act・01 森で熊さんと出会いました
「…………ぃ…………ーい…………」
誰かに身体を揺さぶられてる。それも、雑に乱暴に。
もう少し寝かせてくれ、せめて後十分くらい。
「いい加減、起きんかぁ!!」
「っ!?」
脳天を直撃した衝撃で俺は完全に目が覚めた。
「やっと起きたか。たく、こんな所で良くグースカ寝れるな」
身体を起こし隣を向くと、筋骨隆々の毛むくじゃらなオッサンがいた。
一瞬、熊かと思った。まじでビビった。
「だ、誰、アンタ」
「俺か? 俺はジャック。ジャック=フォルドンだ」
ジャックと名乗る男は気さくに応えた。見た目とは裏腹に、温厚そうな表情を浮かべるジャックに対して多少警戒心が和らぐ。
「お前、なぜこんな所で寝ていた。魔物に喰われても文句言えねぇぞ」
「こんな所?」
言われ、周囲に目をやる。草木が鬱蒼と生い茂っていて薄暗い。どうやら俺は森の中にいるらしい。
「ここ、…………どこ?」
「おいおい、ここがどこかも知らずに眠りこけていたのか? ここは『ウルドの森』。凶悪な魔物が大量に巣食う森だ」
「何で、俺はこんな所にいるんだ…………?」
俺はどうやって、ここに来たんだ? 確か、そう真っ白な空間に居たんだ。それで、種族やら職業を選ばされて…………。
「あーくそっ、訳わかんねぇ」
「どうやら、記憶が混乱しているらしいな。
とにかく、この森は危険だ。近くに村がある、
そこに一旦移動するぞ」
「えっ」
「えっ、じゃない。行くぞ」
ジャックは俺の腕を掴むと立ち上がらせ、村があるという方向へ歩き出した。
暫く歩くと、森を抜け心地好い風が吹き抜ける草原が現れた。
「そう言えば、まだお前の名前聞いてなかったな」
「名前? 名前は誠だ。柴條誠」
「マコトか、聞き慣れない名前だな」
「そうか?」
誠なんて在り来たりな名前だと思うけどな。日本だけか?
つーか、ここ日本なのか? ジャックにしたって名前や見た目からしても日本人じゃないし。でも、言葉通じてるよな。
「なぁ、ジャック」
「ん? なんだ?」
「ここって日本のどこら辺なんだ?」
「ニッポン? そりゃ何処の国だ?
ここは『リシャール大陸』の『アルブ地方』にある大国『マグダリア』の領土の端。謂わば国境近くだ」
日本じゃない処か、知らない大陸の名前や国の名前が出てきたんですけど! もしかしなくとも『異世界』に来てしまった!?
あれですか、携帯小説とかでよく見る『異世界転移』とかそう言う奴か? 嘘でしょ!? 現実にこんなん有って良いのか!? 世界の色んな法則ガン無視してますけども!?
あまりの出来事に俺は頭を抱えた。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫、少し目眩がしただけだ」
「無理すんなよ。村まであともう少しだが、ここら辺でちょっと休むか。魔物もこの辺りじゃ少ないし」
そう言ってジャックは草原に腰を降ろした。
俺もジャックに倣い腰を降ろす。
「んくぅ~~~っ、風が気持ちいいな」
グッと背伸びをして寝転がるジャック。この姿、体格が大きく鎧自体が黒いから遠くから見たら熊が寝転がってるように見えるかも知れない。ほんと、熊のように図体がデカイなジャックって。
ふと、疑問に思った事をジャックに問い掛けてみた。
「なぁ、ジャック。どうして、出会ったばっかのそれも、素性の知れない俺なんかに親切にしてくれるんだ?」
「うーん、俺の性分かねぇ。困ってる奴見ると放っておけなくてな。たまに無償で人助けみたいな事してるし」
「ふーん、ジャックってお人好しなんだな」
「かも知れねぇな」
人は見掛けに寄らないとは言うが、ジャックほど見た目と中身にギャップがある奴はいないだろう。少し話を聞いただけだが、頼りがいのある兄貴分って感じがするな。
五分ほど休憩をしたあと、俺達はジャックの言う村へ歩み始めた。
着いた村は、長閑な雰囲気の小さな村だった。掘っ建て小屋のような家が数件あり、田畑が多く見受けられた。その田畑では汗水垂らして農作業を行っている村人達がいた。畑の近くを歩いている俺達に気付くと村人達は笑顔で手を振ってくれた。だから、俺も笑顔で手を振り返した。
ジャックの後に続き歩いていくと、他の建物より一回り大きい家の前に着いた。
「グルグ爺さん居るかぁ?」
玄関口の戸を開け、ジャックは声を張上げ問い掛けた。
すると、
「はい、はーい。あらジャックさん、どうしたんですか?」
明るい茶髪の美人さんが出てきた。長く綺麗な髪を後ろで一本に束ね括っている、所謂ポニーテールの髪型をしていて、 うなじが妙に艶かしい。顔も顎にかけてのラインがスッとしていて、目元なんかやや垂れぎみではあるが何とも言えない妖艶さを醸し出している。
なんだ、この美人な大人のお姉さんはっ!
顔もさることながら、あの豊満な体型! 衣服を押し上げ自己主張する二つのお山もといお胸。キュっと括れた腰。引き締まったお尻。これはまさしく、ボン! キュッ! ボン!
男(俺個人)の理想が目の前に!
「おい、なに涎垂らしてんだ」
ジャックがジトッとした視線を向けてくる。
おっと、いけない。俺としたことがつい。涎を拭い俺は背筋を伸ばし、出来るだけ格好良く見えるよう佇まいを直した。
「初めまして、僕は誠。どうぞ宜しく綺麗なお姉さん」
爽やかスマイルに白い歯を輝かせて見せる。
どうだ! 自慢ではないが、俺の顔はそこそこイケてる。イケメンフェイスの爽やかスマイル、これで堕ちない女性はいない筈だ!
「あ、あははは………………変わったお方ですね」
顔を若干ひきつかせ愛想笑いをする美女。
あれ? 可笑しい…………。何時もなら、『ポッ』と女性は頬を赤らませ熱い視線を送ってくるのに。何故だ、何か間違っただろうか。
「こいつの事は放っておいて、ミリア、グルグ爺さんは?」
ほーミリアって言うのかこのお姉さんは。…………っておい、なんだそのぞんざいな扱い!
「お爺ちゃんなら畑の方に出てますよ。
何かお爺ちゃんにご用なんですか、ジャックさん」
「ああ、実は―――――」
「なんじゃい、お前さんら。人ん家の前でなぁにしとるん」
声がし振り返ると白髭を蓄えた老人が立っていた。
「あ、お爺ちゃん」
「グルグ爺さん、ちょうど良かった」
老人はジャックの顔を見るなり、「おおっ」と声を上げた。
「ジャックじゃないか。久しいの」
「ああ久しぶり、爺さんは相変わらず元気みたいだな」
「当たり前じゃ、曾孫の顔を見るまで死んでたまるもんかい」
クククッと笑い、ミリアさんを見ながら老人が言う。
顔を赤らめミリアさんは老人に張り手を繰り出した。
猛烈な勢いで吹っ飛んでいく老人。とんでもない馬鹿力だ。
大丈夫か、あの老人。死んでねぇか。
「もうっ! お爺ちゃんたら!」
俺が呆然としている中、吹き飛ばした当人は、頬に手を当てモジモジと照れている。ジャックに至っては、またかと言ったような表情を浮かべていた。
「いてて…………、ミリアは加減って物を知らんからのぅ」
あ、生きてた。意外と頑丈だな爺さん。
「お爺ちゃんが変なこと言うからでしょ!」
ミリアさんがプンプンと憤慨している。怒った顔も可愛い。
「ミリアも相変わらずのようだな」
ジャックにそう言われ、ミリアさんがまた顔を赤くする。
へ、もしかしてミリアさん…………ジャックのことが!?
「で、ジャックよ。今日は何用でここに来たのじゃ?」
事もなさげに爺さんは立ち上がり、ジャックに問い掛けた。
「実は、こいつをこの村で預かって貰えないかなと」
俺を前に押し出しつつジャックが言う。
「そりゃまたどうして?」
「俺も詳しい事情は分からんが、ウラドの森で迷っている所を俺が保護した。行く宛もなさそうだし、この村で預かって貰おうと足を運んだ次第だ」
うーんと考え込むグルグ爺さん。
数秒後。
「良かろう。ちょうど男手が足りとらんかったんよ、そこの若者には精々村の為に働いて貰うとするかの」
「助かるぜ。おおいにコキ使ってやってくれ」
何だか、話が当人を差し置き勝手に進んでる…………。
確かに行く当てなんか無いけど…………コキ使うとか言ってなかった? 面倒は御免なんだが…………。
「じゃ、後は任せたぜグルグ爺さん」
「おおう、任せんしゃい」
「あ、おいっ」
「じゃあな、マコト。元気でな」
クシャっと俺の頭を乱暴に撫でると、ジャックは何処かへと去っていった。
寂しい、そんな気持ちもあるが、もう一度また会える気がする。あいつとは何かしらの縁があるとこの時感じた。
ジャックが去った直後、グルグ爺さんが無茶振りをしてきた。
「では、さっそく。主には狩りをしてきて貰おうかのぅ」
ちょ、俺狩りなんてしたことねぇぞ!!
「ほれ、行くぞい」
「あ、ちょっとま―――――」
ぐいぐい引っ張られ、足元が縺れそうになる。
助けを求めミリアさんの方を見ると、いい笑顔で手を振っていた。
ああ、俺を助けてくれる味方がいない。どうなるんだ、今後の俺の人生…………。つーか、元の世界に返してくれーーー!!