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天青の魔法使い  作者: さかな
第二章 出会いと別れは突然に
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吐露

「驚かせてすまなかった。大丈夫か?」


 目の前の男が気遣わしげにそう問いかけ、手をさしだす。リリスは素直に男の手につかまり、助け起こしてもらった。大丈夫、とどこか遠くで言う自分の声を聞いてようやく我に返る。やがてゆっくりと自分のおかれた状況を理解し始めた。


「あ、なたが、私をここに……?」


 先ほどまで忘れていた驚きと恐怖に、それだけ問うのが精いっぱいだった。おおよそ山賊というには程遠い身なりのいい服と、細身の体躯。肩まで伸ばした髪はさらりと後ろへ流されている。リリスを助け起こし自分も立ち上がった男は、夕方襲ってきた山賊とはあまりにも違う容姿と身なりをしていた。だがそれは決して安心できる材料にはなり得なかった。


「俺が運んだ。山賊に気絶させられて、どこかへ連れて行かれるみたいだったから助けたんだが、余計なお世話だったか?」

「助けて、くれたの……?」

「ああ、そうだ」


 男の簡潔な言葉に、リリスは体の力を抜く。全身を支配していた恐怖から解放され、思わずペタンと床にしゃがみこむ。その様子を見て、男は怖がらせてすまなかったと詫びた。


「一部始終を見ていた。山賊のよく使う抜け道にいたから、最初は仲間割れかと思ったんだ。だがあまりにも必死で逃げていたんで、違うと気付いた」

「山賊の抜け道……そんなはずないわ。あそこは山賊が出ないって教えてもらった道よ」


 男の説明に、リリスは思わず反論した。わざわざ教えてもらった道が山賊の抜け道だったとは、いったいどういうことなのか。だが男は表情を一切変えず、あっさりと切り返す。


「それは騙されている。王都の市場にいくつか店を出している、山賊と手を結ぶ商人の口車に乗せられたってところだろう」

「そんな……」

「よくある手口だ。幾軒かの店を回っている客に同じ噂を吹き込み、不安を煽る。 最初は気にしなかった客も、何度もおんなじことを言われると不安になる。だから山賊に襲われない方法はないかと店主に問う。 すると店主は嘘を教えて山賊の出る道へ行くように勧める」

「そうして捕まえた旅人の身包みをはいで、山賊は商人と山分けするってわけ?」


 信じられないといった表情のリリスの問いに男は頷く。その答えにがっくりと落ち込んだ。まさか、まんまと騙されていたなんて。


「商人の嘘と真を見分けるのは難しい。よくあることだ、気にするな」

「気にするわよぅ……」


 あまり慰めにならないような台詞に余計脱力しながら、リリスはそう呟く。それでも精一杯自分を励ましてくれているのだろう。男は少し困った顔をしながら、俺も引っかかったことがあるから、と付け加えた。その言葉に、リリスの落ち込んだ気分が少しだけ浮上する。 引っかかったのは自分だけじゃない。そう思うとちょっとだけ安心できた。


「やっと笑ったな」


 優しい声にうつむいていた顔を上げる。するといつの間に座ったのか、すぐそばに同じ目線で安心したような男の顔があった。 びっくりした顔のリリスに、ぶっきらぼうだが優しい声音で男は続ける。


「今までまったく笑わなかっただろう。ずいぶん俺が怖がらせたようだったから、心配していた」

「それはあなたが何者かわからなかったから……って、私あなたに足払いをしたのよね、ごっ、ごめんなさいっ!」


 リリスは先ほどの男へ対する仕打ちを思い出し、思わず頭を抱えたくなった。自分を山賊から助けてくれた人の手を払いのけた上、足払いまでかけるとは――失礼全般、恩知らずもいいところだ。


「いや、いい。何も知らずに寝かされていたうえ、知らない男がいきなり小屋に入ってきたら誰だって怖がるだろう。もっとも、足払いをかけるやつはそうそういないだろうがな」


 くくっ、と男の口から漏れる笑い声に、リリスは大人気なくむくれた。


(悪かったとは思っているわよ。でも、そんなにわらうなんて……)


「悪かった、悪かったからそんなに俺を睨むな」

「にらんでないけど」

「もう笑わないから、機嫌を直してくれ」

「本当に? 笑わない?」

「ああ、笑わん」

「じゃあ、いいわ」


 なかなか笑いやまない男に、リリスはむくれて完全にへそを曲げる。その様子に、謝ってもらっていたはずの男は形勢逆転で謝る羽目になった。なかなか機嫌を直さない少女に手を焼きつつ、男が二度三度謝ると、やっとリリスはふくれっつらをやめる。


(なんだろう……この感じ、何か懐かしい気がする)


 素直に自分の感情をさらけ出してしまえる気安さ。 軽口のやり取りをしながら、会話をする楽しさ。 少し考えてからそれが伯父とのやり取りによく似ていたことに思い当たる。だがせっかく思い出さないようにしていたこと思い出してしまい、少し浮上した気分がまた深く沈みこんでいくのが自分でもよくわかった。 今まで考えないようにしていたことに、胸の中が占領されていく。 きりきりと痛み出す胸に舞い込んだ寂寥感をもてあまし、リリスは再び顔をうつむけた。


 ――今度は、目にたまった涙を男に悟られないために。


「どうした?」

「……なっ、なんでもないの……!」


 再びうつむいてしまった自分を気遣う男の優しい声が身に沁みる。ここで泣いたら絶対変に思われる。そう思うのに、涙は止まらない。一粒、二粒床に転がり落ちた涙を見て、それが限界だった。


 次々あふれてくる涙に視界がゆがむ。父にあれほど言われた時だって大丈夫だった。悲しかったが、何とか泣かずにいられた。なのにいまさら泣いてしまうなんて、どうかしている。


(知らない人の前なのに。さっき、知り合ったばかりの人なのに――どうしてこの人の声はこんなにも私を泣きたい気持ちにさせるの……?)



「俺に笑われたのが、そんなにいやだったのか?! それともさっきのことが怖かったからか?! そ、それなら本当に悪かった、悪かったからもう泣かないでくれ……!」


 自分が泣かせたと思ったのか、目の前の男はうろたえておろおろしだす。まだ自分に残されていたわずかな余裕を全部かき集め、リリスはぶんぶんと首を振った。その様子にどうにか彼の所為でないのはわかってもらえたらしく、目に見えて男の表情が和らぐ。だが人のことを気にしていられたのもそこまでだった。


 必死で嗚咽を抑えようとするが、止まらない。こらえきれない泣き声はみっともなく喉からしぼりだされ、涙は手や床に終わりの見えない冷たい雨を降らせる。寂しい、もう一度会いたい、私を助けて――そうつぶやく声は嗚咽に半ばかき消され、自分の声ではないように聞こえた。


 伯父にもう一度会いたい。 会って、父の話は嘘なんだと否定して欲しい。 どうか、自分を拒絶しないで欲しい。 自分は孤独ではないのだと、そう証明して欲しい。ただそのことを切に願って、リリスは泣いた。そうでないと、自分がこの世界にい続ける価値はなくなってしまう。誰も必要としてくれないなら、自分のいる意味はなくなってしまうから。


「今は俺がいてやる、だからもう泣くな」


 不意に頭に載せられた温かさと言葉に、リリスは泣きじゃくりながら前の男を見上げた。涙でゆがんだ男の表情はわからない。だがまるで壊れ物を扱うみたいにおっかなびっくり、それでも確かな温かさを持って頭をなでる手に、リリスは安堵を覚えた。もう泣かないでいいと自分をなだめるようにゆっくり撫でる手が心地よくて、知らず知らずのうちに男のほうへと身を寄せる。男はそれを拒もうとはせず、優しくリリスを抱きしめた。


 自分を閉じ込める腕の力の強さと体を包み込む温かさに、言いようのない安心感に包まれる。 あやすようにゆっくりと語りかける声音は誰よりも優しかった。泣き疲れたリリスの嗚咽はいつの間にかやんでいた。 だんだんと意識に紗がかかっていくのが自分でもわかった。夢と現の区別のつかなくなっていたリリスは体の力を抜き、自分自身を抱きしめるぬくもりに身を委ねる。やがて誘われるように意識は眠りの淵へと落ちていった。


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