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天青の魔法使い  作者: さかな
第六章 紅き饗宴は藍天の下で踊る
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覚醒

 ――ふっ、と意識が覚醒した。


 ぼんやりと目を見開くと、目に飛び込んできたのはどこか既視感のある部屋だった。重い頭を上げてゆっくりと上半身を起こす。


(私は……いったいどうしてこんなところにいるのだろう)


 確か、昨日ネリエやシャンディと別れ、先に部屋へ戻ろうとした所で誰かに会い、そこからに記憶が途切れている。回らぬ思考回路を必死に稼動させ、ここがどこなのかを必死で考えながら、リリスはきょろきょろとどこか既視感のある部屋を見回した。記憶をたどっていけば、スノードロップの宿屋に部屋のつくりがよく似ているのだと思い当たる。だが視線を窓の外へやると、少なくともヘパティカの中心部以北ではありえないような、活気が欠けた街が広がっていた。


 薄暗い路地に所狭しとばかりに平屋建ての建物が立ち並び、覇気のない少年やぼろぼろの服を着た老人がそこかしこをうろついたり壁にもたれて座ったりしている。へパティカの中にあって、静かで活気がなくどこか陰鬱な雰囲気を漂わせるところ――そう、リリスは一度ここに来たことがある。南門から少し東へ道を折れ、崩れかけた門をくぐって階段を下りた所に広がる旧市街地で、今はダウンタウンと呼ばれている街だ。


 ここには一度しかきたことがないはずなのに、なぜか少しばかりの懐かしさを感じるのはどうしてだろう。こんな感情を抱く理由はリリスにもわからない。でもそれは、自分がセレスと一番多くの時間をすごしたところだからかもしれないと思う。ほんの短い間のひとときでも――セレスもまた同じように思っていてくれればうれしい。それはきっとかなわぬ願いだろうことはわかっていた、けれど。


 そこまで考えて、今はどこにいるかはもちろんのこと、無事でいるかどうかさえわからない彼のことを思い出した。セレスはどうしているのだろうか。自分が寝かされている間に刻限は来ていないだろうか。手の中にある情報は少なすぎて、どれひとつとしてわからない。


「……お願いだから……無事でいて」


 祈るようにそう呟く。それから、リリスは自分の状況を棚上げしてしまっていることに気づき、思わず少しだけ笑った。友人たちが昔よく、リリスは人の心配ばかりしすぎだ、もう少し自分のことも気にかけろといっていた意味がようやくわかった気がした。気づいたところで、いまさらその優先順位を変えようなんて、これからも絶対に思わないだろうけれど。


 だが意図せず笑ったことは、結果として少しばかり重い気分を吹き飛ばしてくれることとなった。すくなくとも、ベッドから出てこの部屋を調べてみようという気は出てきたのだから。もう一度窓の外に目をやると、まだ日はそんなに高くない。部屋の端にあるドアを確認してみると、やはり鍵がかけられていて出ることはできなかった。


 しかしドアのそばで耳を済ませてみると、なにやら人の声がするのに気づいた。何を話しているのかはわからないが、声からして男が二人外で話しているらしい。あと少しで話の内容も聞き取れそうだと思い、息を詰めてドアに耳をくっつけてみる。


『囚われのお姫様はまだ眠っているかな? できればぎりぎりまで眠っていてくれるといいのだがね』

『先ほど私が確認したときには眠っておりました。昨日この部屋へ入れる前、「落陽の魔法使い」 さまが眠りの魔法をかけていらっしゃったので、早々起きることはないと思いますが……』

『ふむ……腐ってもサーシャ家次期当主だ、侮ってはいけないよ。万一騒ぎを起こされて、 ルディに見つかりでもしたらそれこそ大変なことになるしね』


「――……!!」


 言葉の内容にばかり気を向けてしまっていて、リリスは声の主が誰か全く考えていなかった。だが伯父の名前が出てきたとたん、それを口にした人物が誰であるかを唐突に理解した。思わず突きつけられた事実の重さに息を呑む。本当ならありえないはずなのに――あってはならないはずなのに。


 でも、何度も聞いたこの人の声を間違えるなんてことはしない。そして、リリスの知っている限り、自分の伯父を伯母以外でこんな風に愛称で親しげに呼ぶのは一人しかいないのだ。


「スノードロップの……ランディ、さん……?!」


 外に人がいるのも忘れ、思わず口に出してしまったその言葉に、あわててリリスは口をふさぐ。今見つかったら何をされるかわからない。今は寝ている振りをしていたほうが身のためかもしれない。どうか今さっきの声が外に届いていませんように――そう願いながらリリスは扉から離れ、自分のもといたベッドへと足を踏み出す。


 だがその願いは外が騒然となったことで叶わなかったことがわかった。錠前がはずされる音が部屋に響き、重厚なつくりのドアがギィ、と音を立てて開かれる。そうして現れた人は、やっぱりリリスの思っていたとおりの人だった。




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