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天青の魔法使い  作者: さかな
第三章 天青と藍晶は闇夜に輝く
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再会

 すっかり闇の帳を下ろした空に広がるのは、輝く星々の光を覆い尽くす暗灰色の厚い雲。地平線から顔を出したばかりの満月は、時折雲間からその光をのぞかせて地を照らす。気紛れな月の光で所々に姿を現すのは、柔らかな緑を芽吹き始めたばかりの湿原だ。


 周りを湿原に囲まれた街道に、松明を掲げてあたりを照らすのはリリスだった。時刻はもうすぐ真夜中にさしかかる頃。歩いて来た方を振り返るとヘパティカの建物の影がわずかに見える。宿の主人に教えられたのと同じ時と場所に現れたリリスは、気を張りつめて人影が現れるのを待っていた。


 待っていたのはわずかな時間だった。少し大きめの雲間から顔を出し、しばらくの間涼やかな光で大地を照らしていた月の光が、雲に吸い込まれるようにして姿を消す。 そのとき、不意に湿原の枯れ草が大きくさざめき、あたりの空気が変わった。 手に持っている松明さえ不安げに大きく炎を揺らめかせ──突然ふっとかき消える。


 完全なる暗闇の中浮かび上がるのは二つの瞳。見間違えることのない、美しい青の瞳がそこにあった。


「あなたは……!!」


 リリスが小さく叫ぶ。妖しく光り、見る者すべてを惹きつける瞳はまさしくあの天青石の色だった。空色の瞳はじりじりとリリスとの距離を縮めていく。だが空気が震えるほどの威圧感に、少女は足がすくんで動けなかった。


「あなたが"青の妖魔"なの……?」


 殺されるかもしれない――……そんな恐怖がリリスを襲う。それでも震える声を絞り出してやっとそれだけを問うと、瞳が微かに揺らぎ、近づいてくるのが止まった。手を伸ばせば届くだろう近さに恐怖を感じながらも、足が石になってしまったように動けない。 だが問われたことが真実であると肯定するような沈黙に、リリスは必死に恐怖を抑えて言葉を紡いだ。


(お願いだから否定して。 自分は違うと言って)


 その思いを言葉に乗せて、目の前で瞳を揺らめかせる男に問う。


「本当にそうなの……?」


 何度問いかけても答えは返ってこない。度重なる沈黙の末、男は問いに答えずにリリスから逃れるように背を向けた。


「去れ。もうここへは来るな」


 こぼされた言葉にリリスは目を見張る。湿原を吹き抜ける風がさらりと銀の髪を揺らした。雲間から気まぐれに顔を出した月がゆっくりと光を地に降り注ぎ始めると同時に、こちらへ背を向けた男は湿原の中の闇へと歩き出す。後姿を追おうとリリスも足を踏み出すと、男はもう一度振り返った。


「俺に関わるな」

「いや! だって私はあなたからまだ答えを聞いていないの。私は信じてるもの、あなたは妖魔じゃないって」

「殺されたいのか」

「あなたは私を殺さないわ。だって山賊から助けてくれたでしょう」


 男の拒絶にもめげず、リリスは言い切る。少女には確かな自信があった。姿を現してから拒絶こそしたものの、一度も彼は自分に殺気を向けなかった。最初から殺すつもりなら、ひ弱なリリスごときいつでも殺せるはずだ。 こんな風に言葉を交わし、わざわざ忠告するようなことはしなくてもいいだろう。


「なら言うが、俺は妖魔だ。青の瞳は人の魔力を食らう妖魔の象徴。今日たまたま命拾いしたことを幸運に思うんだな」

「待って、いかないで!」

「命が惜しければここを去れ。そしてもう二度と来るな」


 冷たくそう言い放った男は身を翻して夜闇の中へと歩き出す。慌てて後を追おうとしたリリスは、いくばくも行かないうちに不意に大きくつんのめった。あわてて体勢を立て直すが、枯れ草の下に隠れていた泥沼に片足を捉えられ、動きを封じられた。 とっさに伸ばした手は男のマントを掠めたものの、むなしく空を切る。


 すぐに男の姿は闇の中に溶けるようにして消えた。どこかに姿がないか目を凝らしてみたが、また隠れ始めた月は明るさを奪い、闇に包まれた湿原が広がるばかりだった。


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