助力者
無駄に広い部屋の中を進むと、まず目に入ってきたのはゆったりとしたソファでくつろぐ男の姿だった。彼は突然尋ねてきた客人三人を鋭い眼光で見つめ、リリスの両脇にいたネリエとシャンディを見るなり口角を吊り上げて笑った。部屋の中を歩いてちょうど中ほどまで来たところで、ネリエとシャンディ二人の足が止まる。慌ててリリスも足並みをそろえて止まると、すっと二人は深く頭を下げ、身をかがめた。
「第七研究所の《青》――シャンディ・スウェル=エルゼと」
「同じく第七研究所の《青》――ネリエ・フィオ・シュヴェールが参りました」
「おう、お前ら、よく来たな! 久しぶりじゃねーか、相変わらず変わってねぇなぁ」
何の迷いもなく跪きかしこまって礼をする二人に、目の前の男は豪快に笑ってそう告げた。リリスはどうすればいいのか分からず、見よう見まねで横の二人を真似して跪拝の礼をとる。それに目を留めた男は、どこか面白がっているような表情で問いかけた。
「おい、こいつは誰だ? 研究所の新入り、って訳でもなさそうだが」
「わ、私は――」
「このものは私たちの友人、リリスと申します。故あって名前しか明かさないことをご容赦くださいませ。 どうか彼女にまつわる話を聞いて頂きたく、ここへ参りました」
あわてて自己紹介しようとしたリリスを静かに手で制し、シャンディはそう答える。男はしばらく沈黙してリリスを眺めていたが、やがて目を細めて笑った。
「俺の自己紹介を一応しといてやろう。そうだなぁ……王宮で働いてるすっげー偉い人って名乗っとけばいいだろ。ま、それ以上は言えねぇな。 こいつらがわざわざここまで来たってことはなんだか面白そうなやつもって来たんだろうから、話ぐらいは聞いてあげようじゃないか、お嬢さん?」
鮮やかな金髪を無造作に後ろで束ね、飴色の瞳を輝かせてこちらを見る男は、しっかりリリスを見つめてそういった。年は三十を過ぎたぐらいだろうか。リリスがお礼を言いながら頭を下げると、男はあごをしゃくって堅苦しい礼は要らないから話を聞かせろと豪胆に笑った。
「ほら、さっさとそこに座れ。話が聞けん」
「承知しました」
「ああ、お前ら。今日はここに泊まっていけ」
「ええ、そう言われるだろうと思っていましたから、もとよりそのつもりです」
「お、わかってるじゃねぇか。そうだ、あともうひとつ。敬語は目をつぶるが、せめて気楽に話せ。 堅苦しい言葉ばっか使われるとたまらねぇからな、シャンディにネリエ。それと……リリスといったっけか、そこのお嬢さん」
ちらりとこちらを見遣った男に、こくりとリリスは頷いた。怒涛のようにしゃべる男についていけなくて、ただそれが精一杯だったのだ。だが主に矛先を向けられていたシャンディは、最後に出された条件に顔色を変えた。
「しかし、アルライディス――」
「おおっと、俺の名前はアル、とだけ呼んでもらおうか。つーかさっき堅苦しい敬語は無しって言ったじゃねぇか、シャンディ。 前みたいに、ですますつけるだけで十分なんだよ。ここまで譲歩してやってるんだ、次使ったら即効で部屋からたたき出すぜ。いいな?」
「……分かりましたよ、……アル」
大きなため息をついて、あれこれと条件を出してくる男に閉口していたシャンディは、最後に折れた。ネリエはなぜか一言もしゃべろうとはせず、リリスはあっけにとられているばかりだ。
(あれ……?)
ふと、一瞬だけ先ほどの会話に引っかかるものを感じた。何か、聞き覚えのある単語を聞いたような気がしたのだ。だが結局それが何か分からなくて、今は目の前のことに集中しようと頭から追い払った。さぁ早く、ともう一度促されて三人はそれぞれリリスを真ん中に、右がネリエ、左がシャンディという形で用意されていたイスに座る。テーブルにはあらかじめつまむための菓子とお茶が用意されていた。男は何のためらいもなくお茶をすすり、ぽいっと菓子のひとつを口に放り込み、肘をついてどっしりと構える。そうしてリリスをしっかりと見つめると、一転、まじめな顔で言葉を紡いだ。
「さあ、聞かせてもらおうか。サーシャ家次期当主のお嬢さんの、妖魔に関する話を――」