第三章 『誰が駒鳥殺したの』D
「で、セレナ。お前は、俺になにを言いに来た?」
タケミはセレナを部屋へと入れ、椅子へと座らせた。
「懺悔を……しに来ました」
「なんの懺悔だ」
「タケミさんとエルクさんにした、酷いことを……」
「……それをフェネになすりつけようとした、こともだろ?」
「はい……」
セレナは顔をうつむかせ、白い顔となっていた。
「タケミさんは、私が犯人だと分かっていたんですか?」
「確証はなかったが、お前だろうという目星はつけていた。単純な話だ。犯人はドアノブの状態から魔導士だと導き出されて、そして俺たちに関わりのある人間と考えれば――フェネか、もしくはセレナと導き出されるんだ」
タケミは静かにそう言った。
「しかし、フェネはどうも、俺たちが個室だったことも知らなかったようだしな。それなら完全なるシロ。なら、残った容疑者はお前だと導き出されるんだ」
「すごいですね、タケミさん……まるで賢者のように答えを導き出すなんて」
「まぁ、俺はこう見えて読書家で、推理小説とかよく読んでいたから――」
「すいりしょうせつ?」
「い、いや……なんでもない」
タケミは慌てて口をつぐんだ。
「とにかくまぁ、お前がやったってことはある程度推測できていたんだよ」
「……それを知って驚かなかったんですか?」
「最初からいろいろおかしいと思っていたから、おかしな結論になるのはむしろ自然だろうと思ったよ」
「……でも、私と分かって、どうしてそれをタケミさんは言わなかったんですか?」
セレナは大口を開けてタケミに言った。
「そんな事実を話してどうなるというんだ? お前が犯人だと分かればフェネとお前の仲が悪くなるだろうし、エルクもいたたまれなくなるだろう。つまり、騎士団の士気ってやつが下がるんだ」
「だから、言わなかったと」
「それにまぁ、俺が言うより犯人自身が“名乗り出る”ほうが反省するだろうと思ってな」
「ほんとう……ぜんぶ分かってた上でやっていたんですね」
セレナは窓辺へと目を向けた。星と月。なによりも輝かしくてなによりも頼りない光を眺めため息をついていた。
「話します、タケミさん。と言っても、話すことはそうないんですけどね」
セレナはタケミへと顔をまっすぐ向けた。
「私は別に、タケミさんやエルクさんに恨みなんてないんです。今回しでかしたことは、ほんとうに申し訳なく思っております」
犯人にしてはずいぶん丁寧な物言いでセレナは話を続ける。
「私とフェネは幼なじみで、小等部からずっと一緒だったんです。フェネはほんとうに魔導の才能があって、魔導の申し子のような子だったんです」
「いわゆる天才児ってやつだったのか」
「ええ。でも、それゆえ……フェネちゃんに近づいた人間は、みんなフェネちゃんに嫉妬してしまうんです。自分の無力さ、無知さが浮き彫りになって、みんながフェネちゃんを、なによりも賢いフェネちゃんに、嫉妬するようになる……」
「そして、お前もその“嫉妬する人間”の一人だったってワケか」
「そうです」
セレナは静かに言った。
「私だって昔は、ふつうにフェネちゃんと接していたんです。でも、高等部に上がってからは、どうしてもフェネちゃんを、心から好きになれなかったんです。
私は、もともと“魔導士”になりたかった。でも、私には“聖術士”の適性があったから、魔導士にはなれないみたいなんです……」
「どうして、魔導士に……」
「私の夢なんです。私は、魔物たちに復讐がしたかった――」
この世界を跋扈する魔物。
その脅威は、あらゆる人々に爪痕を遺している。セレナもその被害者の一人であった。
「私は王国の北の田舎にある、教会で生まれた人間なんです。でも、その教会は町ごと魔物に襲われたんです。そうして、私は孤独となった。魔導士の才能を見込まれてなんとか別の教会からこの学園へ編入することができたんですけど、私はただ、魔物を、魔導の力で“倒す”ためだけに、努力してきたんです。でも、私は魔導士にはなれなかった――」
セレナの夢は潰え、その嘆きの矛先は、フェネへと向かったそうな。
「いつかフェネちゃんを“不幸”にしてやろう。そう思う自分がいつのまにか心の中で生まれていて、今回の出来事は、そんな思いがいっぱいになってしてしまったんです」
「それで、気分は晴れたか?」
タケミはしかつめ顔で尋ねる。
「ちっとも、晴れませんでした。むしろ気分が悪かった」
「そうか……」
「フェネちゃんに疑いがかかって、騎士団から追い出されればいいなんて思ったけど、でも、そんなことしても、どうにもなりませんでした」
「お前は、いまでもフェネを好きでいるのか?」
そのタケミの問いに、
「好きです、けど、いつかまた嫌いになりそうで怖いんです」
「まぁ、そんなもんだよな」
タケミはその率直な答えに、僅かに頬の肉をゆるめた。
「まぁ、お前が罪を懺悔して、気持ちの整理がついたのなら、それでいいだろう」
「それでいい……って」
「俺もただの剣術バカでな。こういう場合どう処理すればいいかじっさいよくわからん。だからセレナ……このことは、お前が言いたいなら言えばいいし、フェネとの関係をそのままにしたいのなら、しばらく言わないのも手だろう」
「タケミさん……」
「エルクにもいろいろ言っておいたし、あとはお前がもう何もしなければ今回の事件はおしまいだ。それで水に流そうぜ。こんな厄介なこと忘れて、騎士として精進していこうぜ」
「た、タケミさんは――怒ってないんですか?」
セレナは思わず立ち上がりタケミに問うた。
「怒ってないわけないさ。明日からの訓練、お前には特に厳しく指導してやる」
「えっ……」
「罪を許してほしければ、せめて俺の騎士団のために粉骨しろ。それが我が騎士団のルールだ」
タケミはそう、男らしく答えた。
「ふふふっ……なんだかタケミさんって、逞しくって、男らしいですね」
「お、男らしいって……」
それはまた、タケミにピッタリの賛辞なのだが。
「セレナ、お前が“魔物”に復讐したいと言うなら、俺たちにその願いを託すといい」
「タケミさん……」
「その代わり、お前には“聖術”のほうで頑張ってもらうさ。人には適材適所があるんだ。フェネにはフェネの、お前にはお前の活躍があるんだ。それをお互い託し合って、助け合っていくのがいいんじゃないか?」
「そう……ですね」
夢に狂い、フェネに嫉妬したセレナが起こしたことの顛末。
それはタケミによって、尖がった矛を丸く削られたのだった。
いよいよ、タケミの騎士団は活動を開始する――




