息抜き
「ああ疲れたー! リリス、あそこで行った休憩しない?」
「うん、そうしよう! あ、あそこでアイスが売ってる。ねぇねぇ、買っていこうよ!」
「いいわねぇ。おじさんイチゴひとつー!」
「私はりんごでおねがいします! シャンディはどれにするー?」
「じゃあ僕はレモンにしとくよ……」
「まいどありィ!」
おまけしといたからね、と少し大きめのアイスが乗ったコーンを手渡され、リリスたちはその屋台から少し離れた屋根つきのベンチへと急いだ。忙しさからまったく気にも留めていなかった気候は、いつの間にか春の初めのまだ弱々しい日差しから、暖かな春真っ盛りの日差しへとすっかり変わってしまっている。昼間は少し暑いくらいに太陽が照り付ける真っ青な空を見上げながら少しずつ食べるアイスは格別だった。
まだ夏には手が届かない気候からしてみれば、アイスはまだ少し早い気もする。だが、珍しいものが立ち並ぶ街をあれやこれやと歩き回り、 上がってしまった体温を冷ますにはこれくらいの冷たさがちょうどよかった。
あたしリリスのも食べたいー、じゃあみんなで取替えっこしよう!なんて笑いあいながら三人でアイスを食べるのは、 なんだか懐かしいようなくすぐったいような不思議な気持ちだった。こんな風に友達と笑いあって遊ぶなんてことをしたのは、いつぶりのことだろう。すっかり記憶の端へとやってしまった懐かしい記憶を少しずつ思い出しながら、リリスはこの機会を作ってくれたアルに感謝をした。
しばらくのんびりとベンチで休憩したあと、少し日が傾いてきた頃になって三人はまた街を歩き出した。何を買うでも見るでもなく、ただ他愛もないことを話しながらぶらぶらと街を歩き、緩やかに流れる時間を楽しむ。そんな中、リリスはふと気になったことをポツリと二人に投げかけた。
「ねぇ、そういえばアルさん、自分のことを“白蟷螂の魔法使い”って言ってたよね? 相手は一緒にいないけど、どこかに行ってるの?」
「……そっか、リリスは知らないのよね。あの人確かに“魔法使い”を名乗ってるけど、ほんとはもうそうじゃないの。相手がいなくなっちゃったから」
「いなくなった? 死んじゃったってこと?」
「うん、相手はもう生きてない、多分ね。でも戦闘で命を落としたんじゃないの。“魔法使い”じゃなくなったのは、契約破棄したからよ」
「――!!」
何気なく振った話題が思いもよらぬ方向へ行き、リリスは驚きに目を丸くする。双方同意の上の契約解除は特別な代償を必要としない。せいぜい1年ほど新たな契約を結べなくなるくらいだ。だが一方的な“魔法使い”の契約破棄には重い代償が伴う。自分たちの「命」に関わる代償を受けることになるのだ。それがどういうことなのか、少しばかり“魔法使い”についての知識がある者ならば、誰だって知っていることだった。
「だって、アルさん生きてる……」
「アルは死ななかったんだって。相手に護られたんだって言ってた」
どうしてと問うリリスに答えたのは、それまで静かに話を聞いているだけだったシャンディだ。どこか遠くを見つめるような顔で、アルに聞いたらしい話を思い出すように、ぽつりぽつりと言葉はつむがれる。
「理由までは聞いてないんだ。契約解除の申し出を、アルは最後まで断った。でも最後は無理やり相手が契約破棄をしたんだ。相手が最後に振り絞った魔力でどうにかアルの命は助かったんだって」
「そう、なの……」
「ねぇリリス、どうしてアルがあそこまで君に厳しく言ったか分かる?」
不意に向けられた真剣な目に、リリスは戸惑いながら首を振った。その答えにシャンディは空を見上げて目を閉じると、静かにその答えをつぶやいた。
「アルの相手はね、妖魔だったんだ。すごく――すごく、強くて綺麗な妖魔だったんだって……よくアルが言ってた」
想像していなかった答えに、リリスはただ言葉を無くした。先ほど告げられた答えに、うまく頭がついていかない。様々な疑問が浮かんでは消えていく。
「だから、アルが言っているのは全部ホントのことだよ。彼を助けたいと思うなら、身内を傷つける覚悟だってしなきゃいけない。何があっても、彼を愛し続ける覚悟を持たなきゃいけない。それができないうちは、まだ一切関わらないほうがまし。そんな中途半端なままで彼を助けようとしても、お互い傷ついて命を削ることにしかならない。きっとアルはそういいたかったんだと思うよ」
「シャンディ……」
再びしっかりとリリスの目を見つめて告げられた言葉は、事実を知ってしまった今アルに言われた時よりもさらに重く感じられた。いったいアルは、どんな思いであの時この言葉を言ったのだろうか。リリス一人が傷つく覚悟だけではだめなのだ。自己犠牲だけで終わらせようとすれば、きっとお互いが傷つくだけで終わってしまう。そうではなくて、しっかり前向いて戦う覚悟を決めろ――きっとアルはそう言いたかったのだろう。お前たちは俺のようにはなるな。そんな言葉も、混じっているように思えた。
うまく処理しきれない感情があふれるばかりで、うまくまとめることができない。それでも、今までまだ何処か固め切れていなかった気持ちがようやく形を成し始めたように思った。それは覚悟という名のものなのかはまだ分からなかったけれど。
「……ありがとう。私、頑張る。ちゃんと覚悟を決めて、前を向いて戦うわ」
「僕としてはあまり危険な目にあって欲しくはないんだけど、友人として応援するよ」
「しっかりなさいよね、リリス! 自分の手で、為したいことを掴むのよ」
顔を上げて二人へそういうと、二つの手が背中を後押しするように肩へ置かれる。頼もしい表情の二人にリリスはしっかり頷くと、もう一度二人に感謝の気持ちを込めてありがとうとつぶやいた。