第四章 『乙女たちの珍道中』B
見習い騎士団演習。
それはいわば、行軍と実戦を兼ね備えた、実践的な訓練である。
騎士団とはすなわち軍である。魔物などの敵と交戦するさい、“移動”も必要となり、その移動のための準備も必要。もちろん移動後の“実戦”が一番の頑張りどころであり、そして団員たちの統率も団長の仕事となる。
「まぁというわけでだ。いよいよ明日、俺たちは行軍となるわけだが、みんな準備はできているな?」
いつもの食堂へと集まった皆は明日の打ち合わせをしていた。
明日の朝より、タケミたち『黒ウサギ隊』は行軍を始める。ほかの隊も明日の0時より各自好きな時間で自主的に出発するとのこと。
「明日はここを早朝5時に出る予定だ。簡単に、これからの予定を説明する。配っておいた『しおり』を確認してくれ」
タケミは用意周到に、行軍のための『しおり』を作っておいた。
レーザープリンターなる便利なモノがないこの世界で、タケミは銅板の印刷機で50ページに及ぶそれを3日かけて仕上げたという。
エルクたちは“しおり”を手にしまじまじと眺めている。
「行軍にはおよそ3日かかる。言ってしまえばたった3日、ハイキングみたいなものだ」
「ハイキング……。でも、目的地の『凪の丘』は山のむこうですよ」
「3日間ほとんど歩き詰めになるが、ちゃんと通りやすいルートを調査しておいた。俺たちは3日間で山を越える。そのための準備として食料もちゃんと用意しておいた」
「た、食べ物ですか」
「できるだけ、“戦闘”のための用意に資金を回したくて、食料は最低限のものにしておいた。携帯食と保存の利く食べ物。水はある程度持って行って、足りなくなったら朝露か川の水を汲んで調達する。水は寄生虫が混じっているかもしれないからちゃんと蒸留したものを飲むこと。風邪を引いたり、怪我をしたりしたら団の皆に迷惑がかかるから、各々体調管理はしっかりするようにな」
「は、はぁ……」
「食料のほかに持っていくものは、明かり用の油と、ロープと……そこに記載されている通りだ。あとは『凪の丘』のドラゴンを倒すための武器だ。武器は替えが効くように予備を用意してある。戦いの前に各々整備をしておくように。くわしい戦闘の話はまた後で話すな」
「た、タケミさん。私たちが知らない間にこんなにしっかり準備をしていたなんて……」
エルク、およびフェネとセレナも、つらつらと説明をするタケミに羨望の眼差しを送っていた。
「備えあれば憂いなしだ。こーいうのは最初の準備が肝心だしな」
「タケミさんは行軍の経験とかあるんですか? ずいぶん、詳しい感じですけど」
「昔、じいちゃんにしごかれたからなぁ」
タケミは転生前の師である祖父のことを思い出す。リアルで戦争を経験したことのある祖父に、何度かキャンプとは名ばかりの行軍のマネゴトみたいなことをさせられたタケミは自然とアウトドアに詳しくなっていたりする。
「なんにせよ、タケミさんがいればほんとうに安心ですわねぇ」
「食事の世話をしてくれるなら、大助かりじゃな」
「……お前たち、俺のスネをかじるつもりじゃないだろうな」
面倒見のいいタケミはこんなふうに割を食うことがよくあるそうだ。
「あとの持ち物は着替えとかだよな。着替えはかさばらないものを用意するんだぞ。それと、言うまでもないが行軍に不必要なものは持っていくんじゃないぞ」
「…………」
タケミのその言葉に一同黙り込んだ。
「どうしたお前たち、首を揃えて黙り込んで」
「いやぁ、そのぉ」
「……おおかた、ヘンなもんでも背負い袋に詰めたんだろうな」
タケミは手近にあったフェネの背負い袋を手に取った。中を抜き打ち調査する。
「なんだフェネ、この……大量の菓子の類は」
フェネの袋の中にはアメにマカロン、クッキーにと。ずいぶん多量の菓子類が入ってパンパンになっていた。とても、背の小さなフェネが持ち歩けるほどの量ではない。
「童の貴重な栄養源じゃ」
「あのな、フェネ。菓子の類は300円――銀貨3枚ぶんまでだ」
「なんじゃと……」
フェネの顔が瓜のように青くなる。
「つづいてエルク、お前も袋がパンパンだが」
「わ、わわわ! タケミさん開けちゃだめですぅ――!」
タケミはその言葉を聞きながら袋を開けていた。エルクがきつく叫ぶものだから、てっきりタケミは下着の類でもたくさん入っているのかと思ったが、
袋を開けると、そこからもこっと“黒いウサギ”の人形が現れた。
「なんだこの……抱き枕サイズの人形は」
「あ、あのぉ、私、このハーゼちゃんが一緒じゃないと、夜眠れないんです」
エルクはその黒い不愛想な顔のウサギ人形を抱きしめていた。
「黒いウサギって、まさか俺のコトじゃないだろうな……」
「そ、その……これをタケミさんだと思って抱きしめたら、落ち着くんですよー」
「俺は抱き枕にされていたのか!?」
知らぬ間にタケミはエルクにぎゅうぎゅう抱きしめられていた……ことになるのか。
「な、なんにせよこんなかさばるモノ持っていけないぞ……。部屋においておけ」
「そ、そんなぁ……」
人形を取られたエルクは今生の別れでもするかのように悲痛の顔を浮かべていた。
「エルクさん、でもぉ、演習中は団のみんなと一緒に寝ますから、寝るときはホンモノのタケミさんを抱いて寝れば問題ないんじゃないですか?」
なんてセレナが、妙な助け舟を出す。
「そ、そうですね! その手がありました!」
「そんな手あるか! 俺は人形でも抱き枕でもないんだぞ!」
「まったくお主たちは。人形がないと寝れないなど、赤子のようじゃな」
フェネはツンとした態度で、一人黙々とお菓子を選別していた。
「あらぁ、フェネちゃんもよく、私のベッドにもぐりこんできて寝てるじゃないのぉ」
「む、むぅ。あ、あれは、きっと古の“妖精”という種族のイタズラのせいであって……」
そんな、先が思いやられる荷造検査であった。
「いいかお前たち! たった3日の行軍であっても油断するな! 山登りで遭難してしまえば演習どころじゃない! そんなとき、持ってきた袋の中に不必要な荷物があったらおしまいだ! 俺はお前たちのことを想って言ってるんだぞ!」
「タケミさん……」
タケミの熱弁が届いたのか、エルクとフェネはタケミを仰いでいた。
「そうですねタケミさん。ぜひとも行軍のため、頑張りませんと」
「そういうセレナ……お前の袋もどうもパンパンのようだが」
「あ、あらぁ……」
そんなこんなで荷造は終わった。
「さて、次は……肝心のハリボテドラゴンの討伐だが」
タケミは黒板にマンガ的なドラゴンの絵を描く。
「戦法はこの一週間、しきりに言い聞かせているとおりだ。ハリボテドラゴンはドラゴンの形を模した土人形で、強さと耐久度は実物の半分程度みたいだ。しかしじっさいのドラゴンの動きを模していて、杖によって魔法の炎を放つそうだ」
ドラゴンとは硬い鱗で覆われた巨大な魔物である。
背中に翼が生え、口から魔法による炎を吐くという。耐久度は岩並み。攻撃力も高く、出没の例は少ないが厄介な敵である。
ホンモノの場合、上級の騎士団ひとつが、ぎりぎりなんとか倒せるか倒せないほどの、人類の仇敵である。
「さて、このドラゴンを討伐するわけだが、このドラゴンの特性と弱点はなんだ?」
教師のようにタケミは皆に投げかける。
「特性は、えーと、ヘビみたいに独自の器官で熱源を感知しますから……遮蔽物に隠れても、見つかっちゃうんですね」とエルク。
「弱点部位は頭部、腔内や目からの攻撃が有効。ほかの部位はほとんど鱗に覆われておるからほとんど攻撃が効かん」
「それと背中の翼で空を飛ばれたら、魔導術以外の攻撃手段はとれませんね」
フェネとセレナも続いて答えた。
「みんななかなか優秀だ。言った通り、ドラゴンと戦う場合、遮蔽物に隠れても無意味だ。そのことを絶対忘れず、常に移動を続け、不利な状況に陥ったらすぐさま逃げるんだ。そして弱点部位はうろこに覆われてない部位と、口か目だな。ドラゴンは人間二人分ほどの高さがあるから、剣での攻撃のさいは注意しないといけない。まぁ、これらのことを加味して、『T1作戦』を編み出したんだが」
T1作戦。ちなみにTはタケミの頭文字である。
「まずフェネが俺の作戦通りに“魔導”で攻撃する。攻撃の種類は雷電系で頼む。火焔系だと煙が立って前衛の俺たちが近づけないしな」
「童は足止めの役かのぉ」
「適材適所だ。お前の役がなきゃ倒せないだろうからな」
タケミはさらりとフェネに告げた。
「そして足止めしたドラゴンに対し、前衛の俺とエルクが突撃する。が、どちらか一方が囮となって、ドラゴンの注意をかく乱させる。ドラゴンの首を回してやって、首をいくらか下げさしてやって、そのすきに――剣で口から一刺し、でドラゴンは倒せる」
「それだけで……倒せちゃうんですか」
エルクが尋ねる。
「所詮はドラゴンも生き物だ。口から剣を刺して、“脳”を抉れば、体を動かすことができない。もっとも、俺たちが今回倒すのはハリボテのドラゴンだがな。ハリボテドラゴンの脳の部分にもカバラ文字が刻まれているから、そこを攻撃すれば、事切れるみたいだ」
ハリボテドラゴンは実際のドラゴンほどの脅威はないものの、その立ち姿、挙動はかなり忠実に、魔導士科の教員の手によってつくられているとのこと。
「ドラゴンは5体だから、とりあえず目標は1体討伐だ。そのためにはまず、十全の状態で凪の丘へたどり着かなければならない。もっとも、凪の丘近くのモーントの村は宿泊施設に恵まれてるから、そこで十分な休養が取れるだろう」
「あー、モーントって温泉が有名な場所ですねー」
「あくまで演習だから、宿に泊まったってはしゃぐなよ」
「はーい」
上機嫌に皆が答えた。
「さてと、とりあえず作戦の大まかな話はこれでおしまいだ。あとは明日に備えて眠るだけだが……」
タケミはそこで言葉をつまらせる。
「皆に、最後に言っておくことがある」
タケミの言葉にエルクたちは固唾を飲む。穏やかな空気が一瞬、止まった。
「俺は……怖いんだ。今回の演習。うまくいくかどうか不安で、どうにかなっちまいそうなんだ」
「タケミさん……」
「その反面、ワクワクしてるところもあるんだがな。この演習がうまくいけば、トムとのふざけた約束も反故にできるし、それに、俺を救ってくれたカイさんみたいな騎士に近づけると思ってな」
タケミのその正直すぎる答えに、黒いウサギ隊の面々は同調するようにうなづいていた。
皆、タケミと同じように怖くて、そして、ワクワクしていた。
エルクは弱い自分を変えれるんじゃないかと思っていた。
フェネは孤独な自分の殻を破れるんじゃないかと思っていた
セレナは嫉妬に狂った自分と決別できるんじゃないかと思っていた。
「だからこそ、みんな……どうか生きてくれ」
「タケミさん……」
「そりゃ、ただの演習で死ぬことはないだろうが、大怪我をする可能性もあるし、遭難の可能性もある。もしかしたら道中で魔物に遭遇する可能性もある。もし、そんな危機に直面した場合、どうか自分の命を大切にしろ」
「自分の命と他人の命、どちらを優先すればいいのじゃ」フェネが尋ねる。
「どっちもだ。誰かの命のために自分の命を犠牲にするな。自分の命のために仲間の命を無碍にするな。危機に立たされたら、どんな手を使ってでも皆で生き延びろ」
「生きる……ですか」
「ああ。生きてりゃ楽しいことがあるからな」
一度死んだ身だからこそ、タケミは誰よりも生に執着していた。
人間はあっさりと死んでしまうもの。だからこそ、なによりも入念に、命を守らなければならないのだ。
「タケミさん! 明日から頑張りましょー!」
「はん、童にかかればドラゴンなぞ楽勝じゃ」
「そーですね、4人が集まれば、きっと何とかなりますでしょう!」
タケミには仲間ができていた。急ごしらえで不安定。問題を抱えた仲間たちである。
しかし、そんなことはどうでもい。
タケミは卓の中心に手をかざす。
「俺たちは4人で一つだ! さぁみんな手をかざせ!」
大きい手小さい手、それらが一つに重なる。
『黒ウサギ隊、ファイトーオー!』
同心同意、タケミたちはそのとき一つとなった。




