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第四章 『乙女たちの珍道中』E

「もうタケミさぁん、恥ずかしがっちゃってー」

「あれくらいのスキンシップでのぼせるとは、やわなやつじゃのぉ」

「まーまー、誰にだってはずかしいことくらいありますよねー」

 風呂上り。黒ウサギ隊4人は宿のひとつの部屋に集まっていた。

 タケミの立場はすっかり逆転していた。

 さきほどの風呂での騒ぎでタケミはとんでもない失態をしでかした。それを肴に団員たちは会話を弾ませている。

「お前たち……俺をダシにして仲良くなるのもいいが、明日の準備もしっかりしておけよ」

 立場を返上するためタケミはいつものカタブツな口調でそう言った。

「そーですね……。あしたはいよいよ、ドラゴン退治ですか」

「はん、童にとっては朝飯前のことじゃ」

「油断は禁物だ。みんな、ちゃんと明日の戦闘用の竜鱗衣スケイルメイルは出してあるな?」

「ああ、アレですね」

 そう言ってエルクは袋から一枚のローブを取り出す。

 それは竜鱗衣という、ドラゴンの鱗でできた耐熱用ローブである。

「ドラゴンは火を吹くから、竜鱗衣は忘れず着用することだ。特にエルク、お前は剣士として俺と一緒に特攻することになるから注意するんだぞ」

「はい、タケミさん!」

「それと……エルク、ドラゴンと戦うさいの囮なんだが……」

 タケミは歯切れ悪く、思案しながら言葉を続ける。

「囮は危険な役だから、俺がやるほうがいいだろう。エルクは、ドラゴンにトドメを刺す役に回って――」

 タケミがそう言おうとしたとき、

 エルクはいままでの弛緩した表情とは打って変わって、引き締まった表情を浮かべる。

「タケミさん」

「な、なんだエルク……」突然の豹変にタケミはしり込みする。

「……私、こわいですけど。やっぱり、トドメを刺すのはタケミさんがいいと思います」

「なんだって……」

 予想外の返しに、タケミは身じろぎをする。

「ドラゴンにトドメを刺すのは難しいんですよね? なら、一番の難所はタケミさんにやっていただくのが最適だと思います。私はタケミさんほどの剣の腕はありませんから、囮になるほうが最適に決まってます」

「ま、待てエルク。たしかに、お前の言う通りの采配のほうが最適かもしれないが……」

 タケミも理屈でも分かっている。ドラゴンの腔内へ剣を刺すのは難しい。ドラゴンに気づかれる前に素早く、外すことなく剣を入れなければならない。間違えれば足止めをしているフェネとサポートのセレナに迷惑がかかる。

 しかしタケミがその役になるとエルクが囮役となってしまう。囮役はドラゴンの攻撃を受けてしまう危険な役で、タケミは気持ち的にエルクにそれを当てることを避けていた。

「囮役だと、お前が怪我をしてしまうかもしれないし……」

「だいじょうぶです。これは演習なんですし、まぁ、本気でやらないといけないですけど。でも、だからこそ、囮役は私がいいと思います」

「エルク……」

「タケミさん……私は……タケミさんの力に、なれないでしょうか……?」

 エルクは少し涙ぐんだ顔でタケミを見つめていた。

 その目は本気の目だ。女の子らしいエルクだが、ときおりエルクも本気の目を浮かべる。腐っても騎士学園の騎士見習いなのだ。

 タケミは知っている。本気のヤツにはどうすればいいかを――

「わかったよエルク。お前がそこまで言うなら、囮役はお前に任そう」

「タケミさん!」

「そのかわり絶対怪我するなよ。怪我をしたら俺が補習訓練を課してやる!」

「は、はい! 明日は精一杯、がんばらせていただきます!」

 エルクは目をかがやかせタケミに笑顔を見せていた。


 その夜――

 タケミはひとり、モーントの村を歩いていた。

 街灯なんてシャレたものもちろんないこの世界。夜はランプを点けないかぎり月と星の光しかない、暗闇の支配する世界だった。

(この世界に5年もいるが、やはり夜は心細いな……)

 そう思いながらもタケミは夜の中を歩いていた。

 なぜこんな時間にタケミは一人歩いていたかというと――

『娼婦の娘よ、夜に村の奥の「ブラウン亭」という宿屋へ来い。

 来なければおまえの秘密をあばいてやる』

 タケミの手に握られた羊皮紙にはそんな文言が書かれていた。

 その脅迫状らしき手紙は宿の部屋のベッドの上にあったもの。タケミが一番に宿に着いた際に見つけ、エルクに見せることなくしまっておいたものだ。

(エルクにこれ以上心配をかけたくない。これはエルクに内緒で解決しようか)

 手紙には差出人の名前はない。しかし筆跡の感じから、どうも“男”ではないかと目星はついていた。男と女の人生を経験しているタケミは、自然と男らしい筆跡と女らしい筆跡の区別がついていた。

(文体から考えても男っぽいが……しかし、男剣士科の男子がエルクにちょっかいを出したことなんてなかったけどな)

 エルクはいじめを受けていたことがあるが、相手は女であった。

 なにより女剣士科のタケミとエルクには、それほど男剣士科の人間に知り合いはいない。なら、見知らぬ男剣士科の相手からの脅しか?

(いまは演習中で、教員の目が届いていないことをいいことに、男どもがちょっかいを出した……?)

 もちろん、演習中に相手の団員にちょっかいを出すのはご法度である。

 しかしそれも目につかなければ問題にならない。じっさい、演習中の団どうしの諍いがあったことも、過去の演習であったようだし。

(ほかの団も今晩あたりまでにモーントに着いていたんだろう。エルクたちは宿にいるから、大丈夫だろうが……)

 なんにせよ、いまは脅迫状の相手を処理しなければならない。

 エルクの“秘密”については気になるが、とにかくタケミは差出人をいつもの“訓練”のように、剣(峰打ち)で倒して白状させればいいと思っていた。

(この俺に手紙が見つかったのが運の尽きだ。不埒な男どもはこの俺の剣で――)

 タケミが携えていた訓練用の刃のないロングソードの柄に手をかけたとき。

「はっ――」

 タケミは身体を180℃旋回させた。

 タケミの右腕をひゅ――と、尖った物体が通り抜けた。

(矢……かっ!)

 騎士学園では剣や魔導による攻撃が主流で弓矢やボウガン、槍などの武器はあまり使われない。弓矢などの飛び道具は魔導術で応用できるため今では廃れてしまっているそうな。

 しかし、使い手がいないわけでもない。

 タケミはひとまずその場から駆け出す。しかしそのタケミの足元にシュ――と、矢が突き刺さる。矢は石畳の隙間に嵌っていた。

(間を置かずに放たれている……。いや、二人か複数の射手がいるのか!)

 矢での攻撃はタケミにとって想定外だった。一応訓練で魔獣の放つ魔導攻撃への対処法を学んでいるが、相手が意思を持つ人間となれば勝手が変わるし、矢という小さく速い飛び道具は脅威である。

 しかも今は夜。駆けながらタケミは横目で射手を探すが、闇に紛れはっきりとわからない。建物にでも隠れられてしまえば探しようがない。

(どうすればいい……)

 相手の場所も、正体もよくわからない。あの脅迫状の人間によるものだろうか。脅迫状をだしに、エルクを弓で射貫こうとしていたのか。

(つまりは……暗殺か)

 相手は意思を持って自分を撃とうとしている。ならばタケミは戦うしかない。生き延びるために。

 タケミの肩にむけて矢が――

「このっ――!」

 タケミはぶん、と剣を引き抜き、そのままの流れで矢を“斬った”。

 ざわり、と右ななめに見える煉瓦造りの建物の屋根より音がした。

「そこにいるのか暗殺者! 臆病者め降りてこい! 俺はタケミ・ファルコナーだ! エルクに手を出すなら俺が相手してやる!」

 タケミはよく通る声で、屋根に向けて叫んだ。相手をけん制するために叫んだのだが、

 ひゅん――

 と、左方向からも矢が飛来する。タケミは反射的にそれを斬る。

 矢はタイミングよく真ん中あたりで剣に当たり、二つに折れて道に落ちた。

(タイミングが命か……。前の世界のゲーセンでやった、音ゲーみたいなものか)

 現代人だった、からこそタケミのタイミングは研ぎ澄まされていた。

 タケミは恐怖心を殺し、飛来してくる矢を機械的に斬り伏せていく。暗殺者が放つ矢は石畳の上を敷き詰めていく。

(相手があきらめるまで戦うしかないのか……)

 矢を斬り伏せるタケミはすっかり精神を衰弱させていた。

 見えない敵と戦う恐怖と、集中力。それらの負荷がタケミを襲う。それに加えて行軍での疲労も乗っかり、タケミは険しい顔を浮かべていた。

「うぁあああああああああああああああああ!」

 喝を入れるためタケミは声を上げる。人払いでもされているのか、タケミの声に反応してやってくる人間は誰もいない。タケミは孤軍奮闘となっている。

(たったとこんなの終わらせてやる!)

 埒が明かないと思ったタケミは路地を駆け、初めに暗殺者の目星をつけたレンガ造りの屋根の上へと目を向ける。

 タケミはそこに向かって一度も動きを止めることなく、猿のごとく建物を登っていく。止まってしまえばほかの射手に撃たれてしまう。ゆえにタケミは決死の覚悟で建物を登り、目を見開き、屋根の上の暗殺者を見つける。

「そこかぁ!」

「ひ、ひぃいいいいいいい!」

 驚き声を漏らした相手にタケミはまっすぐ突撃する。射手も近づかれてしまえばおしまいである。タケミは射手の首根っこを掴み、そのまま乱暴に屋根に叩きつける。

「ぐはっ――」

「答えろ! お前たちは何者だ! なんのためにエルクを――」

 タケミは頭に血がのぼっていた。

 ゆえに隙を見せてしまったのだ。

 ひゅん――とタケミの肩に矢が貫かれていた。

「ぐはぁあああああああああっ――!」

 痛み――よりもなぜかしびれが先に届いた。

 びりびりと、電気が流れるような、そんな痛み。その痛みはタケミの身体を覆い、まぶたを重くした。

「あっ……」

 タケミは意識を失った。

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