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プロローグ 『男に告白されし男の中の男の末路』

「先輩メッチャ好きです! 付き合ってください!」

 (ふじ)タケミは告白された。

 どうも、男に。

「は……………………」

 開いた口がふさがらない。

 ここは男子校で生徒の100%が男子である。校舎内に女子高生が存在するわけない。

 つまり、目の前の金髪セミロングブレザーJKは、女装した後輩であると導き出される。

「一つ聞くが、後輩クン」

「なんですか、藤ノ木先輩?」

「おまえは……オトコだよな?」

 タケミの目の前の、女の姿を装った後輩――大山とかいう新入りの1年だったか。背が低く童顔で中学生と見間違えてもさして問題ないような容姿だ。そのため、妙にその急ごしらえの“女装グッズ”が似合ってるのがまた悲しい。

「はい、ボクはまぁ、生物学的には男ですけど、心はオトメなんですよ!」

「ああ……そうだったのか」

 それはまた、二重の衝撃的な告白だろうが。

「そういうわけで先輩、付き合ってください。お願いします! なんでもしますから!」

「いや無理だろ!? 大山、これはいったいなんの冗談なんだよ」

 目の前の大山は、どうも本気で告白してきたようだ。

 ありえない話じゃない。

 ここは男子校という特殊な空間だ。男が男に告白することは、日常茶飯事でないにしろ、噂になるぐらいはある。

 なにせここには女子がいないのだ。異性に告白しようにも、その異性がいない。

 だから……はけ口のなくなった、欲求不満となった男子は時に奇行に走ってしまうのだ。今ならアニメや漫画の“二次元”の女の子に逃げる手段もあるのだが、大山のようななにをどう間違えたのか特殊なヤツが生まれたりしてしまうのだ。

 ああ、なぜここは男子校なんだ。

 なぜ俺は男子校に入学してしまったんだ。

 そしてなんで初めて告白された相手が男なんだ!

「というわけで先輩、ボクのホッペに熱いチューを!」

 そう言って、チークで染めた頬を大山は近づけてくる。

 いよいよタケミは頭が痛くなる。

「きえやぁああああああああああああああああああああああああ」

 剣道部特有の掛け声(奇声)を上げて、剣道着姿のままタケミは道場横の運動場を駆けて行った。


「なぜだなぜだなぜだ!」

 運動場の隅。

 紺の道着姿のタケミは、運動場で活動するクラブの人間には目が付くが、“男”に告白されたタケミにとってそんな視線屁でもない。

「なんで男に告白されるんだ! 俺はホモじゃねぇ! 俺は女の子が好きなんだよぉおおおおおおおおおお!」

 そんなふうにタケミは一心不乱に叫んでいた。

 タケミは剣道部主将として日々邁進している。

 剣道は小学校のころからやっていた。家が道場で、祖父が剣道家だったため、タケミは藤ノ木の剣道の血を辿るように剣道の力をつけていった。

 剣道をしていれば嫌なことを忘れられる。

 相手を倒すことだけを考えればいい。心を修羅にして、相対する敵はスリッドの入った面をかぶったヤツのため手加減はいらない。

 そうやって、強くなって。

 いつしか市大会、県大会、ときには強豪たちの集う全国大会まで上り詰め……

 その過程でタケミは仲間に慕われるようになった。

 それもまた剣道をやる楽しみとなった。仲間と仲良くなれるし、それに、中学の時は女子の剣道部からも声援をうけたりして。鼻の下が伸びたりしたものだ。

 しかしここは男子校。

 後輩は全員男子、先輩も男子で同級生ももちろん男子。顧問は教育者というよりヤクザと形容したほうが早い男の指導者で……

 要はとってもむさいのだ。

 剣道という、ただでさえ防具で臭くなる武道だ。もはやそこに清涼感は弦一本ほどもない。

 自分は潔癖症ではないが……しかし。

「さすがに……男に告白されるなんて……」

 何気にショックすぎる。

 タケミだって男である。女の子と青春を謳歌したいと何度も夢見てきていた。

 女の子。

 アニメや漫画の女の子とまでは行かなくとも、もっと清涼感のある、そういう学園生活を送りたかった。べつに今の生活がイヤというわけではないが、しかしほんの少し、ほんの少しだけでもいいから、自分の人生に清涼感を分けてもらえないだろうか。

 もしも……

「もしも共学生だったら」

 そんなのは、わからないが。

「いっそのこと、俺が女だったら――」

 女の子だったら――

 こんなむさくるしい学園生活じゃなかっただろう。漫画でしか知らないけど、女の子だったら、友達とキャッキャウフフな会話をして、かわいいオシャレとかして、そして――

「女だったら、俺は……」


 タケミの帰路は重い道のりだった。

 剣道着に防具――胴と籠手(こて)と面、袋に入った竹刀――といった大荷物を背負って下校していたからである。

「タケミぃ、お前大山に告白されたのかよー」

 部の同級生に軽口を叩かれるタケミである。

「やめろもうその話は蒸し返すな! 俺の青春はおしまいだぁ……」

 タケミは大きくため息を吐いた。

 タケミは現在高校2年。先輩は受験で引退し、大将として鍛錬と後輩の指導に明け暮れている。

 それはつらいこともあるが、同時にやりがいも感じる。楽しい、といえばそれなりに楽しいと答えられるものだ。

 しかし――

(剣道には、将来がないしなぁ……)

 剣道は武道であってスポーツで非ず。オリンピックの種目にはない。そして相撲や柔道ほどの人気はないのだ。

 それゆえ、いくら剣道の腕を磨こうとも限界はあるのだ。もちろん、実業団や指導者、道場主になったりなどの道はあるのだが……。

(俺は、なんのために“剣道”をやっているんだ?)

 土台この世は、基本的に平和な世界である。強いやつに会いに行こうにも、この世界には剣の腕を上げるための“戦い”がない。

「なぁ……よぉ」

「ん、なんだタケミ」

「なんつーか、ゲームみたいに悪いモンスターを倒す勇者になれないかなーって、思ったこと……」

 タケミは言葉を止めた。

 あたりを流れる空気が止まった。

(あれは……)

 目の前の青白い街灯の下に、タイトスカートのOLの女性の姿があった。その女性は、どういうわけか道端に座り込んでいた。

 なぜか、肩から血を流して――

 そのOL女性と向かい合うように、数メートル先の闇の中、影が存在した。

「ウォオ、オオ……」

 黒いコート。やつれた顔の、老け顔の男。

 ゲームに出てくるゾンビのような、そんな男は――右手にナイフを持っていた。

 そのナイフの先は、紅く染まっていた。

「っ――――!」

 殺人鬼か。異常者か。

 その男はよろめいた動きのまま、ぎろりとOL女性を狙っていた。そして――獲物を見つけたケモノのように、瞬発的に動いた。

(くそっ、なんなんだ)

 タケミの脳はフル回転。恐怖を抱く間もなくタケミは行動に移る。

 路地を駆け抜け、走りざまに袋から竹刀を抜く。

「タケミっ!」

 目の前のソレがなんなのかわからない。しかし、タケミはそれと戦わなければならない使命にある。

 自分には力がある。剣がある。

 だから、守らなければならない。

 なにを守らなければならないんだ? あの女性をか?

(この世界、をか……?)

 そんな自嘲気味な台詞を脳裏に浮かべ、タケミはいつもの稽古と同じ動作で、異常者の男の籠手――ナイフを持った付け根を叩いた。

「グァッ――!」

 異常者は手に痺れを感じ、すかさずナイフを取り落とし、前傾姿勢となっていた。

 アドレナリンが迸るタケミは、一瞬の逡巡のあと、とりあえず怪我をしていた女性へと顔を向けた。

「大丈夫ですか! お姉さん!」

「あ……ぅ……」

 それがいけなかった。

 剣道の試合は物心ついて以来タコが付くほどやってきていたタケミだが、タケミには実戦経験がなかった。

 タケミは敵に背中を見せてしまったのだ。

 タケミの肌に一瞬、何者かが迫る風が伝った。

 そして――

「う……がっ……」

 胸に熱い衝撃。

 タケミは刺され、死亡した。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 目を覚ます。

 どうも自分は長い夢を見ていたようだ。 

「ん……?」

 薄暗い。そして埃っぽく、生々しい血のにおいが漂う。

 自分はゴミ置き場にでも放り出されたのか――と思いあたりを見回す。

(なんだ、ここは……)

 そこはずいぶんと西洋風な町並みだった。

 道は幾何学的に組まれた石畳。立ち並ぶ家々は木組みの古い感じのものだ。もっとも、そのほとんどが傷を帯びて痛んでいたのだが。

 そして、自分の座り込む地面の周りには死体が散乱していた。

(なん……だ、よこりゃ。し、死んでるじゃねぇか……。どこかの、紛争地帯なのか……)

 映画の世界かゲームの世界に飛び込んだのか。

 “自分”……フジノキタケミ、は地面に寝そべっていた体を起こす。数歩ほど道を歩き、そして道路のへこんだ部分に形成された水たまりに目を落とした。

 そこに、黒髪の少女の姿が写っていた。

「なっ……」

 開いた口が塞がらない。なにせ、水たまりの中の少女も、自分と同じように口を開けたままになっているのだから。

 つまり、水たまりに映る、背の小さな、申し訳程度の薄い布服を纏った少女が自分自身だという結論に陥るのである。

「俺は……女になってしまったのか……」

 そしてその日から3年後……。


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