Ⅳ
文化祭も終わり、いよいよ夏がやってくる。夏休みだ。あの文化祭のステージから」、夜空は増々人気者になった。それと同時に、僕にも新しく友達ができた。そいつはクラリネットを吹いているらしい。木管パートに男子がいないと嘆く、吹奏楽部員だ。何度も勧誘されたが、僕が拒み続けた結果、
「その気になったら、こいよ。」
と言われた。
夏休み前日。終業式も終わり、午前中で帰れる貴重な日。帰ったら何をしようかと考えていると、
「朝陽」
と呼ばれた。この声はと思って振り返ると、案の定そこには夜空がいた。
「ん?どうした。夜空」
と僕が返すと、
「お互い名前呼びかよ。」
「まさか付き合ってんのかお前ら!」
といった冷やかしから嫉妬の声までいろいろ聞こえてきた。
「えっと…取りあえず来て。」
そう言うと、僕の手首をつかんで駆け出した。
教室からは、女子の悲鳴や、男子のどよめきが聞こえてきたが、気にならなかった。むしろ、気持ちがよかった。
夜空に手を引かれてやってきたのは、音楽室だった。
「何の話?」
僕はこれから始まることに少し期待していた。まさか告白……なんてな。
その通りだった。なんてことなかった。彼女の話は、僕の平凡な夏休み計画を、変えようとしていた。
「2人でソロコンに出よう」
「2人で?ソロコンって、1人で吹くやつだよね?」
「そうだよ。だから私は、伴奏者として出演するの。」
「えっ、ピアノ…」
「弾けるよ。」
すげー。と心の中で呟いた。
「っていうか、意外と反対しないんだね。文化祭の時は、あんなに反対してたのに。」
「それは…」
それば、文化祭があまりにも楽しかったから。君と演奏すると、音が、世界が、輝いて見えるから。
……なんて言えるわけない。
「よし。じゃあ決まりだね。曲はどうする?」
「カール・ライネッケの『ウンディーネ』の第4楽章がいいな。」
僕は、即答した。
「じゃ、それにしよう。」
夜空もすぐに同調してくれた。
「夜空は、この曲知ってるの?」
「まあ、聴いたことあるから。君のあのコンクールで。」
「ああ、あの人が、演奏していた曲だもんね。」
すると、夜空が少し緊張した様子で、問いかけてきた。
「朝陽、あの人の名前覚えてる?」
...え?
そういえば、あの人の名前はなんだ?
大切な人。忘れたくない人。
初恋の人。
「わからない。....あっ。」
「思い出したの?」
「名前はわからない。でも、確か家に…ごめん夜空、今日は帰る。また明日な!」
と、言い残して走った。
僕の心にある、あの人の音を見つけ出すために。
家に帰りつき、かなり息がきれていたが、お構いなしに自分の部屋へ駆けあがる。
「確かここら辺に……あった。」
見つけ出したのは一冊の音楽雑誌。この雑誌にあの人の特集がある…はずだった。
「……なぜだ。」
彼女の記事だけが消えている。母に聞いても知らないという。昔あれだけ、あの人のことを話題にしていたのに。
その日の僕はあまりにも混乱していて、気づいていなかった。音楽室での夜空の声が、震えていたことに――
次の日の朝、何気なくスマホに目をやると、
「げっ、9時半!?ヤバい!」
遅刻だと考えていると、スマホが鳴った。電話だ。
「もしもし?」
―あっ、おはよう。私だけど。
「夜空!?今どこ?」
―今?家だけど。
「家!?お前も遅刻じゃん。」
―遅刻?何言ってるの?昨日学校で何したか覚えてる?
「昨日?昨日は終業式…あっ、夏休みだ。」
―遅刻なんでしょ?急いだら?
「うるせー」
完全にからかわれている。
「っていうか、なんで僕の番号知ってるの?」
―えっと、秘密!
「どおせ、ヒロあたりでしょ。」
―うっ、まあそれは置いといて、ソロコンのことなんだけど…
話し変えたな。それよりヒロ、覚えとけよ。
―本番まであまり時間がないから、これから毎日16時から19時まで学校の第二音楽室で練習ね。不都合ある?
「今日から?」
―うーん じゃ 明日から
「了解 楽譜とかどうするの?」
―うちにあるから 大丈夫だよ
「わかった じゃあまた明日」
―うん じゃあね 遅刻しないでね
「そう言うと 彼女は少し笑った」
―分かってるよ
「そう言って 電話を切った」
明日が待ち遠しい
次の日 16時少し前に行くと ピアノの音色が聴こえてきた
「失礼します」
「 はーい、って 朝陽か」
「先生は?一応挨拶しときたいんだけど」
「終業式の日に 宮原先生に許可もらったから大丈夫だよ」
「宮原先生って吹奏楽部顧問の…」
「そうそう ちなみに 吹奏楽部は部室 合唱部は第一音楽室で練習してるから気にしなくていいよ」
用意周到だな と 思っていると
「はい、楽譜ね」
渡されたのは『ウンディーネ第四楽章』。スポットライトの下で堂々と吹く女性が脳裏に浮かぶ
「 おーい 聞いてた?」
「どうやらぼーっとしていたようだ」
「 ごめん」
夜空は少し困ったように笑った
「 6時から合わせよ」
「 了解」
「 あっ 隣の部屋使っていいよ」
「ありがとう」
部屋に入ると 防音ながらも少しだけピアノの音色が聴こえてきた
「 やっぱ うまいな」
負けてられないな
一緒に練習し始めてから一週間がたった
「 そこ もう少しrit出来る?」
「うん いける」
じゃあ 同じところから 僕らは 元々やっていたこともあり 音取りなどはスムーズに終わった 勝負はこれから どう仕上げていくかが大切だ
優しく 強く 小さく なめらかに 色々な表現の仕方のピースの中で僕らは曲というパズルを埋めていく 一人じゃ辛くても二人なら出来る そんな気がした
「 ねぇ 朝陽」
「 ん?」
終了時間になった時 夜空が話しかけてきた
「 『ウンディーネ』の背景となるお話知ってる?」
「 え⁉︎知らない てか そんなのあるんだ!」
「調べとくのは基本!明日までに調べてきてよ」
「 そういう夜空は…」
「 調べてるよ」
「 どんな話?」
「 それは自分で頑張って ちゃっかり聞こうとしないの」
「ばれたか」
そう言って二人で吹き出した この時間が何よりも楽しかった
「 夜空!調べて来たよ」
「次の日 開口一番そう言った」
「 おっ!どんな話?」
「 えっと ウンディーネは水の精で人間に憧れている。ある日 騎士に恋をする。二人は結婚したんだけど。騎士が他の女性に恋してしまう。騎士がウンディーネを水の近くで罵ると 消えてしまった。騎士はその女性と結婚するが ウンディーネは妖精界の掟で騎士を殺さなければならない。そして 騎士を殺したあと 自分も死んで 騎士のお墓の周りの泉になったっていう悲恋のお話」
「 叶わない 報われない恋 別世界の人間 まるで私たちみたいだね」
「 えっ…それ どういうこと?」
「 ううん 何でも無い。さ、帰ろう」
「……うん」
私たちみたいだね
その言葉が頭から離れなかった
「 いよいよ明日だね」
コンクールを明日に控えた僕らはそんな話をしていた
「緊張する?」
「私はそこまで あんまり緊張しないタイプだから いいな 僕は結構緊張するタイプ」
「大丈夫 これまでやって来たじゃない 自信を持って」
「そうよ」
声のした方を向くと 宮原先生がいた
「 今までの演奏少しだけ聞こえてたんだけど とてもいいと思う うちの吹奏楽部より上手いんじゃないかな」
「 ありがとうございます」
「 じゃ 明日は自信を持って頑張って」
「 はい」
そう言うと宮原先生は去っていった
「 じゃあ今日はあと一回だけ合わせよう」
「 OK」
ピアノの旋律とフルートの音が混ざりあう 愛しい人を自らの手で殺めたウンディーネ 叶わぬ恋 愛しているのに 愛されない 彼女は何を思ったのだろうか
演奏が終わると 夜空が覗き込んできて言った
「 私はいなくならないよ」
「 えっ!?」
「 私は朝陽を後ろから支えてるだから 安心して演奏して。君は光で私は影 君が主役なんだから」
「 夜空……」
「 明日は二人で頑張ろう」
「うん。二人で …夜空 ありがとう」
明日はいよいよ コンクール―――