお嬢様剣士の風上にも置けない、粗暴な性格のせいで、学園内で悪く目立っていた。背筋はまっすぐでいいものの、座るときはスカートであることを憚らず足を大開きにしたり、食事も大盛でガツガツ食べるという、容姿端麗でありながらそれを台無しにするような、豪快な性格だった。
それゆえ、気にしない。
侯爵や娼婦の娘だの。エライだの愚かだの。タケミにとってはどうでもいいことだった。
ゆえに、授業中に陰湿に嘲笑の声を上げる女生徒に苛立っていた。
ただムカついて、タケミはその女生徒たちに怒声を浴びせたに過ぎなかったのだが。
『な、なんですのあなた! そこの娼婦の娘をかばうつもりですか!』
『私たちに失せろなんて……言葉を慎みなさい!』
『言葉を慎むべきは、お前たちだと思うがな。まだわめくと言うのなら、力づくで排すまでだ』
タケミはぶん、と訓練用の刃のないロングソードを振る。あくまで牽制のために振るったタケミだが、その突風のような剣速に女生徒たちは凍り付く。
『へ、編入してきた人間が粋がるんじゃないですわ!』
『そうですわ! 剣で雌雄を決するというのなら、明日の実戦訓練でやりますわよ!』
そうして事態は大事となり。
結果的にタケミはエルクを罵っていた女生徒たちを圧倒し。
結果的にタケミはエルクを救ったことになった。
要はタケミは、ただ授業の邪魔と思ってエルクを虐めた女生徒に誅を下したにすぎない。
しかしそれでもエルクはうれしかった。
動機はどうであれ、自分を救ってくれたタケミ。
ガサツで声がデカイ。鍛錬はスパルタという、おかしなところばかりだけど否めない。
なによりもタケミはまっすぐだったから。
勝手に慕った自分を、まっすぐに見てくれたから――
(私は、ずっと助けてもらってばかりだった……)
エルクの足は村の外れまで移っていた。
半日中走りづめでエルクは疲れ切っていた。足が前日の疲れも重なって重くなっているが――
(一度でもいいから、タケミさんに、恩返ししないと……)
そう切に願ったエルクのもとに――
「あらぁ、あなたは」
「……!」
エルクの目の前に見覚えのある女生徒たちが並んでいた。
女剣士科の同級生。
エルクを罵っていたグループ。それらが、顔を合わせて騎士団をつくっていた。
「どうしたのぉ、エルクさん? あなた、あの粗暴なタケミ・ファルコナーの騎士団にいたんじゃないの?」
「そ、それは……」
エルクは口ごもる。
女生徒たちはエルクをぐるりと囲むように近づいてくる。エルクの退路を断つように、詰め寄ってくる。
「まさかあなた、騎士団を追い出されたのかしら?」
「そ、そんなこと――……」
エルクの言葉は小さくなっていく。
「かわいそうにねぇ、あの粗暴なタケミ・ファルコナーの騎士団じゃ大変だったでしょ?」
「ならエルクさん、私たちの騎士団の仲間になりませんこと? 私たち、あなたみたいな優秀な“仲間”が欲しかったんですよねぇ」
「えっ……」
掌返しなそんな台詞。
エルクはわずかに逡巡したが、エルクにはすでに選択肢はなかった。
エルクは、女生徒たちの騎士団『牛飼い隊』に包囲され、両腕を捕まれていたのだから。




