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天青の魔法使い  作者: さかな
第三章 天青と藍晶は闇夜に輝く
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窮地

「久しぶりだな、兄貴」

「誰かと思えば出来損ないの弟か。我の獲物を横取りしようとはなんとも身の程知らずな」


 先ほどリリスに語りかけた声とはまったく違う、冷たい声音。それに応えてくつくつと笑う妖魔の言葉に、リリスは驚いて前の背中を見つめた。今のは聞き間違いだろうか。 だが、確かに聞こえたのだ。「兄貴」「出来損ないの弟」と。


「兄弟……?」


 思わずそう呟いてしまったリリスに、前にたたずむ男は振り返って少しだけ困惑した表情を見せた。だが、兄弟といわれてみれば確かに納得できる気もする。珍しい銀の髪、青い瞳。妖魔は皆こういうものかと思っていたが、それにしても彼らは似すぎている。


「出来損ないは兄貴も同じだろう? 俺たちは双子だからな。両親から受け継いだ血も普通の兄弟よりさらに近い」

「ふん、血が近くとも出来損ないはお前だけよ。妖魔は人間なぞとは馴れ合わぬ。人間は獲物――我らがその血肉をすすり、魔力を食らうだけにあるもの。 それを護るなどとぬかすのは笑止全般」

「よく言う、母親が人間の半妖。その血の所為で人間にも妖魔にもなりきれず、行く場所も無いはぐれ妖魔が聞いて呆れるな」


 自嘲気味に笑いながらそう青の妖魔にいう目の前の男の口調は、まるで自らがそうだからと言わんばかりだ。リリスは次々と明かされる新しい情報に頭を働かせ、必死で理解しようと努めた。


「黙れ愚弟! 我はもうお前とは違う。あの日、我は完全なる妖魔となったのだ!」

「父親殺しの大罪を背負う半妖。それで完全な妖魔になった気になるとはそれこそ笑える」

「笑いたければ笑うがよい。だが、今の我とお前の力の差が何よりの証拠。それを今から証明して見せよう」

「やりたければやってみるがいい。それが間違いだと思い知らせてやる――」


 狂気的に笑う青の妖魔、挑戦的にそれを見返す目の前の男。バチバチと火花が散りそうなほどに激しい魔力で、お互いが相手を威圧する。やがて同時に放たれた光の玉が放った閃光と轟音で、戦いの幕は明けた。互いの武器は魔力、それに爪と牙のみ。 自由気ままに動き、あちこちから攻撃を仕掛けられる青の妖魔と、リリスを護りながら戦わなければならない男とではあまりにも条件が違いすぎた。


 次々と二人の周りで轟音がはじける。リリスを背中にかばう男は、すべて青の妖魔が放った光の玉を弾き返す。その合間を縫って執拗にリリスの肌を切り裂こうと狙う爪と牙は、男が身代わりになって受け止める。次第に血にまみれていく男を、ただリリスは護られて見ているだけしかできなかった。


 魔力だけで行けばこの二人は互角。それは魔力の大きさを感じていればわかる。だがリリスという足手まといがいる中、魔力が互角では圧倒的に男のほうが不利だった。それでも男は倒れず、ずっとリリスをその猛攻から護り続けた。どんなに傷つけられても倒れず、決してリリスに青の妖魔からの攻撃は届かない。それは見ているリリスが耐え切れなくなって声を上げるまで続けられた。


「お願い、もうやめて……! 私が犠牲になればいいんでしょう? もう、この人を傷つけないで……!!」


 リリスの懇願に、青の妖魔の攻撃がぴたりとやむ。そのとたん、意志の強さだけでその場に立ち続けていた男ががくりと膝をついた。あわててリリスはしゃがみ、崩れ落ちそうになる男を支える。


「私があなたに食べられれば、この人は殺されなくてすむのでしょう? だったら私を食べていい、だからもうこの人を傷つけないで……!」

「待てお前、いったい何を言い出す。俺、は――」

「ふむ、小娘よ。お前が進んでその身を捧げようというのなら、考えてやってもよいぞ」


 二人の様子を見つめる妖魔がリリスの言葉にそう返す。その言葉にリリスは「是」と返事しようとしたが、それは男の言葉によってさえぎられた。


「やめろ。俺はそんな風にして命を救われたくは無い」

「どうすればいいと言うの? このままじゃ、あなたは私を護って殺されちゃうわ。でも私だってそんなのは嫌なのよ……!」

「――ひとつだけ、手がある。この窮地を抜け出せる、手が」


 泣きそうな顔をして男を見つめるリリスに、低く柔らかい声音が語りかける。その声はやっぱり、泣き顔の自分をなだめるみたいにひどく甘くて優しかった。


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