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天青の魔法使い  作者: さかな
第一章 奏でられる運命の終わりと始まり
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通告(1)

 メイドに呼ばれるまま、軽い身支度を整えて父の部屋に向かった。コンコンとノックをして名を告げると、部屋の奥から入室を許可する声が聞こえる。久しぶりに尋ねる父の部屋に、恐る恐るリリスは足を踏み入れた。


 整理された部屋にはさまざまな魔法具が置かれていて、その魔法具の放つ魔力に満ちた空気はどこか頭がくらくらするような感覚を起こさせる。夜だというのに明かりひとつつけられていない部屋は、いやおうなく恐怖を呼び起こした。暗闇の中で光源となるものは、部屋の突き当たりにある大きな窓から差し込む月の光だけだ。

 わずかな明かりを頼りに部屋を進んでいくと、父は一番奥の机のところにいた。リリスが入ってきたにもかかわらず、イスに座った人影は背をリリスの側に向けている。しばらく何も動きがないまま二人とも沈黙していたが、ややあってリリスがためらいがちに声をかけた。


「父様。リリスです」

「よくきた。ここに呼んだ理由はわかるか?」

「……いいえ」


 単刀直入に切り出され、リリスの表情が曇る。わからないと答えたものの、大体何に関連することなのか、大方察しはついていた。おそらく先の集会で議題にされたことだろう。リリスがうすうす感づいていることを父も見抜いていたにちがいない。いいえと答えたにもかかわらず、沈黙というかたちでその答えを求めた。


「――私の、次期当主拝命式について、ですか」


 威圧感さえ感じさせるような沈黙に耐えかねて答えると、父は小さくそうだと返事を返す。リリスの目の前にある背中は一向に後ろを向く様子はなく、父はそのままで話し始めた。


「お前の次期当主拝命式が二ヵ月後に迫っている。だがお前はいまだに相手を見つけられておらぬ。 そしてそんなものに当主を継がせるなど、と疑問を抱く者も我が一族には多い。 ゆえに一族のものと話し合った末、お前には相手を探すための旅に出てもらうことにした」


 あくまで淡々と話される内容に、リリスは頭を殴られたようなショックを受けた。相手を探す旅に出させる――それは事実上の一族追放をあらわす。リリスは相手を見つけることができるまで、一族に戻ることは許されないということだ。自分が相手を見つけて帰って来られる可能性など、万に一つもあるかどうかの確率でしかない。それは父も知っているはずだ。そう言いたかったのに、まったく声が出なかった。


 その間も、父の非情な言葉は続いていく。


「お前の力が大きすぎるゆえに、容易に相手が見つからぬことも重々承知している。 魔力だけなら、この国にいる“魔力を使わせる者(ウィザス)”たちの中で並ぶ者はいないからな。だが、魔力が大きいだけでは役には立たぬ」


 がらがらと大きな音を立てて、足元が崩れていくようだった。今まで誰に言われてきたものよりその言葉はリリスの胸に深く突き刺さった。「魔力が大きいだけの役立たず」――父に、そういわれた。それはどんな言葉よりもリリスの存在を否定するもので、さらに父から言われたということに何よりもショックをうけた。父はずっとそう思っていたのだ。 そう、思い知らされた。


「出発は明日の夜。一族のものには悟られぬように発つように。見送りは一切禁じてある。 といっても、お前に見送りに来るようなものがいるとはあまり思えないがな。もちろん私や妻も行かん。 必要なものはすべて用意してやるから、満月が昇りきった時にここを出発しろ」


 死刑宣告のような声がリリスへと告げ、きりきりと胸が痛む。


(もうやめて。言わないで。そんなこと、わかっているもの。私は、父様や母様に恥をかかせるだけの子供なのだから。出来の悪い子供はいらない。 自分の子供とも思わない。父様はそういいたいのでしょう……?)


 早く、早くこの場から逃げ出したい。思わず耳をふさぎたくなるような言葉が紡がれる中、思わずぎゅっと目を閉じた。唇をかみ締めて、必死で泣き出したくなるのをこらえる。そんな様子を知ってか知らずか、さらにリリスを恐怖させる言葉が続く。


「こちらへ来い、リリス。ここへお前が再び帰ってくるまでの間、次期当主の印を預からせてもらおう」


 無慈悲な言葉にリリスは閉じていた目を開き、震える足をそっと前へ出して言われるがままに父の元へと向かう。手を伸ばせば届くその範囲まで近寄ると、父はおもむろにリリスの足元へ手を伸ばした。足元で光る魔方陣に、これは魔法だ、と認識するが早いか胸元に熱が集まる。無意識に感じた危機感にとっさに逃れようとするも、いつの間にか後ろにいた人影にそれを阻まれてしまう。振り返ってその人物を見ると、その正体にリリスは青ざめた。


「母様……!」

「おとなしくしなさい、リリス。あなたから次期当主の印を一時的にはずすだけよ。あなたを傷つけたりはしないわ」


 母の有無を言わさぬ言葉を聞き、抵抗すらも無駄だと悟ったリリスはおとなしく魔法を受け入れた。やがて胸を焼く熱は魔力の凝縮と共に急速に熱さを失う。完全に熱が消え去った後、薄紅色の宝石が足元へぽとりと落ちる。手のひらに収まるくらいの石には、今までリリスの胸元に咲いていた赤い花弁が刻まれていた。


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