19 残り00年と00ヶ月00日
「……何をすればいいの?」
「ボクの言うとおりに、タグを操作して欲しいんだ。確か、この魔女の息子という表記に触れれば、品物がどういう風に構成されているか、分かるはずだよね」
「…………」
北の森の魔女と、保管庫で道具を探しているとき、その様子をエリオットは見ていた。だから、どうやって操作するのも大体把握しているのだろう。けれど―――
「……待て。まさか、自分を構成する要素をいじるつもりか? そんな無茶をして、下手をしたら身体ごと崩壊するぞ」
ニーナの漠然と危惧を、花と岩棚の魔女が的確に代弁してくれた。
「大丈夫です。そんなに大掛かりなことをするわけじゃありません。タグの表記に記された、人間の部分だけに永久保存の魔法をかけるだけですから」
「……永久保存の魔法は効かないんじゃないの?」
「うん。でもそれは、ボクの身体にある魔女の部分のせいなんだよ。だから、ボクの人間の部分だけに、魔法をかけて欲しいんだ」
「――――……で、でも、そんな風に分けてした事なんてない」
「そうなの? えっとね……」
「違う。そうじゃなくて。さっき魔女様が言ってたじゃない。下手したら身体ごと崩壊してしまうかもって。怖いの。こんな、いきなり試してしまうなんて」
「前例は一応あるんだけど……そんなに心配なら、今からあの手記の隠し部屋に行ってみる? そこなら、ボクが手記から抜き出して、順序立た操作方法の覚え書きもあるし」
「…………でも」
「んー……じゃあ、ボクを信じて。ほら、ボクって天才だから。ボクが組み立てた理論に間違いがあるはずないよ。絶対に上手くいくから」
「――し、信用できない」
「ちょっ、ヒドいっ」
エリオットは声を荒げるが、ニーナのどうしようもない不安を見て取ったのか、すぐに消沈した。
「……運び屋さんがどうしてもって言うなら、他の何かで試してからもでもいいよ。手記を書いた魔女の息子も、キメラとかいうので試していたらしいし。……ただ、なるべく早くしないといけないと思う。ボクに、それほど時間があるとは思えないから」
ニーナは息を呑む。
そうだった。エリオットの魔力は、いつ暴走してもおかしくないのなら、今もすぐにだって起こりえるだろう。
どれだけ先延ばにしたところで、最後はエリオット自身で試さなければならない。だとしたら、迷った分だけ彼の命を危険に晒すだけかもしれなかった。
自分に言い聞かせるように、ニーナは頷いた。
「――――やるわ。教えて、やりかた」
「…うん」
エリオットも頷き、二人は顔と顔をつきあわせる。
彼はタグをのぞき込み、淀みない口調でどうすればいいか指示してくれるが、ニーナは指先が震えそうになるのを必死で抑えつけながら、その指示に従った。
そして、エリオットを構成する人間の項目ひとつひとつに永久保存の魔法をかけていく。
かなりの数になった頃、彼は変わらず淀みのない口調で言った。
「そう。それで最後に、期限切れの道具にいつもしているみたいに、効力を弱める時の手順でボクから魔力を抜いて」
「え……でも、さっきそんなことをしたら、人間の身体が保たないって――…あ。だから、永久保存の魔法?」
「うん。本当ならこれで人間の身体を保存し続けられるはずだったんだけど、やはり駄目だったんだ。月日が経つにつれて、魔女の息子は自分が徐々に老化していることに気付いて。永久保存の魔法は、死にゆく時間をただ遅らせるだけにしかならなかったって書かれてあった」
「……まあ、完全な保存を可能にする魔法など無いからな」
花と岩棚の魔女が、横からそう補足してくれる。
ニーナは一度深呼吸をした。それから、いつも行っている操作を最後の仕上げとして施せば、タグが聞き覚えのある高い音を立て――そして鳴り止む。
「…………」
エリオットを注視しながらニーナは待ったが、いくら待っても何も起こらない。
「……か、身体とか平気? 変なところとか、痛いところとかない?」
「…うん。何とも、ないと思う」
自分の手のひらや足下、首を巡らして背中を見ながらエリオットは言う。
そうは言うが、本当にこれでいいのか、ニーナには確証が持てなく落ち着けない。
何か、拠り所になるようなものが欲しくて、エリオットの身体にあって欲しくない異変を探してしまう。すると、それが目に付いた。
タグの品名表記が、魔女の息子から“人間”になっていた。
「――…人間に、なったの?」
「…ううん。魔力を抜いたから一時的にそうなってるだけ。ひと月くらいで、また魔女の息子って表示されるはずなんだ。だから、その度に魔力を抜かないといかない」
「……なるほど。人間と魔女の間を行き来することで、結果的にゆるやかな死を可能にしたのか。しかし、これほど微調整を要求される魔法を、永続的にかけ続けるなど土台無理だな。一度施すだけで何人の魔女が必要になるか……機関的な延命装置があってこそだな」
「…はい。だから、人間分の寿命を全うするなら、ボクは魔女馬車から遠く離れて生きてはいけないと思います」
それを聞いて、ニーナは少しだけ落ち込んだ。
エリオットが生き延びるためには、魔女馬車を縁にするしかないのは残念だが、それでも彼が死ぬことになるよりはずっといい。
それに魔女馬車なら、ニーナも―――
ふと、ニーナは重大なことに気付きかけたが、先んじるようにエリオットがニーナの手を取った。
どうしたのかと見上げれば、彼はにこりと笑い、後ろを振り返る。
「そこで、お母さん」
びくり、と成り行きを見守っていた木漏れ沼の魔女が肩をふるわせる。
お母さん、と呼ばれ慣れていないからか、きょどきょどと目を泳がせ、それでも、まんざらではなさそうに頬を染めていた。
「お母さんにお願いがあります。ボクの隣にいる彼女を説得して欲しいのです」
「……説得?」
「彼女は、当代の御者を務めているのですが、実は、ボクのために御者としてあるまじき行為を重ねてしまいました。その責任を取って、御者を辞めるつもりでいます」
「――ちょ、ちょっと」
たったいま、ニーナが気付きそうになった重大な事はまさしくそれだった。
「ですが、ボクは彼女に御者を続けてもらいたいのです。ボクのせいで、生まれた時から住んでいる“家”のような場所を失わせたくありませんし、何より、ボク自身がこれからも愛する人と一緒にいたいのです」
ニーナは頬を赤くせざるを得なかった。
エリオットの母の前で愛する人だと紹介されて、さらにその母親から熱く潤んだ目で見つめられては居たたまれない。
「なので、いわば雇い主である魔女に、彼女を説得してもらいたいのです」
「――わ、わかったわ! …お、お、お母さんに、まかせて!」
二つ返事で応えると、木漏れ沼の魔女がニーナに迫る。
「ええと、御者さん? 運び屋さん? どうか、エリオットのために御者を続けてはくれないかしら? もし、御者のお仕事に不満があるなら、できうる限り改善するわ」
「そうよ。せっかくハッピーエンドが目前にあるんだから、ちょとくらいポリシー曲げてもいいじゃない。四角四面の性格なんて、苦労と損が多いだけよ」
「そうだぞ。これは、とてつもない発明だ。魔女馬車の機能をきちんと解析して、もっと簡略化できれば、後に続く魔女の息子たちを救えるんだ。その機会を逃すつもりか」
木漏れ沼の魔女どころか、北の森の魔女と花と岩棚の魔女まで加わり、ニーナは三方を魔女たちに囲まれた。
三者三様の言い分で懇々と説き伏せてくる魔女たちに、ニーナは元凶である隣の男を睨み付けるが、彼は悪い顔で笑うばかりで助けてくれない。
そしてニーナは、母親の愛と、恋路の成就と、後世への展望という三方からの攻め立てに、抵抗の余地なく陥落した。
あと1話で完結予定ですが、更新は2、3日後になると思います。
すみませんです(´・ω・`)




