シルバーフレーム
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目が覚めたとき、列車はちょうどシナガワに着くところだった。
夕暮れ時の都会の空を、どす黒い雲が覆い尽くそうとしていた。
これよりDNTレコード及び利害各位に降り掛かる厄災の到来を象徴するかのごとく……
DNTの梶木とかいうイヤミメガネ(会った事無いけど)おそらくは、あの時、あの5年前の事件に、なんらかのカタチで関与していたのだろう。
あの一件を機に、なんらかの手練手管で組織に取り入ったに違いないわ。
それは、今朝電話がなった時、否、その遥か前からわかっていた。
全ては運命の通り。 オジサンは、ハルオさんは何でも知っている。今日のアタシがマキシマムだってことも。だから敢えて全てを口にしなかった。全身から発するパルスで全てを伝えてくれた。
謂うなれば、アタシ達は粘膜の交接ではなく、思念の領域で濃密な交接をしたことになる。
ふと、下腹部に手を当ててみる。
「……、んなわきゃナイわよね……」
5年前、アタシの甘さが招いた不幸を、無かった事には出来ないけれど、今のアタシならオトシマエをつける事は出来る。
部下の死に対する贖罪と、アタシ自身これからの人生の為に。そしてルシャスのアホガキ共の未来と、常楽町商店街振興の為に。
あのヒトの言いつけ通りアタシは無事に戻る。
あの、呑気に廃れた、愛すべきクソったれの街に。
だって今日のアタシは感度サイコー、バッテリーはビンビンだから。
今のアタシには誰も敵わない。ーーーー
ーーーーアタシは早速、DNTレコードに連絡を入れ、梶木に会う為のアポをとった。
直接会ってシメ上げた方が話が早いから。
「これはこれは、鬼塚センセイ。こんなに早く、しかもそちらからお見えいただけるとは。……ささ、どうぞ、お掛けください」
やはり梶木という男、思った通りイヤミな銀縁とブランドスーツに身を包んだ胡散臭いヤサ男で、その物腰は、業界の腐海をテリトリーとする生き物独特の悪臭を放っていた。
握手を求め差し伸べられた右手を黙殺し、早速形式だけの依頼契約を交わす。
「別件がたまたまコチラの近くで有ったものですから、ついでに立ち寄ってみたのですが、よかったですわ。お会い出来て」
「……そうですか。こちらとしても助かります……」
閑却気味に記入し終え、梶木は切り出す。
「着手金についてですが、振込がいいですか? それとも……」
「キャッシュが好ましいですね。受け取りも書いてきましたので」
「ほぅ、左様ですか。では秘書に持ってこさせますので、暫くお待ちを」
内線で連絡を取る梶木の顔半分が微かに嗤っていた。
紙コップのコーヒーを、どうぞと言いながら差し出し、己の分をわざとらしく飲んでみせる梶木。
「これはどうも、いただきます」
一口含んだ瞬間、アタシの生存本能に赤いシグナル非常のサインが点灯する。
不味い! 不味過ぎる……
この黒い液体の不味さといったら、もはやバイオウェポン。このコップのフチに塗られた0,08mgのテトロドトキシンなど問題ではない!
マジでこの野郎のイヤミなニヤけ面にブっかけてやりたいわ。
ベニヤのドアがノックされ、安っぽい音が響く。
「入れ」
梶木の声が先ほどよりも些か昂揚しているのがわかる。
「社長、お持ちしました」
入って来た男達をみてアタシの感覚が鋭敏さを増す。
にわかに梶木の表情が獰猛さを帯びた理由はこれか……
マッチョな猪首の男が4人。
スーツ越しにも明白な、筋肉の隆起にほんの一瞬見とれてしまう。
女一人にここまでの警戒とはね……
「ささ、鬼塚センセイ、お改めください」
漆塗りの盆に乗せられた紫色の袱紗の中には帯に巻かれたピン札100枚が、無垢な赤子のように輝きを放っている。
魅入ること数秒。
「……確かに。それではこれを」と言って、受取り証をショルダーバッグから取り出そうと俯くアタシの延髄に70万ボルトの電撃が奔る。




