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天青の魔法使い  作者: さかな
第三章 天青と藍晶は闇夜に輝く
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助け人

「おい。いつまでしがみついている」


 ぎゅっと目をつぶっていたままのリリスの耳に届いたのは、低く不機嫌そうな言葉だ。あわてて目を開けてみると、すぐ目の前に探していた男の顔があった。


「えっ、わっ、ごめんなさいっ!」


 どうやら先ほどのどさくさにまぎれて、自分は力いっぱい男にしがみついていたらしい。あわてて手を離し、彼から離れようとしたところでリリスは自分が横抱きにされているのに気付いた。自分の足で立っていない所為か、かなり足元が心無い。だが自分を抱く腕の力の強さと必要以上に与えられる男のぬくもりに、少しずつ胸の鼓動が速さを増していく。横抱きにされる恥ずかしさと男に会えた嬉しさが入り混じって、どんな顔をすればいいのかわからない――たまらず俯いたリリスに、上から優しい声音が降ってきた。


「大丈夫か?」

「だっ、大丈夫! 何にもされてない……」

「よかった……」


 あれほど聞きたいと望んだ声がそこにあった。リリスを気遣う優しい声に、泣きたくなるくらい嬉しくなる。やっぱり、この人の声は誰よりも自分を安心させてくれるのだと感じた。


 それにしても、妖魔はどうしたのだろうか。そう思い、辺りを見回してみたがどこにもその姿はない。 この男に倒されてしまったのか、それともどこかへ行ってしまったのか――そんなことを考えていると、上からさらに声が降ってきた。


「あれほど言ったのに、なぜまたここへ来た!」

「それは……あなたと話がしたかったの。昨日は全然話せなかったから……」


 先ほどとはうって変わって怒気を含んだ声音にリリスは身をすくませる。怖い。だが昨日みたいに拒絶するでも突き放すでもなく、ただ怒っているだけの声音に少し安心もする。


「あれほど俺に関わるなと言ったのに……お前はもう少しで殺されるところだったんだぞ!!」

「ごめんなさい……まさか、“青の妖魔”が現れるとは思っていなくて……」

「そんな大きい魔力を持っていたらあいつが現れるのは当然だ。お前、どれほど自分が桁外れな魔力を持っているか、わかってるのか」

「それは……」


 遠まわしに自覚がないと言われ、リリスは口をつぐんだ。わかっているつもりだった。 本来なら人間が扱えるはずのないほど大きな魔力を持っている、ということは。自分はその所為でサーシャ家から追い出されたのだから。


「わかっているつもりよ……自分が化け物だ、ってことぐらいは」

「は……? お前は人間だろう」

「人間よ。でも人間じゃ持ち得ない力を持って生まれてしまったから、人間じゃないの」


 自嘲気味につぶやくリリスに男が目を見張る。何度も化け物だと言われてきた。魔法使いになれない、出来損ないの化け物。そうじゃない、私は人間よ、って言いたかった。でも、自分でもこの魔力の大きさはありえないと思っていたから、言えなかった。


「だから、もしあなたが魔力を食らう妖魔だったら――本当にあなたが“青の妖魔”だったら、食べられてもいいって思ったの。いつもこの力は疎まれてきたから。どんなことでも、私のこの力が欲しいって言う人は初めてだったの……」


 一粒、二粒と涙が零れ落ちていく。あんなに優しくしてくれた人にこの魔力が必要とされるなら、あげてしまおうと思った。今までずっと疎まれてきたこの力が欲しいと言われるなら、たとえリリスの命がなくなるとしても、それはとても嬉しいことだったから。


「お前……」


 何か言おうとする男の顔が涙でにじむ。 ああ、この人の前では泣いてばかりいる気がする。泣いたら困らせてしまうだけなのに、でも涙が止まらない。不意に降ろすぞ、と声をかけれられ、ゆっくりと地面に下ろされた。何をされるのかがわからなくて、とりあえず心もとない自分の足で立ってみる。男の片方の腕はまだリリスの腰に回されたままだったので、それを支えにして男の体にしがみつき、どうにか立つことができた。


「泣くんじゃない。お前が泣くと、俺はどうしていいのかわからない」


 すっ、と男の長い指がリリスの目元に伸びた。何をするのだろう、と男を見上げれば、ほろりと溢れた涙が指でぬぐわれた。あっという間に指は涙でぬれたが、男は気にせず涙をすくう。少ししてから状況を理解し、驚いたリリスがようやく泣き止むまでそれは続けられた。


「やっと泣き止んだな」

「ご、ごめんなさい……」

「謝られることじゃないが、しかしお前はよく泣くな」

「な、泣きたくて泣いてるわけじゃ――」


 男にリリスが言い返そうとした言葉はすべて言えずに途切れる。 言葉の途中で男に体ごと引っ張られ、地に伏せると同時に爆発音があたりに響いた。


「もう少しいけるかと思ったが……くそっ、なんて回復の早い……!」


 悪態をつく男の見つめる先には、先ほどリリスを食らおうとしていた妖魔の姿があった。 そうしてリリスはやっと状況に気付く。


「さっき倒したわけじゃなかったの……?」

「そんなにすぐに倒せる代物じゃない。閃光と衝撃で気を失わせていただけだ」

「そんな……」


 今更ながらの事実にリリスは驚いた。もしそうなら、リリスが泣いてしまった所為でここから逃げ損ねたのではないだろうか。


「危ないから後ろに下がっていろ。絶対俺のそばを離れるな」

「……どうするの?」

「隙を見て逃げる」


 男の言葉にリリスは不安げに頷く。自分がいる所為で分が悪いのは、一目瞭然だった。どうしよう、大丈夫なのだろうか――そんな気持ちを読み取ったのか、男はぽんぽんとリリスの頭を軽くたたいて耳元に顔を寄せ、少しだけ笑顔を見せた。それからリリスを背中の後ろに護るように立ち、男は少し離れたところにたたずむ妖魔へと向き直る。反対にリリスは先ほど男が耳元でささやいた言葉に、一気に体の熱が上がるのを感じた。


『必ずお前は護ってやる。だから心配するな――……』


 そんなことを言われたのは初めてだった。こみ上げてくるのは甘い声音に対する恥ずかしさと、言われた言葉に対する嬉しさ。怒りに燃える妖魔と対峙する男の背中を見つめて、リリスは小さくありがとうとつぶやいた。


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