第五章 『以心伝心の黒ウサギ隊』A
タケミたちの泊まっていた宿、パープル亭。
その2階、黒ウサギ隊御一行の部屋は、昨日の浮足立った雰囲気とは打って変わった、静かなものとなっていた。
「……………………」
エルクはベッドに座り込み。
フェネは部屋の隅っこに座り込み本を読み。
セレナは落ち着きなさ気に部屋を歩き回っていた。
今日はドラゴン討伐のため、黒ウサギ隊は凪の丘へと朝早くから向かう予定であったが……。
肝心の団長であるタケミが不在となっていた。
タケミは昨晩、団員になにも言わず宿を出ていってしまった。
何の連絡もなく。
ただ『不用意に宿から出るな』と言われたばかりであった。
「タケミさん……まさか、誰かに連れ去られたんじゃないでしょうか!」
エルクはおもむろに、震えた声でつぶやいた。
「……なにを言う。あの剣術バカは誰かに連れ去られるようなヘマはせんだろう。なにせ、この魔導士の童を倒した奴じゃ。おおかた、夜に遊びに出て、そこで寝過ごしてしまったんじゃろうな」
「タケミさんはそんなことしません!」
エルクは立ち上がり叫んだ。
「……そう、ですね。タケミさんに限って、勝手に出かけるなんておかしな話です。なにか事件に巻き込まれたんじゃ……」
セレナは窓へと目を向け、外の様子をうかがっている。
「なら、タケミさんを探しに行きましょう! 私たち全員で行けば、きっと見つかりますよ――」
「じゃが、タケミから宿から勝手に出るなと言われているじゃろ?」
「それは、そうですけど……」
エルクは顔をうつむけた。
「もしかしたら、タケミは――童たちを放って行ってしまったのかもしれんぞ」
「なん……ですって」
フェネのその言葉にエルクはつばを飲み込んだ。
「言っておったろう。タケミのヤツ、あの男剣士科のトムとかいうやつに団に誘われていたではないか。その団のほうに誘われて、童たち“足手まとい”を放って行ってしまった……とかな」
「そんなこと……ありえないじゃないですか!」
エルクは声を荒げる。
「要はこの演習、結果を出せばいいんじゃから、途中で単独行動に移っても問題ないんだろうな。タケミは義理で童たちに付き合っておったが、その実、男剣士科と演習をこなしたかったのではないか? どうもそんな節が見えてのぉ」
「そんなこと……」
「しかし、タケミは童たちと居て“楽しそう”であったか?」
「――……」
エルクは思い出す。
タケミは団のだれよりも真面目に演習をこなそうと準備をしてきた。
対するエルクたちはそんなタケミに文句を言いながら付いてくるばかり。
自分たちはタケミに世話になりっぱなしだった。
自分の欲のためだけに、タケミを服屋に誘い、露天風呂のさいも迷惑をかけてしまった。
そんなことがあってもタケミは笑顔を振りまいていたが――
(私たちに、愛想をつかしてしまった……)
ときおりエルクは思うことがある。
はたして自分と居て楽しいだろうか。タケミはただ自分に合わしているだけじゃないだろうか。
初めて会った時からずっと、エルクはタケミの言動の節々に“無理”をしているところを感じ取っていた。まるで、魂と体が合っていないような……
(ずっと、無理をしていたんですか……タケミさん)
「なんにせよ、じゃ」
フェネはパタン、と本を閉じ顔を上げる。
「あやつは散々童たちに規律を守るよう強要してきておいて、今回は勝手に童たちから離れおった。こっちは義理で団員になったというのに、無礼なやつじゃ。あやつが出ていくというのなら出ていけばいい」
「出ていくのは……あなたでしょう!」
エルクはため込んでいた怒りを放出した。
「なんなんですかさっきから! タケミさんが私たちを放っていったとか、無礼だとか勝手なこと言って! あなたにタケミさんのなにが分かるんですか!」
「あんなやつ、知ったこっちゃないぞ」
「あなたは……。このまえの“事件”のことも終わってないのに、まだ私たちに迷惑をかける気ですか!」
エルクの言葉に、セレナが目を瞬かせた。
「事件? ああ、あのお主たちの部屋が襲撃された事件のことか?」
「あのときの事件も、いまの事件もきっとあなたが原因なんでしょう! どんなことがあったか知りませんけど、もうあなたはタケミさんに関わらないでください!」
「え、エルクさん、あのときの事件は――」
セレナが言おうとしたとき、
「セレナさん、こんなやつの味方をする気ですか? あなたなら、分かってくれると思っていたのに……」
「だ、だからエルクさん、それは……」
「タケミさんが攫われたのかもしれないのに、みんなタケミさんのことを心配しない! みんなみんなタケミさんのことをさんざん利用して、文句ばかり言って! もうあなたたちなんか知りません!」
エルクはフェネとセレナに背を向ける。
背負い袋を肩にかけ、ローブを羽織るとエルクは振り向くことなく扉をあけ放つ。
「え、エルクさんどこに……」
「決まってるじゃないですか! タケミさんを助けに行くんです!」
「で、でも一人じゃ危ないわよ。それにどこに行ったか宛はあるの……?」
セレナの冷静な言葉は、いまの頭に血が上ったエルクには届かなかった。むしろエルクの心を逆撫でするばかりだった。
「もうあなたたちなんか知りません! さようなら――!」
「エルクさん!」
エルクは乱暴に扉を閉めて、部屋を後にした。
いっそう静かになった宿の部屋にフェネとセレナの二人だけとなってしまった。
「はん、短気なやつじゃ。なにを勘違いしておるか知らんが、勝手に出ていきおって。タケミが戻ってきたら、どんなふうに怒られるか見物じゃのぉ」
「タケミさん……帰ってくるんでしょうか?」
「さぁな。どうせ探すあてもないんじゃ。宿で待機しておるのが賢明じゃろう」
フェネは本を再び開き、黙々と読書をつづけた。
一方そのころ。
タケミはようやく目を醒ました。
「ん……ぁ……」
建物の中、にしてはずいぶん涼しい。
ぼろぼろの、木の壁がいくらか抉れている、廃墟の中にタケミはいた。
腕と足を、ロープに拘束されて。
「ヒッヒッヒ、お姫様のお目覚めだぜぇ」
ぼんやりと正面を見る。そこに遠征用ローブを着込んだ、自分と同い年くらいの男――おそらく、騎士学園の男剣士科の生徒らしき人物がいた。
男剣士科の生徒は基本、剣士ゆえ顔立ちがいかつい方である。なかにはトムのような美男子もいなくもないのだが、タケミが転生前の男子校でよく見ていた、体育会系の男が過半数を占めている。
その体育会系な、大きめの生徒が5人。
顔も大きく、オークのようである。人の顔をオークと評するのは失礼かもしれないが、どうもタケミの目の前に見える生徒たちは、本能むき出しの下卑た表情を浮かべているため仕方ない。
「おい、お前たちっ……」
タケミは眠気が覚めるような大きな声を放つ。
「俺を拘束して……いったいなにをする気だ?」
タケミはできるだけ気丈な表情を浮かべ、生徒たちを挑発する。
思い出す。自分は昨晩、暗殺者によって矢を射られ、昏倒したのだ。
そして廃墟。手足が拘束され――と、自分が暗殺者たちに捕らえられたことは分かっている。
男たちのひとり、四つん這いでタケミに近づく、頭がボウズの大きな男。そいつはタケミの肩へと手をかける。
「ぐっ……」
「どうだ? オレたちの矢は利いたか?」
そこはどうも昨晩矢を受けたところだ。
「矢に痺れ薬を塗っておいたんだ。それで朝までぐっすりというワケよ」
「矢……」
「オレたち『火鼠隊』はいろんな種類の武器を使う、武器マニアの隊でな。卒業後は暗殺稼業で仲間と一緒に稼ごうと思っていたんだが……」
ボウズ男はにやりと顔を歪ませる。
「今回はその暗殺稼業の練習ってワケで、女剣士科の誰かを攫おうと思ってな」
「なん……だと……」
タケミの悲痛の声に対し、ボウズ男のうしろの生徒がゲラゲラと笑い出す。
「ほんとうは2年のエルク・ホークアイを攫おうと思ったが、どういうわけか、タケミ・ファルコナー、あんたが出てきたからな。でもま、学園一の剣の腕のあんたを負かして、“凌辱”するってのもアリかと思ってな」
「りょ、凌辱!? な、なにを言ってるんだお前たち!」
タケミは首を伸ばし抗議の声を上げる。
「オレたち剣士科の男はいろいろたまってるんだよなぁ。挙句にタケミ“ちゃん”、あんたに決闘で負けたとなれば……あんたをはけ口にしたくなるのも、無理もないよなぁ?」
「たまってるって……まさか……」
いわずもがな。
タケミは学園一の剣の腕と、そして男から惹かれる美しさも持ってしまっていた。
それゆえ、合同訓練のさい、“求婚”させられるハメになったが……。
「トムさんとの婚姻の契りがあると聞いているが関係ない、オレたちがあんたの“初めて”を奪ってやる」
「初めてってなんの初めてだぁ!」
タケミはこの状況からすでに、男たちがなにをしでかそうか分かっていた。
つまり、そう、あれだ。
不良生徒が女子高生を襲って性的暴行――なんて、転生前の世界でも少なからず起こっていた事件を起こそうとしている。
しかし、今回の事件は勝手が違う。
(俺は、元男だぞぉ――!)
はたして、タケミの初めては奪われてしまうのか。




