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黒猫のデミ

 間違いない。これはデミ・アースの仕業だ。


「おい、いるんだろ! 出て来いよ!!」

 凄んだつもりでまったくそうなっていない高い声で叫び、周囲を見回したけれど、返事どころか人の気配もない。


「クソ、100年ぶりに目覚めた勇者の気分だよ」

 だったら、姫の呼びかけくらいはないものか。と思い立って、僕は部屋にあった家具を漁りはじめた。

 こんな時はゲームなら近くのタンスや宝箱で最低限の衣服くらいは確保できるはずだ。


 タンス、ローチェスト、袖机、ベッドの下……20分くらい探し回った所でやはり何もないことが確認できた。場違いに置かれていた黒猫のぬいぐるみを放り投げながら、僕はベッドに倒れ込んだ。マジかよデミ・アース。ちょっと難易度ハードすぎじゃない?


 再び、鏡の前に立つ。こんな格好で部屋から出て、多分どこかの館なんだろうけど、別の部屋に服があればいいけれど、最初の部屋に用意していないゲームにそれを求めるのは無理だろう。そこから出て……まさか悪魔ばかりの世界なんてひどい話はないだろうし、混乱が起きないわけがないよなあ。

 

「それにしても……」

 

 僕、可愛いな。ここまでの展開、デミ・アースには怪しさしかないけれど、理想のキャラメイク、という触れ込みはまんざら嘘でもないらしい。特定の感情を催して生唾を飲み込むと、それがひどく大きな音で部屋に響いたような気がした。なんだか、体中の神経がとがって、引き絞られているみたいな気がする。


 こういったときに、男が取ろうとする行動なんて幾つかに絞れるだろう。

「ほ、ほんもの……なのか?」


 僕は震える指の腹で胸の先をそっと、撫で

「ンんんんんんんっ――!?」


 電撃魔法にでも撃たれたのかと思った。目の前がチカチカするのを堪えてあたりを見回すけれど、やはり誰もいない。ヤバい。絶対にヤバい。そう思っているのに、震える指は勝手に僕の――

 

「ハイ、ストップー」

「うわあああああああああああああああああああああああああああ!!?」


 体中が硬直して、一気に正気に返る。あるよね、そういうことをしている時に部屋のドアを母親に開けられたこと。それだよ。

 能天気な声の主は、黒猫のぬいぐるみだった。

 

「やめといたほうがいいぞー。まだ、精神も馴染んでないだろうし、焼ききれちゃったらそこでゲームオーバーよ~」


 言いながら、黒猫は僕の太ももをぺろりとひと舐めした。それだけで、つま先から角の先までが泡立った。身体の感覚が落ち着いて思考できるようになるまでにしばらくかかった。声を出さないように何とか堪えるだけで精いっぱいだった。


「精神……馴染む……? なんだよ、それ。ここはどこなんだよ。僕を一体どうしたいんだ」


 黒猫を身体のそばから引きはがして、距離を取って警戒しながら僕は睨みつけた。よく考えたら、黒猫がしゃべっているだけで怪しい。いや、怪しいといえばさっきから起こっていること全部なんだけれど。


「んー。そうだねえ」


 といいながら、黒猫は前足で顔を掻いてニャアとひと鳴きした。

 

「まず、この世界の名前は、たぶん分かってると思うけどデミ・アース。あんたはそこに喚ばれてきた、ってわけ。事情をかいつまんで説明すると、この世界がヤバいから、アースの方から人手を借りてきた――って感じかな? アースの人間は魔力がほとんど存在しない世界でも生きられるくらいプラーナが強いからねぇ。とはいっても、デミ・アースでも人間を召喚したり転生させたりできるような術者はほとんどいないし、そんなことしたら物の数人呼んだだけでプラーナが枯渇して死んじゃう。だから、こっちから優秀な術者をそっちに送って、作ってもらったってわけよ。汎用型ホムンクルス・プラーナ転送魔法――デミ・アースをね」


「いや、さっぱりわかんねぇ。というか新しい情報がほぼない」


 ここがデミ・アースとやらで、僕がそこに呼ばれたってことくらいは誰だって分かってる。新しい情報は、この世界がヤバいってことと、もしかしたら地球に帰れるかもしれないってことくらいだ。


「最近の若いモンは猫の話を聞かないねえ。要するにアンタはカワイコちゃんになってこの世界の危機を救うってことさ。自慰なんてシてる場合じゃないよ」

「う、うるさい」


 くそ、恥ずかしすぎる……肉体に考え方が引っ張られてるのか、どうも感情が不安定だ。

 

「興味あるなら、アタシがイチから教えてあげてもいいけどぉ? サキュバスの身体なんて女の子でも興味あるよね。私も初めて見たよ。普通は大抵元と同じような人間、珍しくてエルフだとかホビットだとか、そういう亜人で喚ばれてくるんだけどね。人間ですらないなんて、リセマラの要らない超絶激レアってやつだよ~」

「僕は男だ!」


 そう叫ぶと、部屋は気まずい静寂に包まれた。


「……ああ、マラはマラでもそっちってやつ?」


 黒猫は下品な冗談でお茶を濁そうとした。


「うーん、プラーナが強すぎて、元の肉体から大きく変えないとホムンクルスに入らなかったのか、それとも、プラーナがホムンクルスを大きく変えてしまったのか。超激レアどころか、リミテッドウルトラレアってヤツじゃないのこれ。☆8とかそういうヤツでしょ。どっちにしろ、貴重な人材っぽいし放っておくといろんな意味で危なさそうねぇ」

「全部聞こえてるぞ、人をガチャキャラ扱いするんじゃねえぞコラ」


 やっぱり凄んでも様にならない。


「アンタもう人じゃないからね」

「そういうことを言ってるんじゃない」


 気に入らない黒猫だ。とはいえ、今の僕にはコイツくらいしか頼れそうなものがない。幸いにコイツは色々と『知っている』側のヤツらしい。

 

「まあまあ、細かいことは気にしないでよ。さ、行くよ。特別にアタシが付いて行ってあげる。あ、私のことは『デミ』で良いよ。アンタ、名前は?」

「サクバ・ユマだ。ユマで良い……って、どこに! この格好で!?!」


 僕が焦ってそう叫ぶと、黒猫は目を丸くした。


「えっ、サキュバスなんだから、裸で当然じゃない」


 デミ・アースでの僕の生活は、前途多難になりそうだ……

二話目目です。投稿ペース遅くてすみません。週2~3回くらいの更新になると思います。

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