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天青の魔法使い  作者: さかな
第七章 白蒼の光は乱宴の終わりを告げて 
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決着(2)

 魔法と魔法がぶつかった瞬間、ひとえにリリスが無事だったのはセレスが盾になって守ってくれたからだった。激しい爆風がすべてのものをなぎ倒さんばかりに吹き荒れ、耳をつんざくような音が辺りを包む。片腕と大きな体に抱きこまれ、ぎゅっと目をつぶったリリスはただセレスの体にしがみつくことしかできないまま、爆風が収まるのを待った。


 永遠にも思えた、一瞬のときが過ぎ去った後。


「……っく……」


 低く呻く声に顔を上げると、見上げたセレスの顔はわずかながらも苦痛にゆがんでいた。だが何でもないと取り繕うセレスの肩越しに半分のぞく翼はぼろぼろになっている。今は見えないまでも、先ほどの爆風で背中に傷を負っていることは一目瞭然だった。


「――セレス……!」

「大丈夫、だ。たいしたことはない。かすり傷だ」

「そ、んなわけ……」


 ない、とリリスは言い返そうとしたが、セレスは首を振って問題ないと言い張り、取り合おうとしない。逆に、怪我はなかったか、と心配そうな顔で聞き返されてしまう。


「大丈夫……セレスが、守ってくれたから」

「そうか、よかった」


 こちらは素直に頷くと、心底安心したようにセレスは相好を崩した。その表情に、リリスは何もいえなくなる。セレスだけがひどい怪我を負ってしまうのはいやだ。だが、“魔法使い(ウィザード)”たればこそ、守る力を使える“魔法を使う者(ウィザス)”は第一に “魔力を与える者(ウィズシア)”を守らなければ ならないのだ。それこそが“魔法使い(ウィザード)”の主なる信条なのだから。


「……っ、ぐ、ぅ……っ」


 少し遅れて二人の耳に届いたのは、どさっ、という重いものを草原に放り出したような音とうめく声だった。その音にはじかれるようにして、二人は同時にカイヤのいる場所へ顔を向ける。そこには全身から血を流し、立っているのがやっとという満身創痍のカイヤが膝をついてこちらを睨んでいた。


「――認めぬ、認めぬぞ。出来損ないの弟風情に我は負けはせぬ。まことにっくき、裏切り者の弟よ……!!」


 ぽたり、ぽたりと体のどこからか血が流れ落ち、膝をついたあたりに血だまりがつくられていく。それでもカイヤはまだあきらめずに立とうとしていた。


「まだわからないか、兄貴。もはや力は俺のほうが強い。その気になれば、いつだって息の根を止めることもできる」


 言うが早いかセレスは間合いを詰め、カイヤの喉元に手を突きつける。カイヤと同じく鋭利にとがった爪は、あと数センチ動かせば簡単にのどの柔らかい皮膚を切り避ける位置にあった。だが抵抗する気力すらないのか、その場にひざを突いてあえぐカイヤは動かないままに憎々しげにセレスを見つめている。


「何とも強気なことよ……そなた、思考まで人間に染められてしもうたか。ああ、そんなに殺したいのなら、さっさと殺せ」

「……なんだと?」

「だがな、我は殺されるまで何度だって言ってやろう、青二才の弟よ。人と妖魔は絶対に相容れはせぬ。これは世界の理だ。 人は妖魔を使役物として見下し、害獣として駆除したがる。我らが人を喰うからだ。故にいつだって、我らは虐げられてきた。それは間違いなかろう」


 さっきの感情的な口調とは裏腹の静かな物言いに、セレスは言葉を詰まらせた。とっさにこわばらせた表情をみるに、カイヤの言ったことはかなり的を射ているのだろう。


「……っ、だが、しかし……」

「裏切らぬ人もおる、と?」

「……そうだ。リリスやその友人たちのように、俺たち妖魔をを信じてくれる者もいる」


 答えを促されるままにセレスが答える。カイヤはそれを聞くと、静かに笑った。


「昔、我も人を信じてみたことがあった。なれど、人は弱い生き物よ。力の強い者を恐れ、害される前に人の輪から排除する。それが人のさがと言うもの」

「――っ!!」


 その言葉に息をのんだのは、言葉を向けられたセレスだけではなかった。彼の傍らでカイヤを見つめるリリスは言葉を失い、その顔は心なしか青ざめていた。いったいそれは、どれほど身に覚えのあることだっただろうか。


「人は、同胞の人ですら恐れ、自らの安寧を守らんとして人を排除する。ならば我らの扱いなど知れたこと。そうであろう? リリスといったか――そこな女よ」


 セレスに手を突きつけられたところから少し皮膚が切れて血が流れるのもかまわずに、カイヤはそういって首をリリスの方へ向けた。


 違う、といいたかった。それなのに、リリスはどうしてもそう答えることが出来なかった。人であった自分ですら、人々は恐れ畏怖した。ただ魔力が人より強大に生まれついただけなのに、それだけで自分を「普通の人」としてみてくれる者などいなかった。どれだけ輪にとけ込もうと努力してもだめだった。たとえネリエやシャンディに受け入れてもらっても、セレスという自分をすべて受け入れてくれる人がいたとしても。


 一人二人が受け入れてくれても、まわりの多数から否定されてしまえばそこからは追い出されてしまう。人のたくさん集まって暮らす社会の中。多数の「普通の人」に受け入れられなければ、そこに自分の居場所はない。それどころか、拒絶は異質な自分を受け入れてくれた人たちにまで及ぶことになってしまう。


 ――痛いほどわかるその気持ちを、どうして否定することなど出来ようか。


「それでも……それでも俺は、人を信じたいと思う。リリスを、リリスの友を、自分に関わる人々を。自ら関わらないと自分をわかってもらえない。自分から信じないと相手にも信じてもらえない。そう、思うから」


 唇を噛み、完全に 俯いてしまったリリスの耳に飛び込んできたのは、そんなセレスの声だった。はっと顔を上げるまもなく、いくつかのイメージが流れ込んでくる。少し不安定だけれども、とても優しくて温かな感情。まるで、暖かくなりかけている早春の陽だまりのような。


「セレス……」

「もう、お前のまわりは拒絶する人ばかりではないだろう? お前の友も、友の上司も、お前の血縁の者も……俺だっている」

「……伯父様と伯母様は違うわ」

「違わない。俺を捕らえていた檻の魔法を自ら解いてくれたのは、お前の伯母だ。お前を愛し、 力を貸してくれる者はお前が思っているよりたくさんいるんだ」


 すっ、とカイヤのもとから身を引いたセレスは小さく震えるリリスの肩を抱いてくれる。余ったほうの手ですっかり冷たくなった左手に指を絡められ、そこから流れ込む温かさにリリスはようやく息をついた。


「自分を愛し、信じてくれる者をお前も信じろ。お前はもう独りじゃない。だから、もう怖くないだろう?」

「……怖く、ない……」

「そうだ、それでいい」


 ようやくしっかり顔を上げたリリスと視線を絡めたセレスは、それから再びカイヤの方へ向き直る。


「確かに人は脆く恐怖に弱い生き物だ。しかし人は相手を知り、理解することができれば、変わることができる。 故に、俺は妖魔ではなく人として、リリスとともに生きることを選ぶ」


 流れ込む感情に先ほどの不安定さはない。迷いなく言い切ったセレスの言葉はどこまでも真っ直ぐだった。セレスとリリスの見つめる先で瞳を揺らす兄妖魔の顔からは、いつのまにか先程までの卑屈さや憎しみは消えている。セレスの言葉にしばし沈黙していたが、ややあって薄藍の瞳をふっとすがめたカイヤはゆっくりと口を開いた。


「我は自らの考え方が間違っているとは思わぬ。故に我の意志は変わりはしない」


 瞳に力がなくなった今でも静かにそう言い切ったカイヤに、セレスはすぐに身構えた。攻撃されれば、すぐにでも反撃できるようにリリスを引き寄せ、身を低くする。だがいつまでたっても攻撃はやってこず、代わりに続いたのは言葉だった。


「そう思っていたのだが……そなたは本当に変わったな」

「リリスに、出会えたおかげだ」

「そうか……」


 完全に攻撃する気配は消えうせ、もはやほとんど転身が解けたカイヤは形容しがたい表情で頷いた。

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