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天青の魔法使い  作者: さかな
第七章 白蒼の光は乱宴の終わりを告げて 
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過去話(2)

「人は生きるために魔力を必要とせぬ。だが、我らは魔力――妖力といっても良いが、それを持たぬ者は決して生きられぬよう定められている。 その違いが分かるか、女」

「……人間が食物を食べて命を繋ぐのと一緒、だから……?」


 なぜかと聞かれても、リリスは答えがわからなかった。とりあえず思いついたことを口にしてみるけれど、言ってみた自分ですらしっくりこない答えだ。そして案の定、それはカイヤに否定された。


「最低限命を維持するだけなら、我らもヒトも変わらぬな。決して、魔力を持たねばならぬ訳ではない」

「じゃあ、どうして……?」

「我ら妖魔は魔力を喰らい、常に自分の力を増やし続けなければならぬ理由がある。それは、生き延びるためだ」


 ――生き延びる、ため。「生きるため」ではなく、わざわざそう言われた言葉を胸の内で反芻してみる。いったい、何から生き延びるんだろう。


「……妖魔から、生き延びるんだ」


 口に出していない疑問に答えたのはセレスの方だった。さも当然のように零された答えに、リリスはおろかランディすらかすかに表情を変える。


「妖魔の血が流れるものすべてに深く刻み込まれている本能がある。同胞の血肉を欲し、それを喰らってより強い自分になりたいという欲望だ。 ヒトの様に群れず明確な社会というしくみを持たぬ妖魔は、ヒトより遙かにその欲望が強い」


 淡々とカイヤは語る。同じ妖魔を喰らい、力を手に入れたいという欲望。確かにカイヤのこれまでを見ていれば、納得できる部分もある。ただし、彼の場合は対象が人間だったけれども。


「故に妖魔は自分より弱い妖魔を喰らい、力を付ける。強者に食われることなく、生き延びられるようにな」


 弱者が強者に喰われる――それは身を守られてぬくぬくと暮らすヒトでは考えられない、過酷な弱肉強食の世界だ。底も見えないが、てっぺんも見えないところでの、熾烈しれつな争い。それから逃れるには、力を付けるしかないのだ。


「それと……姉さんが殺された理由と、どう関係がある」

「急かずとも話すゆえ、口を挟まないで欲しいものよ」

「ならばさっさと話せ! 妖魔の戯れ言に付き合うつもりはないからな」


 じっと話を聞いていたランディは相当じれていたのか、うなるような声で口を挟む。その様子にやれやれ、といった風にして、カイヤは再び語り出した。


「我らはヒトより強靱な体を持つ故、ヒトより長命だ。だが、実際ヒトより生きる妖魔なぞ、ほんの一握りしかおらぬ。理由は二つだ。一つは、先ほど言ったとおり」

「過酷な弱肉強食の世界で生き延びるのが難しいから……?」

「その通りだ、女。そして二つ目、これこそが我らの掟にして誇り――子を為した妖魔がその子に示す、最大の愛情よ」

「最大の、愛情……」


 カイヤにそれほど言わしめる妖魔の掟とは、何なのだろう。固唾を呑んで聞き入るリリスに告げられたのは、先ほどよりもさらに驚くべき事実だった。


「妖魔はある程度親の魔力を貰い受けて生まれてくる。しかし、その力は成人に近づくにつれてどんどん減っていき、やがて全てをなくす。 理由はわからぬが、どの妖魔にも等しく定められた運命だ」


 話が核心に近づくにつれ、セレスの瞳が再び揺れ出した。繋いだ手の先から伝わるのは、冷たい肌の感触。自分のものではない、大波のような感情がリリスの中へ打ち寄せては退いていく。そうしている間にも、カイヤの声は言葉を紡ぎ続けた。


「魔力を取り戻すには妖魔を喰らわねばならぬが、ある一つのことを為さねば、妖魔を喰らっても魔力は取り戻せぬ。 魔力を失った我が子を生かす為、親は子に《身喰い》をさせる。それがたった一つ、子に魔力を取り戻させる方法ゆえにな」

「《身喰い》……?」

「全身全て――手も足も体もその身から零れる血も、果てまでは毛髪一本さえ余すことなくその身の全てを喰らい尽くす。それが《身喰い》だ」


 思わず聞き返してしまった言葉への返答に、リリスは言うべき言葉を失ってしまうほどの衝撃を受けた。なんて、哀しくて残酷な掟なんだろう。親がその身を差し出すしか、子を守る方法は無い。それゆえ、親は進んで子に自らの身を与える。我が身を子供に食わせることこそが、子に示せる最大にして絶対の愛情だから。そうまでして子を生かそうとする苛烈な愛情に、リリスはぎゅっと胸が締め付けられた。


 わたしに、そんな生き方ができるだろうか。ふと、そんな思いが頭を掠めた。だが次の瞬間、それはリリスの心を満たした感情によって、すっかり打ち消されてしまう。幾つもの、激烈な感情――傍らにたたずみ沈黙する人のものだ。


 ひどい後悔、罪悪感、憤り、絶望。何よりも、愛する人を手に掛け、魔力を食うために血肉をすすらなければならなかった事への怒りと哀しみ。強い負の感情はセレスを翻弄し、さらなる負の感情を呼び起こす。その連鎖から逃げることなどできず、それでも事実は受け入れざるを得なかった。その深い深い苦しみと悔恨が、今も変わらずセレスの中にはある。


 いや、セレスだけではないかもしれない。淡々と話すカイヤだって、その苦しみは持っているかもしれない。ただ、それを外に出さないだけで。彼はセレスと違い、苦しみをそのまま受け容れている。そうでなければ、あんなに胸を張って「妖魔の誇り」だとは言い切れないだろうから。


 ――カイヤは、強い。なおもランディと言葉の応酬を交わすカイヤを見て、リリスは胸のうちでそうつぶやいた。


「……何が、妖魔の掟だ! 妖魔の掟ならば、なぜヒトである姉さんがそれに従わなければならない!!」

「この掟は妖魔を愛し、子を為した者の義務であり運命……たとえそれはヒトであっても、変わることなどあり得はせぬ」

「どうせ無理矢理従わせたに決まってる。姉さんがそんなこと受け入れるはずないからな!」


 真っ向からカイヤの言葉を否定するランディ。その必死さの中にはどこか、嘘であって欲しいという願いも込められているような気がした。


「ヒト同士ならそれもあり得よう。けれど妖魔と人の間であれば、無理矢理など出来はせぬ。子を成すことも、身を差し出すことも。 全て我らの母自身が決め、選んだことよ」

「嘘だ、私は信じない! 半妖魔の戯れ言など、誰が信じるものか!」

「何とでも言うがいい。しかし、お前は信じるほかあるまいよ。我らの両親は“魔法使い”の契約を結んでいた。それが、何よりの証拠ゆえにな」

「それだって無理矢理結ばされたんだっ。姉さんには、ちゃんと婚約者もいた。そんな状況で、本当だったら妖魔となんか契約を結ぶはずが無いっ!!」


「――“魔法使い”の契約を無理矢理結ぶことなんて、出来ないわ!!」


 気づけば、二人の会話に割り込んでリリスはそう叫んでいた。それはあまりにも行き過ぎた暴言で、そこまで否定してしまうランディが許せなかった。契約を無理矢理結ばせることなんて、出来はしないのだ。


「二人の強い意志と、相手を欲する気持ち――その二つがそろってはじめて、契約は成立するの。相手を信じて受け容れて、自分の全てを委ねる覚悟がないと “魔法使い”の契約は結べないわ」


 セレスとカイヤの両親は子を産まない選択だって出来たはずだ。それなのに、あえてその選択をしなかった。ランディのお姉さんは妖魔である相手を愛していたからこそ、妖魔の掟も運命も全て受け容れたのだろう。それくらいで揺らぐような覚悟であれば、契約なんて結べないはずだから。


「部外者の私は状況だって何も知らないし、あなたのお姉さんがどんな風に考えて何を選択したのかも推測するしか出来ない。でも、これだけは確信をもって言えるわ。お姉さんは無理矢理殺されたんじゃない、って」

「どうしてそんなことが言えるっ!」

「カイヤが言ったでしょう。“魔法使い”の契約を結んでいるからだって。契約を結んだら、決して相手の意思に反することは出来ないの。それはすなわち、 自分の死をも意味することだから」


 魔法使いの契約――それは、お互いの行動をも縛る戒めだ。相手が心底拒絶することは、絶対にできない。もし無理やり相手の拒絶をはねつけ行動すれば、契約の戒めは自分に跳ね返り、罰を下す。最悪の場合、命を失うことすらあるのだ。


「それはあなたも知っているはずでしょう、ランディさん。どうかお願いだから、現実を受け容れて。そして、こんな復讐劇はやめて欲しいの」


 言い返す言葉をなくしたランディに、リリスは切に願う。


 どうか、この人たちを殺さないで。私から、セレスを奪わないで――その願いは、決してランディへと届くことは無い。


「私はやめないよ。姉さんを奪った二人に復讐する為に、全てを費やしてきた。もういまさら後になんか引けないんだ」


 狂気をたたえてランディはわらい、片手を高く掲げる。それに答えたのは、ざわめく草原の中に浮かび上がる無数の影。その中には魔法光をちらつかせた「魔法使い」達の姿も混じっている。彼らを回復させるために時間稼ぎをされていたのだ、と気づくにはもう遅すぎた。死刑宣告にも似た声が、リリスたちを追い詰めていく。



「さあ、精一杯足掻いてみるがいい。私の怒りと悲しみを、その身にたっぷり味わわせてやろう――」


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