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 「そもそも、魔女の息子に関する手記をどこで見付けたのか、それをまず説明しようと思います」


 魔女の息子を生かす“仕掛け”が、魔女馬車にあると述べたエリオットは、そう言って解き明かしをはじめた。


 「ボクが運び屋さんに頼んで、魔女馬車の書室に入れるようになってから、とにかく本という本を片端から読んでいったのですが、ある日、本棚にあった装丁本を開いた途端、天井から梯子が降りてきたんです」


 えっ。と、ニーナの驚きが聞こえたのだろう。エリオットがまたニーナを振り向く。

 だがその顔には、前と違って後ろめたいものしか無かった。


 「あの時は、すごくびっくりして。すぐに運び屋さんを呼びに行こうとはしたんだよ。でもさ、運び屋さんは()で馬車を走行中だったから、呼びに行こうにも行けなくて。下りてくるまで待とうとも思ったんだけど、目の前で扉がぽっかり空いてるのに、あと何時間も待てなくて。それで……」


 「か、勝手に入ったのっ?!」

 「うん。ごめん」


 謝りながらも、エリオットはニーナの叱責を避けるように先を続けた。


 「そこにはね、部屋があったんだ。書室のように沢山の本もあったけど、ベッドや窓もあって、どちらかといえばボクの車室と似たような場所だった。魔女の息子に関する手記はそこで見付けたんだけど、たぶんあの部屋は、大昔にいた魔女の息子の隠れ部屋だったんだと思う」


 「そ、そんな部屋があるなんて、わたし……」


 「うん。ボクもそうなんじゃないかと思った。それでなんだけど、あの部屋の梯子、魔女の息子がいないと、梯子が降りてこなかったじゃないかなって。ていうか、魔女馬車自体が魔女の息子のために作られたみたいだから」


 寝耳に水な事が多すぎて、ニーナはもはや反応しきれない。


 判断を任せるように魔女たちに目をやれば、木漏れ沼の魔女も北の森の魔女も初耳のような顔をしていた。


 「隠れ部屋で見付けた手記に、そうあったんだよ。ボクが読んだ手記は、大昔に産まれた魔女の息子が書いたもので、魔女の息子には、当たり前だけど魔女の母親がいた。彼女は、ボクのお母さんと同じ事をしたんだ」


 ニーナを振り返っているエリオットは、自分の背後にいる魔女へ視線を流す。


 「母親を殺す以外の方法で息子を生かそうとして、けれど、やはり彼女一人の力では無理だったんだと思う。それで他の魔女の力を借りることにした。でも、息子の存在が知られてしまったら、十中八九その場で殺される。だから、息子のことは秘匿したまま魔女を集め、その知恵と力を振るわせるための口実として、魔女馬車の制作を利用したのだと、彼の手記には書かれてあった」


 「…………」


 「他にも、各地の魔女を回って新しい魔法や部屋を加えていくためだとか、魔女の息子を一箇所に匿っておく危険性だとか、それでも数年に一度は、母親に会いに行くためだったとか……魔女馬車という形を取った理由が、あちこちにとりとめのない文章で書かれていたよ」


 「なら、魔女馬車って……」


 「うん。これまで魔女馬車は、魔女たちの気まぐれで作られたと思われていたけど、本当は明確な目的を持って作り上げられた。そうして、魔女の息子を延命させたんだ」


 「いや、それは可笑しいだろ」


 声は横手から飛んできた。その場にいた誰でもない女の声。


 少し離れた木々の合間から姿を現したのは、髪をひとまとめにし神経質そうな顔立ちをした、花と岩棚の魔女だった。


 「すまないが、話は全て聞かせてもらった」


 堂々と盗み聞きしていたことを告げながら、ずかずかと歩み寄ってくる魔女に、魔女は盗み聞きするのが普通なのかと、ニーナはつい心の中で思ってしまう。


 「魔女馬車が完成して、魔女の息子の延命を可能にしたのなら、何故それを公にしなかった。今後産まれていくる魔女の息子のために、それがどれだけ大きなポテンシャルになったことか」


 彼女はエリオットの前に立ち力説するが、エリオットは 物憂げに答えた。


 「…失敗作だったんです」

 「……どういう、事だ?」


 「あの手記には、日記のような側面もあって、一日も欠かさずに書き込まれていた手記は、途中で途切れていました。そこから逆算して、いったいどれだけの年月魔女の息子が生きていられたかを計算したんですが、長くても80年ばかりだったようです」


 ―――80年。


 その数字を前に、ニーナはどう表現したらいいか分からない感情が込み上げる。


 数百年をざらに生きる魔女にしてみれば、確かにあまりにも短すぎる年月だろう。

 けれど、それは魔女に限った場合である。


 「手記には、次第に衰え、老化していく自分自身のことも書かれていました。魔女の息子はその事をひどく憂い、老いていく自分の姿を見る度に、母がまた自分を殺させようとするのだと嘆いていました。まだ待って欲しいと、必ず新しい方法を見付けるからと、晩年はそんな言葉ばかりで埋め尽くされていました」


 「…………」


 「でも、そんな方法が見付かった記述は、手記のどこにもありませんでした。そして、彼の隠し部屋に、魔女の息子の遺体も残っていなかった。きっと、彼の魔女(ははおや)か、彼に付き添っていた従者が、その亡骸を運び出したんだと思います」


 それほど心を砕いて、手立てを尽くした息子を、結局80年ばかりで失ってしまった魔女は、その後どうなったのか。


 ニーナの脳裏に痛ましい光景がよぎるが、その想像はおそらく間違っていないだろう。


 「魔女たちがその後、どうなったのかは知り得ません。馬車の書室で代々の御者の記録も読みましたが、御者を務めた人間が何度か入れ替わっているせいか、それらしい記述もありませんでした……ただ、ボクにとって幸運だったのは、本来の主人を失っても、魔女馬車の機能は受け継がれてくれたことです」


 そう、魔女馬車だけが残された。そして、今ひとたび魔女の息子を乗せている。


 「ボクはとにかく探しました。何をどうすれば、80年もの寿命を得られたのか。でも、手記には明記はされていなくて。断片的に読み取れる、それらしい文言をひとつひとつ抜き出して、つなぎ合わせていく作業を強いられました。さすがに80年分となると量が量でかなり骨身に応えました……」


 「――それで、解明はできたのか?」

 「…はい」


 はっきりと答えたエリオットに、場は一種の緊張感に包まれた。


 先を知るのが躊躇われるような緊張感が流れたが、その空気を破ったのは、おそらくこの場でニーナと同じ想いに駆られた人。


 「――――私の……私の息子は、どうなるの?」


 念を押すためだろう、木漏れ沼の魔女が誰へともなく問いかけるが、それに息子本人が答える。


 「……貴女の息子の延命は可能です。でも、生き長らえたところで、おそらく人間の寿命分しか生きられません。それでも、かまいませんか?」


 「――あ、貴方は? 貴方は、それでもいいの? それでも幸せになれる?」


 絶句するエリオット声を、ニーナは聞いた気がした。

 彼は、しばらく自分の母親を見つめていたが、やがて問いかけの答えを口にする。


 「……ボクには今、好きな人がいるんです。その人は人間で、だから人間である彼女と添い遂げられる寿命があるなら、ボクはきっと……幸せになれます」


 幸せになれる。


 ニーナは、身体のあちこちで広がる熱を感じた。

 2年前、二人には――取り分けエリオットには、不幸にしかなれない道しかなかった。


 きっと幸せになれる。

 彼とって、それがどれだけ大きな言葉になるか、ニーナは心と喉と目蓋で感じた。


 木漏れ沼の魔女も、息子の言葉に泣きそうな笑みを返している。

 けれどエリオットは、そんな彼女から顔を背けるように、ややうつむいてしまった。


 「……ただ、そのためには、貴女にボクの所有権を放棄してもらわないといけません」


 まるで、自分の気持ちに切りをつけるように言った。


 「これから、ボクの延命手順に入るためには、まずボクが魔女馬車の所有物になる必要があるんです。だから受取人である貴方には、ボクという“積み荷”の受け取りを拒否してもらいたいのです……運び屋さん」


 言うなり、ニーナを手招きするものだから、ニーナはおずおず前へ進み出て、エリオットの隣りに並んだ。


 「確か、所有権の失効には、受取人と差出人両方の放棄が必要になるんだよね?」

 「そ、そうだけど。わたし貴方にそんなこと話したっけ?」


 「ううん。でも前にさ、北の森の魔女と一緒に保管庫を調べていた時、ボクそっちのけで、彼女に期限切れとか処分の仕方とか、タグを操作しながら説明してたじゃない。しかも丸1日以上かけて。さすがに覚えちゃったよ」


 覚えちゃったで済ませるエリオットに、ニーナは半ば呆れてしまう。


 「それで、運び屋さん。10年前……正確には8年だし、受け渡し場所も違っているけれど、今こうして木漏れ沼の魔女の依頼通り、木漏れ沼の魔女の元まで送り届けられた“積み荷”を、いつもの通り魔女へと受け渡してくれる?」


 ニーナはひとまずエリオットに従って、金属の鎖とプレートで出来たタグの付いている彼の手首を取り、魔女へと向き直った。


 木漏れ沼の魔女が、少しふらつきながら立ち上がる。


 「……木漏れ沼の魔女様より、木漏れ沼様への届け物です。受け取られる場合、この“積み荷”のタグに受諾の言葉をお示しください。また、受け取りを拒否される場合も、その旨をタグへとお示しくださいますようお願いします」


 エリオットが木漏れ沼の魔女を見つめ、“返事”を促す。

 魔女は戸惑いながらも、促されたとおりの返事を返した。


 「……受取人、木漏れ沼の魔女は――“積み荷”の受け取りを、拒否します」


 しかし、所有権はまだ“差出人”である木漏れ沼の魔女にある。


 彼女の所有権が失効されるには、このまま預かり期限が切れるまで預かり続けるか、“差出人”本人に返送の受け取りを拒否してもらう必要があった。


 「……木漏れ沼の魔女様より預けられた“積み荷”は、木漏れ沼の魔女様より受け取りを拒否されました。これにより、“積み荷”は木漏れ沼の魔女様へと返送されます」


 木漏れ沼の魔女は、再度確認するようにエリオットへと視線を向ける。

 エリオットは何を言わず、ただ頷いた。


 「――差出人、木漏れ沼の魔女は、“積み荷”の受け取りを……きょ、拒否します」


 「受け取りを拒否された場合、“積み荷”の所有権をも放棄したとみなされますが、本当にかまいませんか?」


 「……はい。かまいません」


 その瞬間、プレートに記された文字がわずかに発光し、すぐに収まった。


 これで、タグの記述内容は書き換わり、エリオットという“積み荷”の所有権は、魔女馬車に委譲された。


 念のため、ニーナがタグを確認すれば、受取人と差出人の名が消えていた。

 代わりに、品物の品名と効能が表記されている。


 書き換わったエリオットのタグには、しっかりと明記されていた。

 ―――魔女の息子、と。


 「これでボクは、魔女馬車の所有物になりました。……ありがとうございます」

 「…………」


 エリオットの――息子の所有権を完全に失った木漏れ沼の魔女は、何かを堪えるようにただ唇を引き結んでいる。


 「それじゃあ、運び屋さん。あとは御者の手を借りれば、それで仕上げだ」






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