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第四章 『乙女たちの珍道中』A

 タケミたちは学園一階、教員室にいた。

 本日は見習い騎士団演習の申請日締め切り。明日から演習として、依頼達成のための“行軍”および“疑似実戦”を行うことになる。

 タケミたちのメンバーは……このまえのセレナの騒動もあり、申請のことをすっかり忘れていた。申請に際して団の“名前”および“団旗”を決めなければならないとのこと。

 団旗のほうは最悪、色のついた布ならなんでもよく、団の名前も最悪適当な番号(ケルベロス201番隊など)とすることもできるのだが。

「せーっかくの騎士団なんですから、ステキな名前にしましょーよ!」

 と妙にエルクとセレナが張り切っていたため、タケミはその二人に団名と団旗を任せていたのだ。


「紆余曲折あったが、これで本当に騎士団結成だな」

「そうですね」

 タケミはこの前の部屋荒らしの真相をエルクに明かしていない。

 それでもエルクはタケミとの騎士団ができたことがうれしかったのか、今は笑顔を取り戻している。

「おう、タケミちゃんか。ギリギリまで申請を粘っていたとは、ハーレムメンバーを選り好んでいたのかなぁ?」

 教卓で書類の整理をしていたクレアがフザケ気味に尋ねてくる。

「ハーレムって、俺は……女ですよ」

「でも、女同士でも“ハーレム”ってのはあるんだぜ? げんに女の子だけで編成された騎士団はごまんとあるし、『白百合騎士団ホワイトリリー』とか、団長と団員の禁じられた交際がゴシップ紙に取り上げられたりしたし……」

「俺はそんなことしないぞ!」

 タケミはきっぱりとそう言い放った。

「まぁいいや。とにかく申請だな。団員は全員で4人、でいいんだな?」

「まぁ、なんのかんのいいつつバランスはとれてると思うからなぁ」

「私は少し不服ですけどね」とエルク。

「童も不服じゃが、懐の大きな童が皆の手本を見せねばならんから、矛を収めてやろうではないか」フェネもいつもの調子であった。

「……まぁ、それで騎士団の名前は」

「はい、こちらです! それとこれが団旗で……」

 エルクが団名の申請用紙と、丸めた旗布を机に置いた。

 旗布は机の上に広げられ、そこに現れた旗標は――

「うさぎ……の刺繍だと……」

 赤地の布の上に、黒い糸で“ウサギ”のデフォルメされたシルエットが刺繍されていた。

 赤い目のクロウサギ。じっさいの黒ウサギには赤目の個体は存在しないのだが。

「はい、これは私が考えた団名をもとに、セレナさんが刺繍してくださったんですよ」

「団名って」

「『黒ウサギ隊』です」

「……………………」

 一瞬タケミの耳にお遊戯会で出てきそうな名前が聞こえたようだが。

「くろうさぎ……だと?」

「はい、とってもかわいいでしょう! それに、タケミさんがよく“クロウサギ”みたいだって言われているじゃないですか!」

「まさかこの団名と刺繍は俺をモチーフにしていると?」

「はい!」

「俺がクロウサギだと?」

「タケミさんは足が速くてカッコ良くて、黒ウサギみたいじゃないですか!」

「そーですね、髪も黒いしぴったりですねぇ」

「ウサギは万年発情期というではないか。なるほど、阿呆のオヌシたちにはぴったりな団名ではないか」

 タケミは失念していた。

 団名といえば、かつてゲームや漫画、アニメで聞きかじったようなカッコイイ名前だと思っていた。由来のよくわからないカタカナ語、神話からとってきた名前……など。

 しかしタケミはエルクとセレナという、女の子に事を任せてしまった。団名など、そこまでこだわっていなかったタケミだが、さすがに“黒ウサギ”なんて恥ずかしすぎる。

「くっはっはっは! サイコーだねタケミちゃん! いや、タケミちゃん改めクロウサギちゃんか?」

「や、やめろ! 俺は黒ウサギちゃんじゃねぇ!」

 タケミが絶叫するなか、がらりと教員室の戸が開かれる。そこからタケミたちと同じ4人の生徒たちが現れた。

「ほう、黒ウサギとはなかなかカワイイじゃないですか。我が妻、タケミさん」

 タケミが顔を向けると金髪が笑っていた。

 忘れもしない、男剣士科のトム・デザートイーグル。

 彼は背後に3人の仲間を従えてやってきていた。

「なんじゃ、この男どもは?」フェネがぶしつけに尋ねた。

「魔導士科と聖術士科の方は初めてですね、ボクはトム・デザートイーグル。タケミさんとは婚姻の契りを結んだ仲です」

「あらぁ、いわゆる許嫁さんだったんですね」

「それはめでたいことじゃな」

「なにがめでたいんだ! 婚姻など、俺は認めてないぞ!」

「そうですよ!」

 タケミとエルクはトムに対しきっぱりと拒絶の声を上げる。

「ははは。こうもきっぱり言われるとは、なかなか手厳しい。しかしさすがタケミさん、こうも優秀な人材を集めて騎士団を結成していたとは、素晴らしいですよ」

「まぁ、今日が申請の締め切りだしな」

 タケミはぶっきらぼうに返答した。

「ちょうどボクも団員の申請をしに来たんですよ。いやはや、ばったり出会うとは、これもまたなにか運命を感じますねぇ」とトム。

「ああ。今度お前と会うときは剣を交えるときだと思っていたが……」

 タケミはどこかキザな物言いのトムに辟易していた。トムは剣の腕がよく、性格もタケミへの求婚を除けばそう悪くないのだが、どうも鼻に付く言動をしてくる。

「そこで相談なんですが、タケミさん。これもなにかの縁です。僕の騎士団『蛇鶏コカトリス隊』とあなたの『黒ウサギ隊』、合体しませんか?」

「合体……だと……」

 その提案に、タケミたちは口を開けて驚いていた。

「騎士団の人数は8人でも大丈夫でしょう。多いほうが戦力になるし、タケミさんの団員は優秀なレディたちが揃っているじゃないですか。もちろん、ボクの蛇鶏隊も精鋭ぞろいですけどね」

 トムの後ろには巨体の男と背の小さな男、背の長い男とバラバラの体格の男たちが並んでいる。姿だけではわからないがトムもそれなりの人材を見つけてきたのだろう。

 タケミはふむ、と考える。団の合体なぞタケミは想定もしていなかった事態だ。たしかに人数が増えれば戦力も増えるがそのぶん指揮が厄介になる。

 しかも、団が合体されればいったい誰が“団長”となるのだろうか。

「提案はありがたいが、トム、俺たちの騎士団は言ってしまえば問題児ばかりでな。お前の団と一緒になったら迷惑をかけることになると思うぞ」

「問題児なら、僕らも同じく“問題”を抱えた団員ですよ」

 すかさず返答するトム。タケミは頭を掻いた。

「しかしまぁ、俺はひとまずこの団員でやっていきたいと思う。お前の方もそういう腹積もりだったんだろうし、ひとまずはそうしておこうぜ」

 タケミはそうあしらうように答えた。

 団の人数の問題もあるが、タケミは問題を抱えた4人とひとまず団を組んでいくことを決めていたのだ。

「そうですか。まぁ、タケミさんがそこまで言うなら仕方ないですね」

「納得してくれたか?」

「ええ。ですがタケミさん、やはりボクとあなたは……一緒にならないと、いけないと思うんですよ」

「はぁ?」

 タケミは首を傾げる。

「タケミさんとボクの剣の腕は互角です。ボクらが手を組めば、きっと最強の騎士団となるでしょう。団まるごとでなく、タケミさん、あなた自身がボクの隊に入ってくれる、というのはどうでしょうか?」

 つまりトムはタケミの強さを見込んでタケミをスカウトしているのである。

 たしかにタケミは学園一の剣の使い手、そしてトムはその学園一を負かした男剣士。

 その二人が手を組めば向かうところ敵なしである。

 最強の騎士団になることは間違いないだろう。

「だが、今はもう騎士団の申請の最終日だ。いまさら俺が抜けるわけにもいかんだろう」

「まぁ、そうですね。すいません、ボクが無理を言ってしまって。でも、団員の編成はまたできますから……ぜひ、前向きに検討していただけませんか?」

「そんなに俺に、団に入ってほしいのか?」

「ええ、なにせ僕の妻となる……」

「その話はいい!」

 タケミは机をたたきトムに拒絶を示す。

「トム、お前と俺は別の騎士団、今回の演習では敵同士だ! どっちが先にドラゴンを倒せるか競争して、成績で競おうではないか!」タケミはいつものように男勝りに言った。

「そうですね。じゃあ、あなたとの“婚姻”をかけた戦いと行きましょうか。前の決闘では、少々あなたにリスクがありすぎる条件でしたから、今回はあなたが勝ったら婚姻は破棄、ボクが勝ったら婚姻は継続ということで、よろしいでしょうか」

「もとよりお前のようなチビとは婚姻なぞせんが、その契り、斬り伏せてやる!」

「ボクの隊を舐めないでくださいね」

「俺たちの隊も舐めるなよ! こっちにはネコミミがいるんだからな!」

 団のマスコットキャラのようにタケミはフェネを抱え突き出した。

「マスコットはオヌシではないのか、万年発情黒ウサギ」

「誰が万年発情クロウサギだ!」

 タケミは叫んだ。

「いいでしょう、ボクたちが目指すべき場所は騎士ですからね。今回の騎士団演習、戦い抜きましょう!」

「おう、返り討ちにしてやるぞ!」

「タケミさんは私たちのマスコットキャラですよ!」

 そんなこんなで、タケミの団は結成された。


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