万事休す
メキシコの麻薬王クリスは不穏な噂を耳にしていた。聞くところによると、灼熱の炎を撒き散らす謎の生物がマリファナ農場を荒らしているらしいのだ。ただでさえ出荷量の多くて安定した稼ぎを生み出せるマリファナを黒焦げにされたのだ。怒り狂ったクリスは農場の管理人に暴力を振るった挙句、コンクリートに固めて海に沈めた。メキシコマフィアにもコネがあるクリスは各農場に屈強なマフィアを配置して防御を固めた。これでようやく安心と葉巻に火を点けたのも束の間、各拠点が火の海と化しているとの情報が耳に入った。それは予想通り、炎の球を撒き散らす謎の生物の仕業だと判明した。その生物は徐々に南下していき、マリファナ農場最大規模かつ、クリスの拠点にまで迫る勢いだ。クリスは怒りを通り越して恐怖に怯え震え、無慈悲な殺人を中止してまで人材を確保しようとしていた。残虐王と名高いクリスが部下の失敗にも寛容となり、自分の守護に務めよと言い出すのだから、部下達も終始困惑状態に。一体どれほどの生物が襲ってくるのだと、頭の中ではパニック寸前だ。そして遂にその日が訪れた。月曜日の真夜中、18時30分に放送していた某アニメを見て月曜日の恐怖にガクブル状態となって布団の中で震えている麻薬王クリスは、けたたましいサイレンの音で完全に目を覚ましていた。何事かと部下に問い詰めれば、例の生物が現れたと言うのだ。状況を報告せと言ったのも束の間、部下の悲鳴と共に連絡がストップした。どうやら通信もままならない状況のようだ。こうなれば自分の目で確かめるしかないと決意したクリスは、足早とベランダに出てカーテンと窓を開けた。すると……彼の目に飛び込んできたのは信じられない光景だった。紛れもなく牛の形をした生物が大量の群れで麻薬畑を食い荒らしていたのだ。制止させようとする部下達に向かって灼熱の炎を撒き散らし、部下達は全身が炎に包まれて黒焦げと化していた。人間の肉が焼けた生臭い悪臭がベランダにまで風で運ばれ、思わず鼻を抑えたと同時にくしゃみが出てしまった。ハッと気が付いた時にはもう遅い。聴覚の鋭い牛達は一斉に麻薬王の姿を睨み付け、灼熱の炎を投げつけてきた。一応は回避に成功したが、炎はベランダに直撃して火の海と化している。炎の球と思っていたソレはどうやら牛共の糞らしく強烈な匂いを放っていた。人間の焼けた臭いと糞の悪臭に塗れながら何とか逃げ出そうとするも、既に屋敷全体が炎の壁で覆われていた。万事休す。この言葉を頭に浮かべながら、麻薬王クリスは床に倒れていた。煙を吸い込んだ影響で肺の動きがストップしてしまい、従来の呼吸が不可能になっていたのだ。こうしてメキシコの麻薬王は謎の生物の攻撃によって帰らぬ人となった。伝説によれば、今回の謎の生物はボナコンと呼ばれていて、ヨーロッパに伝わる未確認生物のようだ。何故ヨーロッパのモンスターがメキシコに現れたのか定かではないのだが、一人の悪人が成敗された事実には変わらない。そういう意味では感謝すべきかもしれない。