第三章 『誰が駒鳥殺したの』B
その次の日――
「うん……」
タケミの目覚めは若干鈍かった。
どうも夜中、野犬か野鳥かの鳴き声でもしたのか、がやがやと音がしていたのをぼんやりながら覚えている。
「しかし……あと3日で演習だ。気を引き締めないと」
日課の朝練を行うためタケミは起き上がる。
タケミの眠るベッドはフカフカとした高いベッド。その上に白いシーツを掛けられている。
そのベッドより出てくるのは、薄地のネグリジェ姿のタケミである。
いつものように着替えよう――と思ったタケミだが……。
「なっ……あっ……」
すでにタンスから服が出ていた。
“出ていた”というより――
“荒らされていた”と言ったほうが適当だろう。
空き巣に入られたみたいに――
懐かしき故郷(日本)の味を再現するために買い寄せていた、食料の木箱はバールで叩かれたみたいに壊されており、穀物の入った麻袋はいくつか乱暴に穴があけられていた。
そしてタケミの日用品、娯楽品の入った倉庫も開け放たれており、
育て親である“ファルコナー”の家族の写し絵。
そして書物。カイよりもらい受けた木刀、剣の手入れ道具、防具……など。
「ひどい……」
タケミの部屋は“誰か”に荒らされていた。
嵐や竜巻の類ではない、誰かの手によって、誰かの悪意によってそう為されたことは状況を見て、直感的に推測できた。
しかし――
「いったい、誰がこんなことを――」
タケミは思い当たる節はないか考えようとしたが……
「きゃ、きゃあああああああああああああああああ!」
誰かの悲鳴がした。
声の大きさからタケミの隣の部屋だと推測できる。
(隣……って、エルクじゃないか!)
タケミは荒れ狂う自室を後にし、エルクの部屋へと駆けて行った。
「エルクどうした! すまないが入らせてもらうぞ!」
タケミはエルクの危機を感じ、その扉を開ける。
「はっ…………た、タケミさぁあああああああんん」
「ど、どうしたんだエルク!?」
タケミが入った途端、エルクはタケミの胸へと飛び込んできた。
そのタケミの胸に当たる、エルクの頭が熱くなっていた。
「わ、私の部屋が……夜に、荒らされてて……」
「荒らされてるだと……」
エルクの背後に見える部屋。
女の子らしい、白とピンクを基調としたかわいらしいものだが。
それが崩壊していた。
タンスが倒れ、鏡台も倒され、クローゼットの中の服も散乱し。
本棚の本が床一面に開けた状態で散乱していた。
エルクが片付け下手でこうなった――というわけではないだろう。
タケミの“自室”のことを加味すると、考え出されることは一つ。
「誰かが、俺たちを狙って――」
何者かが、タケミとエルクの部屋を狙った。
順調だったタケミの日々に影を差す出来事であった。
***
その日、エルクはほとんどしゃべらなかった。
無理もないだろう。自分の部屋が荒らされたのだ。
なにせエルクは女の子。部屋を荒らした相手が男かどうかわからないが、恐怖心に駆られるのは無理もないのだろう。
(しかし、いったい誰が――)
エルクに関してはひとつ心当たりがある。
エルクは入学当初、剣士科の同学年の生徒より嫌がらせを受けていた。
しかしそれはタケミの鶴の一声「俺の目の前で目障りなことをするな!」で、今の今まで収まっていたのだ。
その嫌がらせが再発した――とも考えられるが、
(しかし、被害を受けたのは俺自身もだ)
嫌がらせを行っていた生徒も、タケミの“強さ”は把握しているだろう。妙な噂が立つくらいには。
それゆえ、どうも腑に落ちないのだ。
単純な私怨のように見えて、そうでもないように見えて……
そんなこんなで放課後となる。
今朝の事件以来、タケミたちにはさして問題になる出来事は起こらなかった。
剣士科の生徒たちも、タケミたちの事件を知らず過ごしている感じだった。
「エルク……」
「タケミさん……」エルクは暗い顔となっていた。
「キツイことになってしまったが、気をしっかり持てよ。苦しいなら、俺が支えになるからさ」
「タケミさん……」
タケミたちは昨日と同じ食堂に座っていた。食堂は広くテーブルもあり、よく生徒たちの待ち合わせの場所として利用されている。
「すいません……タケミさんも、被害に遭ってるのに、私ばっかり、こんな、暗くなっちゃって」
「はははっ……。俺はこういうのには鈍感なモンだからな。もちろん、こんなふざけたことをしたヤツには怒り狂っているがな……」
タケミはなんともいえない顔を浮かべる。
「タケミさん、今日も……訓練をするんですか?」
エルクは静かに尋ねる。
その言葉の裏に、なにか疑いの念が含まれているようだ。
その疑いの矛先はおそらく――これからやってくる、騎士団の仲間に関してだろう。
具体的には、フェネのことだろう。
「私、昨晩は部屋にちゃんと鍵をかけていたんです。でも……今朝になったら、あんなことになってて……」
「俺の部屋も……同じ感じだったな」
タケミも部屋に鍵をかけていたが、それは合鍵で開けられたみたいに、キレイに開錠されていた。
何か道具を使った形跡も見当たらない。この世界のピッキングの技術はいかほどかわからないが、かなりの腕がないと“物理的”には開けられないと思われる。
もっとも、“物理的”でない開け方ならたやすくできるだろうが。
「扉を跡もなく開けるなんて芸当、剣士科の人間じゃできませんよ。きっと、犯人は魔導士だと思います」
その魔導士の名前をエルクはあえて言わずにいた。
「たしかに、魔法なんてもの使われたら、証拠も何も残らないしな。推理のしようがない」
「でも犯人の目星は着くと思いますよ! それに、私たちが知り合っている魔導士なんてあの――」
「待てエルク」
タケミはエルクの口を押えた。
そのエルクの背後より、“魔導士”のフェネと、セレナが現れる。
「あらぁ、すいません。遅れて来ちゃいましたね」セレナが言った。
「いや、俺たちが早すぎたんだ。とにかく席にかけてくれ」
タケミは開いた席に座るよう促した。
「くんれんはどうするのじゃ?」フェネが尋ねる。
「フェネ……その前に、お前に尋ねたいことがある」
正直なところ、タケミは“犯人捜し”をするつもりは無かった。
たしかにこれは忌々しい出来事だが、所詮は部屋を荒らしたぐらいの、“イタズラ”の範囲内。自分が黙って耐え忍んでおけばいいだけの、くだらない出来事である。
しかし、今回はエルクが被害を受けたのだ。
自分なら容易く耐えられる出来事でも、他人が、女の子がどうかはタケミも判別がつかない。
そのためはっきりさせておかないとならないのだ。
つい先日立ち上げたばかりの、騎士団のためにも。
「……というわけで今朝“エルク”の部屋が何者かに荒らされていたんだ」
タケミは簡潔に、今朝の出来事を述べた。
あえて“自分”の部屋のことは隠して。
「べつだん、俺は犯人捜しなんかする気はないんだが……。エルクが被害を受けたんだ。しかも調べたところ、犯人は剣士科というより、魔導士見習いのだれかと考えられる可能性が――高いと分かっている」
「……………………」フェネは黙りこくっている。
「まぁ、だからと言ってフェネ、お前がやったと言うのは早計だろうがな」
タケミはフェネに対し、澄ました声で告げた。
フェネはただ無表情を浮かべ、そしてエルクの方を見る。エルクは押し黙ったまま、ちらちらとフェネに目を向けていた。
「……若干一名、童を犯人と思っているヤツがいるそうじゃが」
フェネはエルクを横目で眺めながらつぶやいた。
「まぁ、お前に疑いがあるのも否定できないがな。というわけで、お前に聞きたいんだが」
タケミは佇まいを正しフェネに向き合う。
「お前はこのことに関して心当たりはないのか?」
「童が犯人かどうか問うておるのか?」
「まぁ、そういうことでもあるんだが、実際のところどうなんだ?」
フェネはタケミの言葉に対しはぁ、とため息を溢す。
「童は知らんぞ、エルクの部屋が荒らされたことなぞ」
「そうか」
「童はそこまで暇でないし、そもそもエルクの部屋を荒らしてなんになる? どうせ、部屋にもめぼしいものなぞないじゃろう。きっとつまらんぬいぐるみなど抱いて、寂しく夜を明かしておるじゃろーな」
「あなた……ねぇ」
ずっと黙っていたエルクが声を溢した。
「嘘を吐くのはやめなさいよ! 分かってるんですよ! 私の部屋に入れるのは魔導士だけ、なら、あなたぐらいしか犯人のあてはないじゃないですか!」
「しかし童は知らんぞ。お主の部屋のことなぞ」
「フェネ、本当に知らないのか」
念を押すように重く言うタケミ。
「知らんな。そんなくだらないことをする奴の気が知れん」
「そうか。じゃあ、なにか犯人に心当たりとかはないか?」
「そもそも童も、魔導士の知り合いなぞ少ないのじゃ。もっとも、童をねたむ人間はごまんといるじゃろうからな、もしかしたら、そういうやつらが童に罪を着せようとしてこんなふざけたことをしでかしたのかもしれん」
「なるほど……な」
フェネは知らないという。
ならば別の線――フェネの言う通り、フェネに罪を着せようと誰かがやったという可能性もなきにしも非ずだ。フェネが犯人ではないのならの話だが。
「タケミさん、こいつのこと、信じるって言うんですか!」
「エルク、しかし“知らない”と言ってるんだ。信じるしかないじゃないか」
「でも――」
タケミはエルクの口元に手をかざす。エルクは喉を詰まらせ言葉を止めた。
「一つ聞くがフェネ」
「……なんじゃ」
「言っていなかったが、俺も被害を受けてるんだ。エルクと一緒にな」
そう言うとフェネはふん、と鼻を鳴らした。
「なるほどな。同じ部屋の者同士被害を受けたのか。タケミよ、エルクのルームメートとなったのが運の尽きじゃの」
とフェネは、ずいぶんと調子の外れた回答をする。
「フェネ、俺とエルクはルームメイトじゃないんだぞ」
「なんじゃと?」
「俺たちはまぁ、腐っても“貴族”の家で育ったもんだから、寮も一人一人個室が与えられているんだ」
「そうじゃったのか……。それはまた、うらやましいの。童もたまに一人になりたいときもあるし」
その独白に対し――
セレナは返答しなかった。なぜか、顔をうつむけていた。
(ルームメイトのことを知らないのなら、フェネは予想通り“真っ白”というわけか)
タケミはなにも考えてない風を装い、ひそかに事件の推理をしていた。
この事件には真犯人がいると。
そして、妖しい人間の目星はすでについている。
しかし――
「あーもう、なしなしなしだ。やはり、こんな犯人捜ししていても不毛だな」
「タケミさん……」
「エルク、すまないがこれ以上の詮索はやめよう。俺たちはまず、騎士団としてやるべきことがある。演習はもう3日後だ。今日は……まぁ、俺たちは部屋を片付けとかなきゃならんからな、各自自主トレということで! 解散だ!」
「いったい、なんのための集まりだったんじゃ……」
「すまないな。詫びに俺自家製の“スルメ”をやろう」
タケミは輸入品のホシイカを裂いただけのスルメをフェネに与える。フェネはそれを無心でしゃぶりついている。
「フェネもセレナも、時間を取らせてすまなかったな。まぁ、俺たちのことは気にするな」
こうして一同は食堂を後にした。




