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天青の魔法使い  作者: さかな
第六章 紅き饗宴は藍天の下で踊る
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兄弟の対峙(1)

「ほう、これでもまだ生きているか。いやはやこれ程我の弟が打たれ強かったとは驚きよ」 「リリスをお前から護るためならどれだけだって強くなってやる。たとえ、お前がどれほど強い相手だったとしても必ず倒す」

「悲しいことよ。いつから我が弟はこんなにも腑抜けた人間に成り下がってしまったのだ?」

「人間だの妖魔だの、そんなもの俺には関係ない。ただ彼女をこの手で守れれば、俺はそれでいい」


 腕の中で確かに息づくこのぬくもりを、もう離したくはなかった。リリスを一度この腕から解き放ってしまってからずっと、片翼をもがれたように痛みがセレスの心を苛んでいた。だが彼女の温もりを取り戻した今、痛みはすっかり消え失せている。それがいったいどういう感情だったのか、セレスは知らなかった。だがあんな思いをするくらいなら、ずっと彼女の傍にいてこの手で護るほかない。それだけは自分でもはっきりわかっていた。


「愚か者。人間などただの脆弱ぜいじゃくな餌にしか過ぎぬ。そんなものに入れ込んだから魔界最強とうたわれたあの妖魔も、 簡単に息子にやられてしまうほど弱くなってしまったのよ」


 睨みつけるセレスを見下ろして、フン、と鼻を鳴らしながらカイヤはそう吐き捨てた。ぞっとするほど感情のこもっていない目に、背筋にぞくりと寒気が走る。だがセレスは知っていた。自分の父が、一体どうしてカイヤに殺されてしまったのかを。


「親父は母親を護ろうとしてお前に殺されたんだ! 決して弱くなったわけじゃない!!」

「魔界最強でなくなったのなら同じことだ! たかが半妖魔の息子に殺されたのだぞ。あんな人間の女に骨抜きにされた挙句、生ませた醜い出来損ないの息子にな」


 ゆらりと陽炎のように立ち上るのは、カイヤの抑えきれぬ怒りを含んだ闘気だ。それは明らかにセレスと、腕の中にいるリリスへと向けられていた。底知れぬ怒り――本当は、いったい誰に向けられているものだろう。リリスを手に入れるのを邪魔したセレスか、なかなか手に入らぬリリスか、父の強さを奪っていった母親か、それとも。


「もう一度だけ言う。これが最後の通告だ。その女をこちらへ渡せ。そうすればお前だけは肉親の情けで殺さずにいてやろう」

「断る! リリスだけは絶対にお前になど渡すものか」


 きっぱりと言い切ったセレスは目の前のカイヤをぐっと睨みつけた。この男はセレスが取引に応じないことをわかっていてこんな問いかけをするのだ。そこにある真意は何なのだろうか。


「交渉決裂か、残念だ」


 セレスの答えにカイヤはくつくつと笑う。冷え切った目は静かにセレスをねめつけ、全身から放たれる闘気はさらに増す。セレスも重たい体を無理やり空気中に満ちる魔力で癒し、ばさりと翼を広げた。そうして後ろを振り向くと、シールドを張って静かに成り行きを見守る二人のほうへと歩み寄った。


「そこの二人、もうひとつ頼んでいいか」

「ええ、頼まれてあげるわ。リリスの首輪、でしょう?」

「そうだ、できるだけ早くはずしてやってくれ。これだけ大量の魔力を放出していたら、もう体が限界に近いはずだ。早くしないと……」

「心配しないで。ちゃんとはずすから。君は目の前の戦いに集中しときなよ」

「わかっている。――頼む」


 何もかもわかったような顔をして頷く二人のそばに、セレスは腕の中の少女をそっと横たえる。顔色は先ほどよりもさらに青白くなり、土気色に近づいてきている。魔力の残りはもうあまりないはずだ。このままでは命を削ってしまうことになりかねない。まだ彼女を腕の中にとどめておきたいという欲望を打ち消し、最後にそっと目尻にたまった涙をぬぐってやる。そうしてから、セレスは踵を返してカイヤの方へと向き直った。


「後生大事に抱えているから二人で心中でもするのかと思っていたが……フン、少しはまともに戦う気になったか」

「ああ、なったとも。誰一人、お前に傷つけさせたりはしない」

「相変わらず反吐が出るような考えだが、まあいいだろう。いくぞ!!」


 カイヤの咆哮ほうこうが鳴り響き、それに答えるようにセレスが吼える。二人は同時に大きくばさりと翼を広げ――そうして戦いの火蓋は切って落とされた。



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