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第四章 『乙女たちの珍道中』D

 モーントの村。山の麓にあるその村はさして特産物のたぐいはないが、“温泉”のおかげで観光地として栄えているとのこと。騎士団の遠征のさいの休憩ポイントとなることがあり、宿泊施設はかなり充実している。

 村の家々は木組みのもの、通りは石畳で。温泉の街ゆえか、わずかに硫黄のにおいが漂い、火照った感じの人々が歩く雰囲気はどこか心が落ち着くものだ。

「ふひぃ……。タケミ……さん、なんとか、命からがら、たどり……つけました……よ」

「しんきろうが……みえるのじゃ……」

「あしがもう枯れ枝ですぅ……」

 3日間の行軍を終えた黒ウサギ隊。

 エルクたちはすっかり疲弊しきっており、タケミも疲れの色を顔に出していた。

「みんな、よくやった。今日はもう昼過ぎだ。宿に泊まって休むといい」

 団員のがんばりのおかげで行軍のスケジュールは半日ほど早めに済ますことができた。本来なら夕暮れ近くにモーントに着くと思われていたが、夕暮れには時間が余っている。

「あした……は、ドラゴンでしたか?」

「そうだな。そのために今日はゆっくり足を癒すがいい」

「そうですねぇ……。こんな筋肉痛の状態じゃあ、ドラゴンなんてとても倒せませんね」

 ようやくの休息に、一同はヒザをがくがく震えさせながら笑みを浮かべていた。

「お前たちが遅いもんだから、先に俺が宿をとっておいたぞ」

「さすがです、タケミさん」

「喜べお前ら! 今晩泊まる宿は温泉宿! ケルベロスの学園生なら半額でイイと気前のいい宿でな。ちゃんと晩飯も温泉もついてお手頃な値段で助かったぞ」

「おんせん……」

 その単語に、一同色めき立つ。

「タケミさん! いっしょに温泉に入りましょうです!」

「い、一緒だと……」

 元男のタケミはその提案に辟易するばかりである。温泉という、ハダカの付き合いへの対処をいまだ考えあぐねていた。

「それよりもー、エルクさん、温泉前に買い物しませんかぁ? たしか、モーントは温泉の村を売りにした小物とか雑貨とか、衣料品とか売ってるみたいですし」

 セレナが微笑みながらそう言った。

 あの事件以来――“騎士団”という集団行動のなか、エルクはセレナとそれなりに打ち解けているようであった。相変わらず、フェネに対してはつんけんとした態度であるが。

「あ、そーですね! モーントにはカワイイ工芸品とかありましたし!」

「童は……お菓子を買いたいのじゃ」

「せっかく来たんだし、いろいろ買っていきましょうか?」

 なんて3人は、修学旅行気分でふわふわした会話を弾ませている。

「お前たちは……ここに何しに来たと思ってるんだ……」

「た、タケミさん……で、でも、明日まで時間はあるんでしょ? なら、ちょっとぐらい、お店を覗いてもいいんじゃないですか?」

「まぁ、明日の戦闘に差支えがないなら……別にいいけどな」

 タケミとしては明日に備えて心と体を落ち着けておこうと思っていたのだが、どういうわけか団員たちはモーントの村に並ぶ雑貨屋や菓子屋に目を輝かせている。さきほどまでの疲労の色はどこへやら、明るい顔に変わっている。

「わかった。行軍が順調に進んだごほうびだ。いまから日が暮れるまでは自由行動だ。日が暮れるまでに、村の入口の宿屋へ戻るんだぞ」

 タケミがそう言い終えると、

「じゃ、じゃあタケミさん一緒にお買い物いきましょー!」

「なっ――」

 がしっと、タケミはエルクに腕を捕まれ、足早に連れられて行く。

「セレナ、童は菓子がほしい」

「じゃあ一緒にいきましょうか」

 フェネたちの方も焼き菓子屋のほうへ二人手をつないで向かっていく。

(ま、待て! これはいわゆる女の子どうしのショッピングというやつなのか……)

 タケミが経験のある女の子とのショッピングといえば、母親の買い物の荷物持ちぐらいである。

 さっぱり勝手がわからない。いったい、女の子はなにを買うんだろうか。

 5年も女として生きてきたタケミだが、そんな常識的なことも分からなかった。


 そしてタケミは未知の世界へと誘われた。

「ぬぁ……」

 そこにパンツがならんでいた。

 パンツ、じゃなくて、“お召し物”といったほうが優雅だろうか。

 綿製、もしくは絹製の布。白っぽい桃色や水色と、比較的どれも落ち着いた色合いのもの。レースがついたり、刺繍がついたり、となかなか趣向が凝られているお召し物がならんでいた。

 そう、ここはまごうことなき服屋の下着売り場。

 タケミはエルクに連れられるがまま、この服屋へ入り服を物色することとなった。

 元男のタケミは、転生前も転生後も服に関しては無頓着な性格だった。転生前の服といえばほとんど母親が見繕ったもので、熱心に選んだ服と言えば剣道着ぐらいである。

 その性格は転生後も変わらず、タケミの着る服は、育ての母フェイが選んだものばかり。一応タケミはカイよりおこづかいをそれなりに貰っているのだが、そのほとんどは剣の手入れと料理研究のための輸入食材購入に費やされている。

 なので、「タケミさんはどんな服が好きなんですかー」なんてエルクに問われても、タケミは適当に返事するしかできないのである。

 それはまぁ、上着や帽子に関しては問題なかったのだが。

 さすがに下着はどうしようもなく。

「タケミさんはふだん、どんな下着を履くんですかー?」

 なんてエルクはふつうに尋ねてくる。

「し、白だ……」タケミは正直に告げた。

「へぇ、でも、タケミさんはもうちょっとカワイイのが似合うと思いますよ?」

「な、なにを言う。下着というのは所詮人に見せないものだろう、なら、機能性を重視して、飾り気のない、吸水性のある綿製の白が最適解――」

「でも、特別な日には特別な下着を付けなきゃいけないって、雑誌に書いてありますよー」

「“特別な日”ってなんなんだぁ!」

 そんなこんなで、タケミはエルクとともに“カワイイ”下着を選ぶことになっていた。

「タケミさん、この下着似合ますかぁ?」

「なぬっ……」

 エルクが手にするのはずいぶんとスケスケな下着である。いったい女子というのはこんなキレイな下着をつけて何をしようというんだろう。

 もしそのスケスケのピンクの下着をエルクが履いた場合――いくらエルクの小さな尻でも丸見えになるんじゃないのか。そんなんじゃ、谷間に食い込むんじゃ……

(って、うがぁああああああああああ! 俺はなにヘンタイなことを考えてるんだぁ!)

 タケミはガンガンと店内の木の柱に頭を打ち付けて煩悩を退治しようとする。

 そんな傍でエルクは夢心地で下着を探している。

「うーん、どんな色がいいかなぁー」

(これは、チャンスだな……)

 エルクの意識は“下着”へと向かっている。

 タケミはお手前のすり足でエルクより音も立てず離れる。難を逃れたタケミであった。


「はっほ、はっほ、なかなかアツくてうまいではないか」

「ねー。ほんとう砂糖たっぷりで疲れが取れますねぇー」

 タケミが服屋を出て路地を歩いていると、フェネたちの姿を見つけた。

 二人は紙袋に包まれた長細い揚げパンをほおばっていた。

「あ、タケミさん。どうしたんです? エルクさんと一緒じゃなかったんですか?」

 タケミの姿を見つけセレナは声をかける。口に砂糖がまとわりついている。

「い、いや……。俺にはまだ下着は早すぎて……」

「はぁ……? よくわかりませんが、揚げパン、おひとつどうですか? エルクさんのも買っておいたんですが」

「ありがとな」

 タケミはセレナより揚げパンを受け取る。甘い匂いが鼻を近づけずとも伝わってきた。

「オヌシはこんなときも慌ただしいのぉ。童たちを見習って、心を落ち着けてはどうかの?」

 フェネはそう言うと、熱心に揚げパンをほおばっていく。小さな口で食べる姿はリスがどんぐりをかじっている姿のようで和むものである。

「……お前たち、俺はさきに宿に戻っておく。行軍の疲れを癒さないといけないからな」

「あらぁ、そうですか。私たちはまだ、このへんをぶらりしようと思ってるんですけど」

「夕暮れまでには戻っておけよ。じゃ、俺は先に風呂でも浴びておく――」

 タケミは足早に、村の入口にある宿屋を目指した。


「くふぅ――――」

 一日の疲れが湯に溶けていく。

 屋外に設けられた、石造りの風呂釜。湯気が立ち込め、硫黄のにおいが微かにする。

 タケミは一人、露天風呂を満喫していた。

 いまはまだ夕方。風呂はもちろん男女別に設けられているが、微妙な時間帯ゆえか男女どちらの風呂場にも、タケミ以外の人はいない様子である。

 なにせタケミは、この人が来ない時間帯を見計らって風呂に入ったのだから。

 何度も言うようだが、タケミはもともと男で、それなりに一般的な男子高校生であったのだ。ゆえに女子のハダカは見慣れておらず、女に転生した後も、自分の女体にしばらくは慣れず、トイレや風呂のさいは苦労したそうな。

 さすがに5年が過ぎ、タケミは自分のハダカに関しては“見慣れて”しまい、いまでは一切緊張せず見ることはできるが――自分以外の、女性のハダカに関してはいまでも正視できないでいた。

 幸いにもタケミの寮室は個室でバスルームも各々ついていたため、共同で風呂に入るという危機は免れていた。もっとも、訓練後の“着替え”に関しては更衣室を使うため、そのさいは時間を見計らい、皆がいない間に着替えるという荒業をこなしていたのだ。

 そして今回の露天風呂である。

 現在女のタケミは女風呂に入らなければならない。

 それゆえ、ほかの女性客とハダカの付き合いというのをしなければならない。それはずいぶんとうらやましい話にも聞こえるかもしれないが、徹頭徹尾フェミニストなタケミは律儀にもほかの女性のハダカを視ないよう、こんなふうに時間を見計らって風呂に入っていた。

(エルクたちはまだ店を見回っているし、バッティングすることはないだろう。おそらく)

 エルクたちと風呂に入るなど、タケミにはできないことだ。

 タケミにとってエルクは律儀で謙虚な女友達。そんな純真な子と、元男であった自分が風呂に入るなど、あってはならぬこと、とタケミは断定していた。

「さて、上がるか」

 ざば、っと。湯をしたたらせタケミは裸体のまま立ち上がる。

 まるでその動作がスイッチになったかのように――

 がらららら、と引き戸の音。だばだば、と足音がとどいた。

「!」

 アタマに感嘆符を浮かべるタケミ。

 タケミが見る正面に、見覚えのある顔がずらり。そして未だ見たことない、白い肌の身体がみえ、見えていた。

「あ! タケミさんやっぱりさきに入ってたんですね!」

「せっかっちなヤツじゃのぉ」

「ふふふ、みんなでお風呂なんてはじめてだから、ドキドキだわぁ」

 イッタイナニガオキテイル。

 タケミが目を泳がせるなか、聞き覚えのある声が響く。

 どうも、エルクたちが風呂へと入ってきたようだ。なんの問題はない。なにせここは女風呂で、女の子が入ってくるのはあたりまえ。なんだけど。

「な、なぜお前たちはここにいる!」とタケミは問うた。

「それはこっちのセリフですよタケミさん! もぉ、私を放ってタケミさん宿に帰っちゃって、そんなに服選びつまらなかったんですかー?」

「い、いや……そ、そんなことよりエルク! 服は! 服はどこに!」

「なにいってるんですかタケミさん、お風呂だからハダカにならないと」

「なんでここだけ日本の文化リスペクトなんだぁ!」

 裸の付き合いとは、タケミにとっては災難である。震えるタケミをよそに、団員たちはぞろぞろと温泉に浸かっていく。

「ほらぁ、タケミさんも入りましょー」

「ま、待て! 俺は今から上がろうと……」

「ちゃんと入らないとカラダが癒えませんよー」

「や、やめろぉ! こ、こらエルク! 俺のカラダにさわるなぁ!」

 エルクはタケミの素肌にぴたっと触れる。つまるところそれはエルクの肌にぴたっと触れることと同義であり。

「わ、わ、た、タケミさん! お、お腹がカッチカチですよ! ふ、腹筋が割れてるんですか!」とタケミの腹筋をなでるエルク。

「ば、ばかくすぐったいぞエルク! は、腹の割れ目を触るなぁ!」

「こっちの割れ目も大きいのじゃ」

「ひょわっ!」

 タケミは自分でもびっくりするくらいの、女の子らしい声を上げた。

 フェネはその手に――タケミの、掌にぎりぎり収まるほどの大きさの胸をわしづかんでいた。

「な、なぜ俺の胸を……揉むんだ!」

「この胸は大きすぎるのじゃ、童のつつましやかな胸にほんのすこし分けるがいい」

「これは着脱できん装備だぞ!」

 腹筋を触られ、胸を触られ、恥辱のかぎりをなすがまま受ける団長、タケミ。

 自分がスケベじゃない。これでは逆スケベだ。

 もはやタケミは自分が男だったか女だったかわからなくなる。身体は女なので、体をこうもぺたぺたもみもみ触られれば、感じたくなくても感じてしまうもので。

「あ、わ、うっ……にゃ、やめろ! せ、セレナ! せめてフェネだけでも引きはがしてくれ!」

 タケミは最後の望みであるセレナへと声をかけるが、

「うふふふ……こんなおもしろいこと、私も参加しないとつまらないじゃないですかぁ」

「お、おいお前!」

 セレナは裸体のまま、湖畔の妖精のごとく、湯船を歩きタケミへと近づいてくる。

 その諸手を広げ、腕を開いて、抱擁のポーズをとる。

 セレナの胸は……タケミよりもはるかに大きく、湯船に浮かぶ月のシルエットのよう。

「私もタケミさんの身体を触らせてぇ!」

「近づくなぁおっぱい――!」

 接近するおっぱい。

 を避けるため、タケミは腕を振り、腰を回し、まとわりついていたエルクとフェネを引き剥がす。

 手が離れた瞬間、タケミは露天風呂の出口へと全裸で駆けていく。

「ぬぉおおおおおおおおお!」

 タケミは思った。

 金輪際、女の子と一緒にお風呂に入らないと。裸の付き合いなぞごめんだと。

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