III
それから1週間は、時間があれば音楽室へ行き、楽器の感覚を取り戻す事に集中した。4年間のブランクを取り戻すために。彼女も毎日練習に付き合ってくれた。おかげでクラスの連中からは、
「あの子といい感じなのか?」
「光丘にもついに春が来たか〜」
と言った声をかけられたが、それも気にならないぐらいのめり込んだ。それぐらい彼女と吹くことは楽しかった。文化祭では、2曲演奏する予定で、一つは、miwaの「君に出会えたから」。僕の友達で軽音部の高田宏也と組むことになった。僕はギター、ヒロはドラム、彼女はボーカルだ。もう一曲は、2人で「美女と野獣」のフルートアンサンブル。彼女曰く、文化祭では衣装もOKだから、彼女はベル、僕は野獣の格好をして演奏するらしい。野獣ってどんな格好だよ…と思っていると、それに気づいた彼女が、
「えっ、もしかして逆がよかった?」
と少々ズレた発言をした。……逆はもっと無理だ。
本番1日前、。リハーサルを終えて、帰ろうとした時、
「一緒に帰ろ。」
彼女が声をかけて来た。特に断る理由もなく、一緒に帰ることにした。
「明日楽しみだね」
「そうだね」
「君の復活コンサートだもんね」
「うん」
「頑張らなきゃ」
そんな会話をしていた。横に並んで歩く彼女の横顔が美しくて僕はつい言ってしまった。
「夜空……綺麗だね」
よくよく考えると、恥ずかしいことを言ったと思い、心の中であたふたしていると、
「朝陽は見えないね」
と彼女が返してきた。顔が火照る。
「当たり前だろ」
それから会話らしい会話はなく、別れる時になって彼女は言った。
「じゃあね、朝陽。」
自然に名前で呼ばれ、気づけば自分も名前で呼んでいた。
「じゃあな、夜空。」
その日から僕らは、お互いを名前で呼ぶようになった。
文化祭当日。僕らのステージは10時30分からで、それまではそれぞれ自由に過ごすことに決めた。何人かの友人とどこから行こうか話していると、肩を叩かれた。振り返ると夜空がいた。
「10時に昇降口ね。衣装取りに行ったり、音出しできるから。」
「了解。ありがとう」
それだけ伝えると夜空も友人と人ごみの中に消えて行った。
「可愛いな」
隣で友人の声が聞こえた。
10時になり、昇降口へ行くと、彼女が待っていた。
「ごめん。待った?」
「全然。先に音出し行こう。そのあと衣装ね」
「あぁ」
10:30 。 ステージに立つと、あの頃の記憶が蘇ってくる。だが聴衆はあの頃とは違い、誰もが目を輝かせている。いよいよ本番だ。カウントが始まり、夜空が息を吸う。その声は、文化祭会場全てに響く澄んだ声。それにのり、僕も負けじと弦を弾く。夜空と目が合う。いいよ。そう言っている気がした。僕は久々に心の底からワクワクした。快感だった。
一曲目が終わり、着替えのためにステージ裏に戻った。
「吹けるじゃん」
「そうみたい」
夜空がいれば…とは言わなかった。
僕の衣装は野獣というより、王子の衣装だった。獣要素がひとつもない。着替えが終わり、舞台袖に行くと夜空はもうそこにいた。いつもは下ろしている髪を高く結い上げ、胸元の開いたドレスや、いつもは見せないうなじが色っぽい。ベルが現実にいたらこんな感じだろう。つい見入っていると、
「遅かったね。野獣さん。いや、王子様?」
そう声をかけられ、僕ものった。
「すみません、ベル。しかし心優しい貴方なら、許してくださるのでは?」
「そうね。」
そう言って2人で笑っていると、
「出番ですよ。って…」
呼びに来た男のスタッフが言葉をなくし、紅潮していた。まあ、無理もない。
「さあ、行きましょう。私たちのステージへ。」
そう言って、優雅に右手を差し出して来た。まだ続いているらしい。
「そうですね。行きましょう。」
またまたのってみた。差し出された右手を握り、彼女をステージまでエスコートする。今だけは野獣(王子?)となって貴方をエスコートしよう。舞台に上がると、さっきより観客の数が増えている。それに、夜空が出てくると、観客の雰囲気が変わった。みんながベルに、夜空に魅了されている。彼女の合図で曲が始まった。僕らは時折見つめ合っていた。いつしかステージが舞踏会の広間に見えてきた。音のダンスは美しく混ざり合い、それでいて、それぞれを引き立て合っていた。気づけば観客の数は今までにない数の人だかりだった。演奏が終わっても、僕の心はまだ踊り足りないようだった。夜空の美しさは反響を呼び、急遽出演したミスコンでは、グランプリに輝いた。また、野外ステージ部門では、出演した全バンドの中で1位を獲得した。
放課後、僕から誘って一緒に帰った。
「ありがとう。」
「何のこと?」
「夜空が誘ってくれたから、もう一度、フルートを吹くことができた。あんなに楽しかったのは久々だった。」
「だから言ったでしょう。朝陽の心に音はあるって。」
そうだ。僕の心にも、音はあった。でもそれは、夜空。君が見つけてくれたんだ。