13 残り03年と11ヶ月29日
「ところで、話は変わるけど、その“積み荷”くんは、前に会ったあの“積み荷”くんでいいのよね?」
言葉どおり、ずいぶんと急な話の転換に、ニーナとエリオットは互いに顔を見合わせてから魔女へ頷いた。
「…ええ、はい」
「そう、ずいぶん大きくなったのね……タグは外したりしてないのよね?」
「……はい」
「タグには、永久保存の魔法がかけられているのに?」
目が覚めるような一言だった。
魔女から投げかけられた一石は、ニーナの中で大きな波紋を起こし、これまで何度となくエリオットの髪を切り揃え、身体に合わせて衣服の交換もしてきた、成長の記憶が次々と呼び起こされていく。
思わずエリオットを見るが、彼はよく分かっていない顔だった。
だからニーナは、その手を取って包帯の上のタグを確認する。
永久保存の魔法はかけられたままだった。
タグを付けたモノには、永久保存の魔法がかけられる。それは、自動的に付与されるもので、ニーナに設定をいじった覚えは一度もない。
父の亡骸に、やむを得ずタグを付けた時は、永久保存の魔法は確かに働いていて、埋葬するまで腐敗することはなかった。
なら、エリオットが生きている人間だったからだろうか。
しかし、10年もの間生きている積み荷を預かったばかりか、その積み荷が成長していったなど、ニーナにとってはエリオットが初めてのケースである。
答えなど出しようがない気がして、ニーナは魔女を見た。
「………どういう事…なんですか?」
「さあ、分からないわ。まあ、本当に永久的な保存を可能にする魔法なんて無いけれどね」
魔女は、またしても謎めいた笑みを浮かべた。
本当は気付いた事があるのに、あえて隠しているような笑みだった。
「ただ言えるのは、その子から魔女の力を感じるってこと。それも内側から。お腹の中に何かある気がするのだけれど、よく見えないのよね……中で、何か熟成でもさせているのかしらね」
ぎょっとした顔で、エリオットが自分の腹部を見下ろす。
得体の知れないモノの存在を知ってしまい、気味が悪そうにさすっていた。
「だとしても、この魔女馬車のタグが及ばないなんて相当のモノよ。だってこの馬車、けっこうな魔女たちが、手持ちの魔法を競って混ぜ合わせた複合魔法よ。しかも、その後にも各地の魔女を回って、色々付け足していったとか何とか……」
あ、とニーナは心の中で呟いた。
ララがエリオットを魔女馬車から連れ出した時、おそらくララはタグの機能を使って彼を拘束したはずである。
それが、ニーナたちが駆け付けた時に、エリオットは抗うように這いつくばっていた。
タグの操作ミスかと思っていたが、彼自身に何かあったから動けていたのだろうか。
「……なんだか、かなり面白いことになってきたわね。わたくし、少し調べてみるわ」
言って、魔女は凛然と立ち上がった。
合わせて豪奢な椅子も消えてしまうのを見て、ニーナは慌てて引き止める。
「あの、待ってください」
「あら、なあに?」
「魔女、様……魔女様は、わたしたちの味方をしてくださるのですか?」
「ええ、そうよ」
実にあっさりと同意され、ニーナはむしろ不安になる。
「……でも、そんなことをして、魔女様は大丈夫なのですか? 魔女と魔女の間に軋轢を生んでしまったりとか」
「そうね。魔女はおしなべて、縄張りや素行に口出しされるのは、言い出してきたヤツを爆散させちゃうくらいに大嫌いね」
「そ、それじゃあ……とんでもなくマズイ事になってしまうんじゃあ……」
顔色を悪くするニーナに、魔女は小首を傾げて「んー」と思案する風を見せる。
それから、にっこりと笑みを咲かせ、
「だってほら、わたくし恋する乙女の味方だから」
と、何の説明にもなっていない一言で片付けてしまう。
「あ、そうそう。だから、そっちの乙女ではない子に言っておかないといけないわね」
魔女が視線を向けたのは、エリオットだった。
「わたくし、嫁入り前の娘に手を出す男は、あまり好きではないから気を付けて」
妖艶な、けれどゾっとするような笑みを残し、魔女はその場から掻き消えた。
嵐のように現れて、嵐のように去っていた魔女にあてられて、二人はしばらくの間、放心状態でソファに座り込んでいた。
エリオットには生き残れる権利があると言われたり、魔女を殺せと言われたり、エリオット自身に何かがあると言われたり、他にも、魔女をどう殺せばいいのか、魔女と魔女の対立は本当に大丈夫なのか、一度機に色々なことを詰め込まれすぎて、ニーナの思考回路はまったく機能してくれない。
問題は山積みで、分からないことばかりだが、それでも確かなことがあった。
4年後、エリオットを待ち受けている未来が、確定されたものではなくなった。
彼の行動次第では生存を勝ち取れるかもしれない。その可能性に、ニーナは隣に居る人の存在を強く感じ取るが、視線を向けるのははばかられた。
同じく困惑しているだろう彼に、出せない回答を迫ってしまう気がして、ニーナは自分の足下を見ていたが、エリオットは独り言のように零した。
「ボク、4年後も生きていられるかもしれないって」
「……うん」
「でも、そのためには、魔女を殺さないといけないって」
「……うん」
「……殺せるかな」
「…………」
返事に迷った。
北の森の魔女は、魔女を殺せとは言っていたが、その方法を教えてはくれなかった。
それともこの先、教えてくれるつもりでいるのか。
だとしても、生き残るためは、魔女を殺すという業をエリオットが背負うことに変わりはなく、その心中を察するにあまりあった。
そっと窺い見れば、エリオットもまた自分の足下を見るように俯いている。
ニーナは、ソファの上にあった彼の手に、おずおずと自分の手を重ねた。
ぴくり、とニーナより少し大きな手が反応する。すると、下にあった手が動き出し、手と手を組み直して、指と指を絡ませるようにより親密な繋ぎ方をする。
「……ねえ、運び屋さん。……最後まで、付き合ってくれる?」
「うん」
ほとんど間を置かずに答えれば、彼が笑みを含むのが聞こえた。
ありがとう、とドキリとするような落ち着いた声が、ニーナの耳朶をくすぐる。
本当なら、すぐにでも魔女馬車の御者を辞めるつもりでいた。
エリオットが望むなら、彼を盗んで逃げることも吝かではなかった。
けれど、4年後もエリオットが生きていられるかもしれないのなら、やはり、その結末がどうなるのかを見届けたい。
魔女馬車の御者として、ニーナはとうに資格を失っているだろうが、あと4年は猶予を与えてもらいたかった。
「運び屋さん、運び屋さん」
呼ばれて振り向けば、エリオットの顔が間近にあった。
「ねえ、していい?」
何を――と、聞き返すより早く、彼の口はニーナの口唇を塞ごうとしていた。
「――あ、そうだった。ねえ、嫁入り前の娘には、手を出しちゃいけないものなの?」
触れ合う直前でされた質問に、ニーナは固まる。
北の森の魔女から言われた忠告を、真に受けたようだった。
「う、あ…そ、それは……その、人間たちの国では……そうゆう考えが、多い、みたい」
「そうなんだ」
とはいえ、ニーナも伝え聞いたものだから、くわしくは知らない。
ただエリオットの目が、新しいことを知って感心する目になってしまい、するのかしないのか、そればかりが気になっているニーナは、自分の方がよほど不純に思えてくる。
そんな様子に気付いた気配のない彼は、少し考えてから首を傾げた。
「あれ。でも、前に読んだ本じゃ、夫婦じゃなくてもキスはしてたはずだけど……どこまでならいいの?」
「――っ、し、知らないっ」
限界に達したニーナは、雪辱を果たすためにクッションを投げつけた。




