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動物愛護は感情論  作者: 灯来心
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動物愛護という虚構

動物愛護とされる活動は多岐にわたるが動物権利運動、動物福祉運動

詳しくはwikipediaの動物福祉 動物の権利の項でも読んで頂くとして簡単に説明すると

動物権利運動 。動物に対しても人権的なものを認めて尊重しましょうね

動物福祉運動 虐待や飼育放棄を否定。動物に対しても人権的なものを認めて尊重しましょうね



異なる立場に対する無理解、自分の属する集団の価値観、立場に対する盲信、感情に忠実なことにより


注意すべきはあくまで人間が自身の主観でもって設定しているのであり動物自身由来の都合ではないと言うことである。極端な話、いわゆる動物愛護を主張する集団が彼らを自己満足させるためだけに主張、実行しており結果的に逆に動物虐待している場合も多々存在する。




セルジュ 加工レッスン6 品評会地方予選 おにく天国2 古物商との取引1 姉作物納品2 姉果樹畜産物2


本文に先立ってのお断り


本文ではwikipediaからの引用、内容を元にした内容が多くなっておりますが動物愛護とは感情論であり賛否両論ある中で感情をむき出しにした主張を多く見掛けます。一方が主張するところを元にすると内容に歪みが生じやすくなると考えており、比較的中立的、正確に近いであろう内容多いところということでwikipediaを主にもとにしました。他所の紹介内容を含め全てが必ずしも正確とは考えておりませんが検証手段がないためそこの内容が正確という前提の下に記述しました。前提が異なれば当然

当方の思想的には本文中の動物福祉的なものに比較的近いと考えております。動物の権利運動の特に過激な主張をしてそれを押し付けようとする諸氏の発言が矛盾しているということを述べることが本件の主旨です。


動物愛護団体などというものは諸外国には存在しません。また動物愛護の定義をネット検索してもヒットしません。動物愛護とは動物福祉及び動物の権利運動をごちゃ混ぜにした日本独特の区分、思想ですが動物福祉と動物の権利運動はにて非なる互いに相容れないものです。そして動物愛護そして特に動物の権利運動は矛盾だらけの感情論でしかないのです。


NPO法人アニマルライツセンターHP アニマルライツに関するよくある質問集より


動物愛護との違いは?



動物愛護は、動物に関心の強い人が、動物への虐待や非倫理的扱いなどから動物を守ることです。

愛護という言葉は、その対象物を好きか嫌いかという人間の感情をもとにした言葉です。


一方、動物の権利運動は、好きか嫌いかが問題なのではありません。例え動物が嫌いであっても、人間という種に属さないという理由で、その動物の生きる権利を奪うことも、その動物を虐待することも倫理的には許されないという考え方です。

現在日本では「動物愛護」という言葉が多用されていますが、聞こえのいいその言葉は、しばしば動物を搾取し動物の権利を奪うことを正当化するためにも使用されます。


例えば日本の犬猫の殺処分施設は「動物愛護センター」の中に作られています。また、動物実験を行う人も、動物を商品として売買している人も「動物愛護精神をもって」動物を利用しつづけます。

動物を搾取する現状を維持するために、その現状をオブラートに包むための言葉として使われることもあることを市民は認識しておく必要があります。


動物福祉との違いは?



動物の福祉は、人が動物を利用することは否定せず、しかし、利用する際には動物に対してよりよい扱いを求めるという考え方です。

アニマルライツ運動のように、人が動物を搾取し利用することを否定するものではありません。

動物福祉という言葉も、やはり動物を利用する立場の人によっても多く使われています。



人類は古来より動物を様々な形で利用して来た。時代が移るにつれ既存の動物に対する扱いを問題視する考え方が発生し、広まっていった。それらの運動を<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/動物福祉"></a>と<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/動物の権利"></a>という。

簡単にはそう思っていただければいいだろう。詳しくはwikipediaの動物福祉及び動物の権利の項にリンクを貼ったのでそちら他を参照なり検索なりしていただきたい。



1.基本思想間の矛盾


 上記の引用文から動物愛護自体は完全な感情論、動物福祉は現実主義すなわち現状の中で動物の一生の質の向上を目指し、動物の権利運動(以下アニマルライツと表記)は原理主義すなわち人間と動物を対等に扱う事を目指しているといえる。動物愛護とアニマルライツは動物の地位向上という点では共通するが動物からの搾取を否定するかどうかという点で根本的に相容れない。ということが伺える。動物愛護といわれるものはこれら相容れないものをごちゃ混ぜにしてひとくくりにしている。矛盾だらけなのは当然であるといえる。


動物愛護は完全に感情論でしかないのでおいておいて以下は一番の問題児であるアニマルライツの問題点についてみていく


2.動物の権利の対象範囲の矛盾


 この時点で根本的な矛盾がある。動物の権利といってはいるが実は全ての動物が対象になっているわけではない。苦痛を感じる能力があるかどうかそういった物を感じる器官があるかどうか、つまり通常哺乳類や鳥類、魚類のみを対象にしている。


「苦痛を感じる能力を持った動物に人間と同様の配慮をしなければならない」

そして種が異なる事を根拠に差別するのは種差別でありこれに反対する


動物の権利を簡単に説明すると上記のようになるが2つ根本的な問題が存在する。


上記を言い換えると

「現在の種差別は問題であり新たな基準の我々の種差別を適用すべきだ」

となる。

 結論から言ってしまうと動物の権利運動家諸氏は自分の都合のいいところに線を引きなおして新しい差別基準を提唱しているだけなのである。



 2.1 苦痛を感じる能力は特別扱いするべきものではない。

 生命の誕生後、生物は世代交代とその中で突然変異を繰り返し、自然選択によりより生存率の高い個体が生き残って来た。現存する生物種はいずれも進化系統樹の末端に位置し同格の存在である。苦痛を感じる能力も自然選択の過程で獲得した能力のひとつに過ぎない(詳しくはwikipedia 進化の進化の誤解などを参照されたし<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/進化#.E9.80.B2.E5.8C.96.E3.81.AB.E9.96.A2.E3.81.99.E3.82.8B.E8.AA.A4.E8.A7.A3"></a>


 2.2 人種差別(民族差別)

アニマルライツは植民地全盛時代の英国発祥らしい。そのせいか遊牧民やエスキモー、新大陸原住民等の少数民族の伝統的な生活を考慮していない。これらは自然の枠組み食物連鎖の枠組から抜け出しきってはおらず動物に非あにっマルライツな人々に対して非難している内容を多く含む非難する内容を


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