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天青の魔法使い  作者: さかな
第七章 白蒼の光は乱宴の終わりを告げて 
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応戦

『――大いなる護りの盾よ、何人たりとも我らに触れることを許してはならぬ。

 風と大地に護られし我らの四方は、これより絶対不可侵となる――』


 何の前触れも無く光の魔法矢が無数に降り注いだのと、リリスとセレスがシールドの魔法を完成させたのはほぼ同時だった。無慈悲な矢はまるで流星群のように次々と飛来しては盾にぶつかり、はじけて消えていく。あと少し遅ければ、それらはリリスたちの体をやすやすと貫いていただろう。


 間に合ってよかったと思うと同時に、ぞっと寒気がした。ランディは、本気で魔法使いたちに攻撃させているのだ。傍らの人も、その兄も、もしかしたらリリスまで始末するつもりなのだ。


 縦横無尽に飛来する光の矢は、主に左右の二方向から来ているようだった。そのうち左方向からの矢の威力のほうが強い。そこから判断して、おそらく左にいるのは光の攻撃魔法に長けたエリシアとセイン――「白銀の魔法使い」だ。反対に、比較的威力の軽い矢が飛来する右方向にいるのは、本来防御・補助魔法を得意とする「落陽の魔法使い」だろう。


「セレス、右方向からの攻撃が途絶えたら注意して。右にいる『落陽』は補助魔法が得意だから、きっと盾を破壊するか、 私たちの魔力を弱める魔法を仕掛けてくるわ」

「わかった」


 ランディが身内の魔法使いたちを多く使ったのは、きっとリリスに攻撃をためらわせるために違いない。伯父や伯母、姉弟に従妹となれば、誰だって攻撃しにくいだろう。だがそれはリリスにとって、弱点と同時に強みでもあった。身内の魔法使いたちがどの魔法に長けてどの魔法を苦手としているか。仮にも当主候補であるリリスはそれらをすべて把握していたからだ。


「もう一組の魔法使いが攻撃してくる可能性も考えたほうがいいな」

「ううん、その必要は無いと思う。もう一組の魔法使いは回復を得意としている魔法使いだろうから、 攻撃はほとんど出来ないはずよ。補助魔法だけに気をつければいいわ」


 そう言い切ったリリスに、セレスは一瞬、僅かに驚きと戸惑いを見せつつ頷いた。半ば予想していた反応に、リリスは『信じて』という気持ちを込めて、つないでいる手をぎゅっと握る。その気持ちが伝わったのか、すぐにセレスの顔から戸惑いや驚きと行った感情は消えた。


(セレスは魔法の扱いには長けているけれど、人間の戦い方には慣れていない)


 彼は、1対1の戦いしか知らない。反対にリリスには、次期当主として学んだもの、養成学校で学んだ知識が豊富にある。契約を結べなくとも、魔法使いや魔法について学ぶことはいくらでもできたからだ。リリスが知っていて、セレスが知らないこと。それは、魔法の系統だ。


 ほとんどの力を自然に扱える妖魔にはわからないかもしれないが、人間の魔法使いには三つの系統がある。相手を攻撃するための『攻撃魔法』。魔法を防いだり、身体の能力を上げ下げする『防御・補助魔法』。そして癒しの力を操る『回復魔法』。「魔力を使う者(ウィザス)」にはそれぞれの魔法への適性があり、すべてを使えるものはほぼいない。


 曰く、

『攻撃する者は治癒の力を有さず、護る者は強き力を得ず、癒す者は攻撃の力を有さず』


 攻撃を得意とする魔法使いは防御・補助魔法も使えるが、回復魔法はほとんど使えない。

 防御・補助を得意とする魔法使いは攻撃も回復も出来るが、どの威力もあまり強くはない。

 回復を得意とする魔法使いは防御・補助魔法も使えるが、攻撃魔法はほとんど使えない。


 この理論は魔法使いを目指すものなら誰でも一番初めに学ぶことだ。ゆえに魔法使いはたいてい何組かでひとつのグループを作り、それぞれが協力することで戦いを有利に運ぶ。回復役は中でも重要な役割だ。紅、落陽、白銀はどれも回復魔法を得意とする魔法使いではないので、残りの一組が回復役に違いない。リリスがもう一組は攻撃してこない、そういいきった理由はそこにあった。


『――すべてを跳ね返す光よ。人を堕とさんとする闇の力を打ち払え。我らに輝かしき栄光を、敵に永久なる失墜を――』


 リリスの危惧したとおり、攻防戦がしばらく続いた後、右方向からの攻撃は途絶えた。すかさずセレスが対抗する魔法を唱え、盾を打ち破らんと地中から這い登ってきた闇の触手を光の魔法でなぎ払う。たとえ向こうが四組でも、魔力の強さと使える魔法の多さなら、明らかにセレスとリリスのほうが勝っている。


 こんなところで負けはしない。

 ――絶対に、負けてはいけない。


 ただひたすらに前を見据えるリリスは、きゅっと胸の前で手を握り締めた。いつまでも平行線上を走る戦況。長い戦いの中で少しずつ、疲労は蓄積していく。魔法は出してそれで終わり、というわけではない。力を保つためには、想像以上に気力と集中が必要だ。いくらリリスの魔力がほかの人と比べて桁外れであっても、精神力がなければ使いこなすことはできない。そして、その魔力も無尽蔵にあるわけではない。使い続ける以上、力は確実に減っていく。


(これではだめだわ。このままいけば、数で勝る向こうに押し負けてしまう……)


 かわらない戦況の中、リリスは考えをめぐらせた。勝つためにはどうすればいいのか――答えは単純な手しかない。だがそれは言うよりはるかに難しい。それでも、ただ防御を続けるだけでは、負けはしなくとも勝つこともできないのだ。何もしなくて負けるより、選択することで少しでも希望が見出せるのなら。


「セレス、できる?」


 意を決し、リリスはセレスを見上げてそういった。何を、とは言わない。どこでどう聞かれているかわからないからだ。だがセレスはリリスの意を正確に読み取り、しばらくためらってから答えを返す。


「ぎりぎり光の矢が突き通らないぐらいにシールドを弱めるなら、大丈夫だ」

「持久戦になれば向こうが有利になるわ。やりましょう」


 大きく頷いて見せたリリスに、セレスの表情が引き締まる。リリスが提案したのは、二つの魔法を同時に発動させること――それも攻撃と防御を同時にだ。この魔法は、手練れの魔法使いでも難しい。リリスの力加減と、セレスの術式が少しでも間違えば、あっという間に失敗してしまう。そうなれば、三人諸共あの光の矢に射抜かれて終わりだ。


 だが何もしなくても、負けることは確実だった。ならば、リリスたちが負けないためには攻撃をしかけるしかない。


「――いくぞ」

「大丈夫よ。まかせてちょうだい」


 小さく鋭い掛け声とともに、セレスが術式の展開を始めた。同時に流れ込んでくる二つのイメージは、少しでも気を抜けばあっという間に押し流されてしまうそうなほど膨大な量の情報だ。二つを混同してしまわないよう、道筋を間違えないよう、少しずつ組み立てられていくそれに、魔力を注いでいく。


『――渦巻く風よ、吹き荒れる嵐よ。蒼き刃で行く手を阻むモノを薙ぎ払い、紅き水流で我らに仇なす全ての敵を流し去れ――』


『――堅固にして不可侵なる防壁よ。何も我らを攻撃してはならない。何も我らに触ることは許されない――』


 集中を乱さないよう、あえて目をつぶって精神統一しているリリスの耳に、空気を切り裂きながら渦巻く風の音、押し寄せる水の音、 そして弱いながらも光の矢を跳ね返す盾の音が同時に届く。どうにか、失敗は免れたようだったが、安心するのはまだ早い。防御に魔力を裂いている上でできる攻撃など、高が知れている。曲がりなりにも一流魔法使いである彼らを相手にして、これ一度でけりがつくなどという甘い考えは、決して持ってはいけない。


「リリス、もう一度だ」


 かなり精神力と集中を必要とするのだろう、息を弾ませ、セレスは硬い声音でそう叫んだ。目を閉じたまま頷いたリリスは再度集中を高める。何度攻撃することになっても、決して失敗は許されないのだ。強風にあおられる細い綱にどうにか踏みとどまり歩く綱渡りのような術式を、いったい何度繰り返したのだろうか。ようやく盾が光の矢をはじき返す音がやんだときには、リリスとセレスのどちらもが肩で息をするほど疲れきっていた。


 気を抜けば飛んでしまいそうな意識をどうにかつなぎとめ、最後の力を振り絞ってあたりの魔力の気配を探る。リリスたちの攻撃を仕掛けていたどの魔法使いも、もう攻撃を仕掛けてくる気配は見られなかった。


「どうにか……切り抜けられたのかしら……?」

「ああ、そのようだな。まだ……気は、抜けない、が……」


 肩を大きく上下させながらセレスと言葉を交わす。少しばかりの安堵にリリスが息をつくと、後ろに控えていたカイヤが口を開いた。


「まだ、終わってはおらぬ。――あの男が、来る」


 ざわり。言葉に呼応するかのように風が吹きぬけた草原の中、ゆらりとひとつの影が浮かび上がる。カイヤの言葉に、はっと顔を見合わせたリリスとセレスはすぐに前へと視線を戻す。その先に姿を現したのは、二人がよく見慣れた男であり、この戦いを仕掛けてきた張本人だった。



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