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窓辺の幼女

作者: 灰梅澄人

 この学園には怪談の類は当然ある。その一つが<窓辺の幼女>である。満月の夜、学園のどこかの窓に、とても綺麗な幼女が座っているという、限定されているわりに見つけにくい、学校の全窓の数を考えるとわりと面倒くさい、怪談である。

 それが今、目の前に。つまり<窓辺の幼女>がだ。

 その幼女は、窓辺で月光を浴びていた。ただ一人、教室の窓の桟に腰掛けている。彼女は美しいが、どこか陰がある美貌でもあった。そして何か、考え込んでいるようであった。どこか、暗い事を考えているのだろうか。

「あー、アイス食いてー」

 考えてること全然暗くなかった。というか、一気に身近になった。

「あのー」

「あぁん!?」

 うわあ、「あぁん!?」とか初めて聞いた。こんな綺麗な幼女に言われたのはついているのかいないのか。いや、明らかについてない。しかも、ついてないが相乗しているのを、この怪談の話の核心を思い出して気付いた。

 この<窓辺の幼女>に遭うと、その人は魂を抜かれてしまうのだという。

 とはいえ、この幼女が魂を奪う、という風には見えない。あるいはその油断を突くのか、とも思ったが。

「あんだよ。あんの用だよ! ぼけっとしてんじゃねえ!」

 魂とかそういう繊細な話を出来るタイプに見えないし聞こえない。粗野過ぎる。

 とはいえ、話しかけたのはこちらなので、それならちゃんと会話しなければならない。

「ええと。あなたは、<窓辺の幼女>ですか?」

「るせえ! 誰が幼女だ!」

「いや、あなたどう見ても幼女でしょ」

「その通りだが、その通りって言うのがむかつく! これでもてめえよりは遥かに長生きしてんだからな!」

「はあ」

「はあ、じゃねえよ! それと、あんの用だよ! さっきから聞いてんだろ!」

 コワイ! だが、危険は元より織り込み済みだ。思った危険とは違う、命を取られるんじゃなくて素で殴られる方向の危険だけど。とにかく、話をする為に、口を開く。

「ああ、それはですね。新聞部の記事に、“学園七不思議を追え!”というのがありまして、それの一つである<窓辺の幼女>を調べる為に、ワタクシやってまいりました」

「新聞部か。また俺の事を調べる時期かよ。ったく、面倒臭えったらねえ」

 こっちも面倒くさいよ! と言いたいが、それは口にすると逆鱗に触れそうなので心に押し込める。

「ってかよお、どうやって俺の場所を見つけたんだ? そんなに簡単じゃねえ条件だと思うんだが」

「それはもう、総当たりです。満月の夜の日の徘徊はこれで三ヶ月目ですよ」

「は! 馬鹿じゃねえか、てめえ」

「ええ、わりとそうだなーと思います」

 <窓辺の幼女>がこんな粗野なんだったら、やることはなかったって思うくらいには。これも口にはせず、話の方を進める。

「ええと、インタビューしたいんですが、宜しいですか?」

「報酬」

「え?」

「報酬としてアイスを所望するから買ってきやがれバカ! インタビューならそれくらい当然だろ! ガリガリしたやつな!」

「え?」

「行け!」

「あ、はい」

 言われて、はいはいとコンビニにアイスを買いに行く事になった。ガリガリした奴を買い、引き返す。しかし、これは大丈夫なんだろうか。やっぱり魂を食われてしまうのではないか? 帰らないで、帰った方がいいのでは? だがしかし、買ってくると言って出て帰らなかったら、それはそれで魂を食われてしまいそうである。どっちにしろ、もう引き返せないのかもしれない。

 そんなことを思いつつアイスを買って帰ると、<窓辺の幼女>はやはり陰を持って佇んでいた。

「酒飲みてー」

 全然陰の意味が無かった。

「今更お酒買ってこいとか言わないですよね」

「言わねえよ、なんとなく出ただけだよ。で、だ。ガリガリした奴早く寄越せよ」

「あ、はい」

 渡す。

「ヒャッハー!」

 瞬時に開け、かぶりつく。そしてガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリあっという間に食いつくしてしまった。

「ふいー、満足」

「あのー」

「ああ、インタビューだろ。何が聞きたいんだ」

「ええとですね」

 それからのインタビューは恙無く進んだ。<窓辺の幼女>は先のアイスが効いたのか、終始機嫌がよくなっていた。口は悪いしへそ曲がりな所はあるが、質問すればきっちりと回答してくれる。案外義理堅いのかもしれない。

 そうこうするうちに、聞くことも終わってしまった。

「聞くことは以上になります。ありがとうございました」

「……おう」

 突然牙が抜けたような雰囲気になる、<窓辺の幼女>。そして、一気に表情が陰りだす。どうしたんだろう、と思い、そのまま問い掛ける。

「どうしました?」

「……どうもしねえよ。どうもしねえよ!」

 また怒りだした。だが、どこか怒りきれていないように感じる。何がこの背後にあるのか。なけなしの文屋魂に、点火するものがあった。推測だが、そんなに外れてないだろう。

 だから、聞いてみる。

「もしかして、一人になるのが寂しいとかですか?」

「があ!」

 一瞬、本当に一瞬だが、幼女が得体のしれない、名状しがたい姿を見せた。

「てめえ、今のは虎の尾だぞ」

 声もエコーがかかったようになっている。これは、まずかったかもしれない。本物の虎の尾を踏むより危険なものに遭遇してしまったのかもしれない。だが、覆水盆に返らず。事態は覆らない。

「てめえ、俺が魂を取るって話は知ってるだろうな」

「え、ええ。マジですか」

「マジだ。やろうと思えば、てめえはもう何度も魂を取られてんだ。そうなってねえのを有り難がるべきなんだよ。それなのにいきなりだからな。これはもう、魂貰わないと駄目だな」

 さっき見えた正体らしきものから考えて、この話は嘘ではないのだな、と理解し、覚悟が決まった。

「……分かりました。逃げていいですか?」

「何が分かったんだよ、てめえ!」

「だって死にたくないし。折角特ダネがあるのに、これを発表せずに、なんて文屋としては死ぬより辛いことですよ!? 死ぬより死活問題です!」

 全力で主張する。それでどうにかなるとも分からないが、何もしないよりはましだと判断したのだ。だから、抗弁する。

「だからどうか、これを発表するまで、魂を取るのは延ばしてもらえないでしょうか! お願いします!」

「……は」

「は?」

「ハハハハハハハハ!」

 幼女が笑いだした。さっきまでの怒りの雰囲気がいきなり吹っ飛んだ。笑い、笑い、笑う。

 しばらく幼女は笑い、それから一つ空咳をして、言った。

「てめえのそ文屋根性に免じて、許してやらんこともない」

「え」

「ただ、またお遣いしてこい。スピリッツ。つまり酒だ」

「あの、こっちは未成年でして、売ってもらうのは難しくてですね」

「いいから買ってこい!」

「あ、はい」

 けつを蹴る勢いに飲まれて、そして助かるという事実に気付きつつ、駆けだした。このまま逃げてしまっても、たぶん大丈夫なんだろうとも思った。だけど。

「あの笑顔、綺麗だったな」

 それを見る為にと、なんとかお酒を買う算段を付けつつ、校外へと足を向けるのであった。

三題噺メーカーのお題に答える回第10回。お題は「陰」「窓」「きれいな幼女」ジャンルは「学園モノ」。わりと好きな話だったりする。

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