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01 残り10年と00ヶ月00日


 「じゃあ、お願いね。くれぐれも丁重に扱ってちょうだい」


 黒いフードを目深に被った魔女は、そう言って禍々しい紅い唇をにたりと歪ませる。

 彼女が差し出してきたのは、年端のいかない一人の少年だった。


 新緑の髪に、金色の瞳。

 持ち前の色からして綺麗な、目鼻立ちの整った男の子は、まだ10歳だという。


 これから彼を、この魔女専用の輸送馬車で預かることになる。

 預かって、指定された場所へと届けるのだ。


 届け先は、ここ。

 いま立っているこの場所、同地点へと届けることが“木漏れ沼の魔女”からの依頼である。


 ただし、その日付は今から10年後。10年後の今日、預かった“積み荷”を五体満足の姿で同じ場所へと送り届けなければならない。


 要するに、本当の依頼内容はこれから10年の間、一人の人間を馬車の一室で監禁し続けることだった。


 それが、どれほど非人道的な行いだろうと、魔女たちのために作り出された魔女馬車の“御者”には、逆らうべくもない事である。




* * * * *




 「へー。馬車に地下があるのも驚いたけど、思ってたより、ずいぶんと広いんだね」


 これから10年間この車室に閉じこめられるはずの少年は、こともなげにそう言った。


 彼の右手首には、積み荷の証である金属の鎖とプレートで出来た“タグ”が付けられている。それを付けた少女―――ニーナは、彼のこぼした感想には応えない。


 彼の言うとおり、この魔女馬車には地下室があった。


 外見こそ幌馬車の形をしているが、魔女たちによって作られた馬車には地下室が設けられており、その広さは外見の数倍以上、部屋も充分な数が備えられている。


 少年を案内したのも、その中の一室だった。


 「ああ、そうだ。もう知ってるかもしれないけど、ボクの名前はエリオット。エリーって呼んで。ということで、君の名前も教えてもらってもいいかな?」


 「…………」


 「あれ、おかいしいな。こうやって自己紹介したら、相手も名乗り返してくれるって聞いてたんだけど」


 「…………」


 「君はここの子供じゃないの? ボクと同い年くらいに見えるけど、もしかして使い魔か何かなの? あ、目が緑色で髪は栗色だね。それに、ちっちゃくてカワイイから、リスの使い魔とか?」


 失敬な、とニーナは思う。

 ニーナはれっきとした人間だし、父の仕事をもう手伝える年齢なのだから子供とも言い難い。ただその年齢は、偶然にも彼と同じ10歳だった。


 しかし、魔女馬車の“御者”である父から、“積み荷”とは余計な口を利いてはいけないと言われている。


 ニーナは、少年の質問責めを無視して、事務的に車室の使い方を説明しはじめるが、「あ、喋った」といった風に、いちいち茶々を入れてくるため非常に時間を取った。


 まず、この車室から勝手に出ることはできないこと。

 どれだけ暴れ回っても、人間の力ではびくともしないことを説明する。


 次に、この車室にはベッドはもちろん、洋服ダンス、テーブル、ソファー、壁掛け時計、本棚から簡単な遊戯類、手洗い場と浴室もあり、その使い方を教えていく。


 「わー。至れり尽くせりってヤツだね」

 「…………」


 その通りだった。

 この車室だけで、食事以外の最低限の生活が送れる設備が整えられている。


 何故そんな部屋があるのかと言えば、人間の“積み荷”を生きたまま運ぶ専用室だからであり、何より、そうした依頼が以前からあるためである。


 ただそれは、長くてもひと月かふた月程度のもので、保管期間の最長である10年いっぱいまで人一人を預かり続けるのは、父もはじめてだと困惑していた。


 魔女馬車の役目は、魔女と魔女の間を行き来して、積み荷を受け取ったり、送り届けたりすることにある。


 人間と精霊の中間的存在である魔女ならば、わざわざ人を介した配達など必要なさそうだが、移り気な性質が多い彼女たちは、気まぐれで住み処を変えてしまうため、冠される()もまたしばしば変わり、すぐ居場所が分からなくなってしまうそうだ。


 せっかく送った物が相手に届かないどころか、知らずに人間や動物たちが持っていてしまい大きな被害が出る事もあったため、その時分に暇だった魔女たちが、力を持ち寄って作り上げたのが魔女馬車だと言われている。


 作られた経緯こそいい加減だったが、不躾に住み処へ入られたり、得体の知れないモノを送りつけらることも減ったため、現在ではそこそこ重宝されている。


 言い換えれば、魔女馬車の代々の御者たちは、だからこそ彼女たちの庇護下で何の不自由もなく生きていられるとも言えた。


 「ねえ。もしかして積み荷(・・・)は、お喋りしてはダメなのかな?」


 今から自分を閉じこめようとしている相手に、少年は小首を傾げて微笑んでいた。


 己の境遇を皮肉めかしてみせた彼に、ニーナは嫌な小賢しさを感じた。

 こういう手合いに、気を許してはいけないと言っていた父の言葉を思い出す。


 「……できるだけ大人しくしていて。そうすれば、こちらも酷いことはしない」


 「そっか、なるほどね。うん、分かったよ。それじゃあ、これから10年間仲良くしていこうね。運び屋さん」


 「…………」


 ニーナは御者見習いとして、父から少年の世話役を言付かっているから、彼とはこれから先も、それこそ毎日のように顔を合わることになる。


 だが、そうやって人懐こそうに見せてくる彼にほだされることが無いよう、あくまでも“積み荷”として扱わなくてはと、ニーナは自分にしっかりと言い聞かせた。






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