表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

デミ・アースにようこそ

 起動前の黒い画面に男の顔が映った。

 一瞬だけ現実に戻される。僕はこの瞬間がとても嫌いだ。


 無造作に長く伸びた髪の男。佐久場 夢馬。僕。高校二年生、普通の男子。

 取り柄と言えば、ゲームだけ。


 パソコンなんて古い、とクラスメイトは言うけれど、今だって最新の技術はここで真っ先に披露される。


 起動して数十秒。いつものようにブラウザを開いて、

 震える手で僕はウェブメールを開いた。


 受信箱の上でクルクルと点が踊る。落ち着きなく目を回す。

 3、2、1、ゆっくりと3秒。いよいよ受信されたメールをサッと目で追いかけた。


 そして――


「いよっしゃああ!!! きたあああああああ!!!!」


 家じゅうに響き渡る叫びをあげた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「『Demi-EARTH(デミ・アース)』クローズドβテスター当選のお知らせ」。


 震える手で、メールを開き、佐久場 夢馬という僕の名前と住所、そしてランダムに生成され重複することはないであろう応募IDから、それが本物であることを確認する。


 ――ふう、落ち着け、僕。


 デミ・アースは2年ほど前に開発の始まった、オープンワールド型大規模オンラインアクションRPG。まあ、いわゆる、ネトゲというやつだ。

 このゲームは、よくありがちな、本格派、だとか、豪華声優、だとか、美麗グラフィック、だとか有名脚本家によるシナリオ、だとかそういった売り文句は一切ない。


 キャッチコピーは、

 ――あなたの分身が、第二の地球を冒険する――


 それだけである。


 そしてその大仰なキャッチを実現する技術が、昨今話題の深層学習(ディープラーニング)というやつらしい。チュートリアル的なクエストを攻略し、ゲームからの質問に答えていくだけで、自分だけの理想のキャラクターがそこに誕生するのだ。開発者は、75億の人類に対し、無限のキャラクターを用意できると豪語した。


 僕はメールの中のリンクをクリックして、デミ・アースのインストールを完了させた。


 ……いよいよ起動する。

 古典的ファンタジーらしい、勇壮な音楽とともにゲームが始まる。

 僕は退屈なチュートリアルを、NPCにいたずらをしたり、他のプレイヤーキャラクターに嘘を教えたり、わざとアクロバティックな動きを披露したりしながら少しだけ刺激的な遊び方で、しかしながら手早く処理した。

 自慢ではないが、僕はよくあるアクションゲームであれば百傑に数えられる程度には得意だ。この程度なら欠伸をしながらだってできる。


 さあ、いよいよ、ゲームとの問答だ。


『あなたの性別と年齢を教えてください』

「女性、11歳」


 なあんだ、そういう質問か。少しだけがっかりしながら、僕は平然と嘘をつく。

 誰が好き好んで、男キャラの尻を見ながらプレイするってんだ。ホモかよ。

 どうせ追いかけるなら、第二次性徴に差し掛かったくらいの何とも言えない時期の女の子の尻に決まっている。


『あなたは嘘をつくのが好きですか』

「……いいえ。私は正直者です」


 少しだけ考える。違う。僕は嘘をつくのが好きなんじゃない。僕は自分に正直なんだ。


『人を陥れるとき、どんなことを考えますか』

「……それが自分の得になるかどうか」


 背筋が少し寒くなる――陥れる。さっきのプレイヤーキャラクターのことだろうか。

 数分、僕は逡巡(しゅんじゅん)する。

 結局、僕は欲望に勝てない人間だ。こうしてゲームの世界に入り浸っていることからも明らかだ。

 人を陥れる結果になっても、それに罪悪感があっても、楽しかったり、利益になったりすれば、きっとそうするだろう。


『あなたは嘘の自分に注目を集めたいですか』

「……っ!?」


 そうだ。僕にはゲーム以外の取柄はまったくない。

 だから、自分から逃げるように、自分とは程遠いキャラを選ぶし、ゲーム世界の中で注目を集める自分の分身に酔っている。


 けれど……これは深層学習なんかじゃない!

 深層学習ってのはもっと膨大なデータを用意して、正解となる物を教え込んでやらないと、

 キチンと調教してやらないといけないものだ。


 こんな短時間に、正解すらない質問で僕という人間を定義できるものじゃない!

 分かったぞ。この裏にいるのは運営チームだ。心理学者でも飼ってるんだろう。

 必死に僕に質問して、その裏で今、まさにここで僕のキャラクターを創造(メイク)しているんだ!


「お前は誰だ! 『デミ・アース』!!」

『あなたは嘘の自分に注目を集めたいですか』


 デミ・アースは僕の質問に答えない。


 僕はだんだんと高揚してくる気持ちを抑え、吟味し、丁寧に、そして裏側の誰かとの対戦に負けまいとするかのように質問に答えていく。

 何時間ほどたっただろう。まぶたが少しずつ重たくなってくる。

 問答が始まってから、ずっとお経のような抑揚のない音楽が掛かっているのもいけない。


 ゲーム中の寝落ちなんて……ゲーマーには決してあってはいけ……な……

 そこで徐々にフェードアウトしていた意識がとうとう暗転した。


 何かが、聞こえてくる。これは、デミ・アースの声か……? それとも夢……?


『ようこそ、デミ・アースへ。私に気付いてくれる子を待っていたわ。これからあなたは佐久場 夢馬という人生を捨てる。あなたはとても可愛い少女、でもそれは嘘の姿。その力は人間からはほど遠くて、悪魔じみている。けれど、あなたの力はその嘘の力でどんな相手でも魅了して虜にしてしまうの。そしてあなたはそんな相手から生きる力を啜り、得る。欲望のままに。その力は本物。けれど、弱いあなたは、決して悪人にはなりきれない。そんなあなたにふさわしい理想のキャラクターは……』


 「いけないんだぁっ!」


 意識を取り戻そうと、意地で夢の淵から這い上がる。けれど、見開いた目に映ったのは、

 天蓋付きのベッド、ゴシック調の内装、大きな姿見、出窓、光沢のある厚いカーテン。


 少し肌寒い。布団どころか、服もないようだ。


 「どこだよ……ここは」


 混乱する僕がどうにか絞り出した声は、いつもの枯れかけた低い声ではなくて、水を張ったグラスを金属の棒で叩いたような、澄んだ高い声。


 恐る恐る、僕の姿を鏡に映す。


 頭には無造作で伸ばしっぱなしだったクセっ毛が何処にもなくて、細くて光沢のある、肩口で揃えられたストレートの銀髪とそこから小さな角が覗いている。

 茶褐色の不健康だった手足は、白くて瑞々しく滑らかに。


「なんだよ、これ……?」

 

 背丈のわりに弾力よく肉付いた太もも、胸。

 背中の羽。お尻には先端がハートになった尻尾が生えていた。


 僕の、ファンタジー知識を総動員するまでもなく、この姿は。


「僕、サキュバスになっちゃった!?」


初めて小説を書きます。良かったら感想などいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ